第43話 第二次許嫁戦争の幕開け?
恐怖を感じるほど静寂に包まれた部屋を歩み進めると、ベッドの上で寝ている美冬ちゃんを横に腰掛けている茅秋が静かに見て微笑んでいる光景があった。
俺が戻って来たことに気が付いた茅秋は、
「……寝ちゃったよ。疲れてたんだね」
「無理もないよ。美冬ちゃんの家は新幹線じゃないとここまで来れないから」
「そんなに遠いんだ……。余程悠くんに会いたかったんだね」
茅秋が寝ている美冬ちゃんの前髪を優しく撫でた。
「こうしていると凄く可愛いのに……」
「……だな」
時計の針がカチッカチッとなる音だけが聞こえる。
「悠くん」
今にも泣きそうな表情を浮かべた茅秋がゆっくりと正座をし、前のめりになって俺の手を握った。
「ど、どうしたんだ……?」
「悠くんは私を捨てたりしないよね……?」
きっと美冬ちゃんの俺への強い思いを知って不安になったのだろう。
無論、俺は父さんに勘当されるのも覚悟の上で茅秋一緒になることを選ぶつもりだ。最悪駆け落ちだって考えている。
「当たり前だろ? 何が起きようとも俺は茅秋と一緒に居たいと思ってるよ」
「ありがとう……良かった、嬉しい」
そう言った茅秋の目から大粒の涙が溢れ落ちた。
何で泣くのか、それを訊く権利は俺にはない気がして、静かに泣いている彼女の頭を撫でて慰めることしか出来なかった。
その後、茅秋は泣き疲れたのかあっという間に寝てしまった。
寝る場所のない俺は最終的に徹夜で残っている夏休みの課題を進めることにした。茅秋が寝る前に同じ布団で寝れば良いと言っていたが、生憎まだ俺にはそんな勇気は持っていない。
黙々と課題を進めていく中でふと父さんに言われたことを思い出す。
『──お前に話がある』
一体何の話なのか……でもきっと良い話ではない。今まで父さんの方から嬉しいことや楽しいことは愚か、自慢すら聞いたことがない。自分のことを全く話してくれないため、息子だというのに父さんが普段何を考えているのかも分からない。
そんなことを考えながら動かしていたペンはいつの間にか止まり、次第に意識も遠退いていった。
「……う……ん。……うさーん」
「うーん……」
耳元で何か聞こえてくる。
ゆっくりと目を開くと、どうやら寝落ちしてしまったらしく目の前には広げっぱなしの参考書やノートがあった。声のした方を見ると美冬ちゃんが爽やかな笑顔をこちらに向けていた。
「おはようございます、悠さん♪」
「おはよう……」
寝惚けながら挨拶をすると、美冬ちゃんが急に近づいてくる。途端、ふわりとシャンプーのフローラルな香りがしたのと同時に頬に柔らかい感触がした。
「あ、朝御飯は私が作りますね。悠さんは顔洗って目を覚ましてきて下さいね?」
頬を赤らめて恥ずかしそうな笑みを浮かべながらそう言い、キッチンの方へと駆け足で姿を消した。
寝惚けていても流石に今何をされたのかは分かる。間違いなく、おはようのキスだ。まあ、同棲しているカップルならすることも少なくないだろう。…………ん?
「え、えええええ!!!?」
キスをされた感覚が残る頬を押さえて驚きの声を上げる。
俺の突然の雄叫びに、まだ布団で寝ていた茅秋が驚いて起きる。
「ど、どうしたの!?」
「き、ききき……」
「き?」
首を傾げて聞き返す茅秋。
「キスされた……」
「……へ? 今なんて?」
「美冬ちゃんにキスされた……!」
「え、えええええ!!!?」
茅秋はさっきの俺と同じように声を上げて驚いた。
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