第18.5話 悲しみの果ての感情
バスでの移動中、私は関本さんの隣に座っていた。後ろの座席には悠くんと成瀬くん。悠くんの声が少し聞こえるだけでも幸せな気持ちになった。
「ねぇ、白鳥さん。ポッキー食べる?」
「え? あ、ありがとう……」
彼女が差し出したポッキーの小袋から一本拝借した。
恋敵である関本さんへの接し方に時々迷ってしまう。勿論、仲良くしたい気持ちはあるが、相手に自分と同じ意志がないことを考えると、怖くて下の名前で呼ぶことも出来ない。今まで悠くんを好きなのは自分だけだと思っていたこともあり、いきなり現れた恋敵に怖じ気付いているのだろうか。
「もしかして、ポッキー嫌いだった?」
黙りこくった私を見て心配そうに尋ねてくる。
「ううん! 好きだよ!」
「そう……なら良かった……」
会話が止まり、気まずくなる。
静かに外を眺めていると後ろの席から興味深い会話が聞こえてきた。
「白鳥さんと関本さん。どっちを取るんだよ」
えぇっ!? どっちを取る!? 凄い気になるんですが!
ゆ、悠くんの答えは……!?
「ど……も…………いよ……俺は……れ………ない」
まさかの聞き取れない……。悠くん声が小さいよ!
も、もしかして「俺は夏恋しか考えられない」とか言ってたりして……
「成瀬くんうるさいね?」
「そ、そうだね……!」
関本さんも今の聞いてたのかな……?
会話の続きを聞こうと後ろの席に耳を澄ませる。
「えぇ!! お前本気か!? 関本さんは兎も角、白鳥さんとも!?」
……私達二人とも? まさか悠くん……二股しようとしてる!?
「名前を出された気がする」
そう言って関本さんが後ろの席に身を乗り出した。
「なんか呼んだ?」
「な、何でもない!」
成瀬くん声大き過ぎ……
「ちちち、違う! 悠の好きな人の話をだな……!」
「おい! 言うなよ!」
悠くん恥ずかしがって否定してる……
すると、藍先生が前の方の座席から大声で注意する。
「そこ! うるさいぞ!」
姿勢を前に戻した関本さんをちらりと見ると、彼女は頬を赤らめていた。
あぁ……そうか……きっと悠くんは関本さんを選んだ……
私は溢れそうになる涙を堪え、関本さんに気付かれないように窓の方へ身体を傾けた。
────────────────────
キャンプが始まり、各々が与えられた仕事を始める。私は釣りを選んでいた。理由は小さい頃、よく悠くんに川釣りへ連れて行って貰ったので、久し振りにやってみたかったから。それに、釣りは暇な時間が長いから悠くんと沢山お話するチャンスだと思っていた。
でも今は、悠くんが関本さん……夏恋ちゃんを好きだってことで頭が一杯だった。出来れば一人になりたかった。
どうして悠くんは許嫁の私を選んでくれなかったのか。私に何か落ち度があったのか。夏恋ちゃんの何処に惹かれたのか。……色々なことが思考を駆け巡る。
「茅秋ー!」
「……え、何?」
自分が呼ばれていたことにようやく気付いた。
「聞いてなかったのか? 俺が釣りマスターって言われてたって話なんだけど」
「あ、そうだね! 男の子は皆そう呼んでた。懐かしいね……」
彼はクラスの男の子からそう呼ばれていた。……でも、私が転校してからの彼のことは分からない。
もしかして、悠くんが好きだったのは昔の私……? 今の私には魅力がないのかな……自分で言うのは変だけど、私はスタイルは良い方だし、肌も綺麗な方だと思う。いつか悠くんに会うことを考えて、ずっと自分を磨いてきたのだから……。
「ぼーっとして、どうかしたか?」
彼が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「ううん、何でもないよ」
きっと、私は不自然な笑顔で答えたに違いない。
いつもなら嬉しいはずの悠くんの優しさが、今はとても痛く感じる。
その後も釣りには全く集中出来ず、結局私が釣ったのはたったの三匹。逃がしたのを合わせれば恐らく十匹は越えただろう。悠くんが沢山釣ってくれたお陰でクラスの皆に一人一匹は行き渡る数になった。
拠点に戻ると夏恋ちゃんが悠くんに駆け寄ってきた。仲良く会話をしている……そんな光景見たくもない。苦しい。ずっとずっと大好きな人が取られたことで私は狂ってしまいそうになった。
平常心……平常心……
「茅秋ー、魚入ったバケツ持っていくから先に手洗ってきて良いぞ」
「いい。自分で持っていくから……」
彼に冷たくしてしまった。ああ、自分のことは元々好きではないが、更に嫌いになってしまいそうだ。
とにかく、離れないと……
魚の入ったバケツをシンクに置き、魚の下処理を始めた。
二匹目の下処理に差し掛かったとき、バケツを持った悠くんが左隣に来て同じ様に下処理を始める。すると、悠くんは作業をしながら私にだけ聞こえるくらいの声量で話し掛けてきた。
「……なぁ茅秋。なんかあったのか? ずっと上の空だし。話だけでも聞くぞ?」
「私、悠くんが好き……」
この時、私は少しやけくそになっていた。
いつも口に出している言葉。私の本心。
「な、なんだよ。いきなり……」
「いきなりじゃないよ。私はずっと前から好きだもん。……そう、私が一番好きなのに……」
何故……どうして……一番は私のはずなのに……
彼が私に優しくする度に夏恋ちゃんのことが頭を過る(よぎる)。
ずっと小さい頃から好きだった。あの日、遊びに誘ってくれた時に彼に惹かれた。暫くして、私からプロポーズした。小さい彼は快諾してくれた。
離れてからもずっと愛していた。……けれど、それは私だけだった。
私の言葉に困り、黙ってしまった彼は夏恋ちゃんに呼ばれて行ってしまう。
シンクに一人残された私は、声を押し殺して泣いた。誰にも気付かれないように……
────────────────────
夜。就寝時間になっても眠くならないのは多分はしゃいでるからではない。
隣にいる夏恋ちゃんは一人でずっと嬉しそうにぶつぶつと何か呟いている。
「悠が……私を……ふふっ」
彼に選ばれたと分かった彼女にとって、この林間学校はより楽しく感じているのだろう。
「……ねぇ、白鳥さん」
「……なに?」
「もし、良かったら下の名前で呼んで良い? 何だかんだで、もう出会ってから二ヶ月だし」
下の名前で呼びたい……私もそう思っていた。というか、心の中ではもう『夏恋ちゃん』と呼んでいる。
彼女とは何度か意地の張り合いをしたので分かる。決して悪い人なんかじゃない、寧ろ、心の透き通った凄く良い人なのだ。
「駄目?」
「全然良いよ。私も夏恋ちゃんって呼ぶね?」
「うん!」
仰向けの夏恋ちゃんが此方を見て笑顔で答えた。
ああ、悠くんは夏恋ちゃんのこういうが好きになったのかな……誰とでも隔てなく自分をさらけ出す彼女に……
また涙が溢れそうになる。
気持ちが落ち着くまで外に出てよう……
「何処に行くの?」
起き上がり、テントの出入口を開く私に夏恋ちゃんが尋ねる。
「と、トイレ……」
「一緒に行こうか?」
「大丈夫。すぐに戻るから」
「そう? 気を付けてね」
「ありがとう……」
勿論、トイレなんかじゃない。夏恋ちゃんは優しいから恋敵である私にでさえ心配をしてくれる。
私はそんなに優しくなれないよ……
外に出て川へ向かうと、満天の星空と月明かりが川を照らしていて、とても綺麗だった。
大きな石に腰掛けて、星空を見上げると、我慢してした涙が溢れた。
……ジャリ。
「!?」
後ろの方で誰かが砂利を踏む音が聞こえたのに驚き、振り向く。
「あ、悠くん……」
そこには悠くんが居た。
もう『私の悠くん』ではないと分かっていても嬉しくなってしまう。
「茅秋。お前も風に当たりに来たのか?」
「うん……そんなとこ……」
……泣いてたのバレてないかな?
「……なぁ、今日どうしたんだ? ずっと元気ないみたいだったけど。」
「大丈夫。気にしないで。」
「大丈夫じゃないだろ。悩みがあるなら聞くから。話してみ?」
「ホントに何もないの……ただ、少し怖くて……」
「怖い?」
「私は選ばれないのかなーって……」
まだ悠くんが夏恋ちゃんに告白してない。それが私にとって僅かな希望だった。
この際だ。思い切って聞いてみよう。
「ねえ……悠くんは私の気持ちに気付いてるよね? どうして答えてくれないの? 幼い頃、結婚しようって言ったのに……」
「そ、それは……」
歯切れの悪い返事。少し泳ぐ目線。
「……急にごめんね、変な事聞いちゃって。私そろそろ戻る。」
やっぱり希望はないのかな……
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テントに戻ると夏恋ちゃんはまだ起きていた。
「茅秋? 随分遅かったね。」
「……戻るときに星を見てたの。凄く綺麗だよ」
「そう…………ねぇ、茅秋」
起き上がった夏恋ちゃんが真剣な表情で私の方に向き直る。
「私、明日の肝試しの時に悠に告白する」
彼女も私と同じくらい積極的なことは分かっていたので驚かなかった。
何故わざわざ私に言うのか。勝手にすれば良い。……その言葉を飲み込む。しかし、返すべき言葉が見つからない。
やっと絞り出した答えは
「そ、そっか……頑張って……」
真逆の思いを言葉にした。
悠くんは誰にも渡したくない。邪魔する者は誰であっても排除しないと……
悲しみがいつの間にか怒りや憎しみに近い感情が私の心を支配した。
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