第42話 第一次許嫁戦争・続
七時半頃から始まった茅秋と美冬ちゃんの互いに一歩も引かない言い争いは夜九時を過ぎるまで続いた。
美冬ちゃんがここに泊まると知った茅秋は泣きそうな表情で「私も泊まる!」と言い出し、現在家に宿泊の準備を取りに行っている。
美冬ちゃんは入浴中で、彼女の鼻歌が浴室からリビングにまで微かに響いて聴こえる。
俺はというと、澪が来たときに使う布団を上の空で床に敷いていた。無論、この布団は俺が寝るためではなく茅秋のための布団だ。美冬ちゃんは普段俺が使っているベッドで寝てもらうので、俺は仕方なく固い床の上で寝ることになる。
本来なら美冬ちゃんだけを残して俺はネットカフェにでも行こうと思っていたのに茅秋が泊まるなら話は別である。同じ部屋にあの二人だけを置いて行くことは出来ない、心配過ぎる。
「ただいまー」
玄関の方からガタンという音と共に聞こえてくる声。茅秋が戻ってきたのだろう。
「お帰り。悪いけど茅秋は敷布団の方で寝てもらっていい?」
「全然いいよ、ありがとう。急にごめんね?」
「いやいや、こっちこそごめん。こんなことになって」
「悠くんは悪くないよ。あの美冬って子が悪いのよ!」
頬を膨らませて、今も鼻歌が聴こえる浴室の方を睨む。
「そういえば、体調は大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。……実は楽しみ過ぎて一睡も出来なくて……。それに前日に夏恋ちゃんと彩ちゃんと虹華ちゃんで遊びに行ってたから多分疲労も溜まってたんだと思う」
「そっか、じゃああまり無理しないで早く寝た方が良いかもな」
「ありがとう。優しいね」
「いやいや、これくらい普通だよ」
お互い少し微笑みながら時間が止まったように見つめ合う。恥ずかしさなど微塵も感じず、ただ幸せな気持ちでいっぱいだった。
「あの……二人で何見つめ合っているのですか……?」
いつの間にか閉め切られていた浴室から出て来ていた美冬ちゃんが俺達を見て、怪訝そうな顔でそう言う。
「……というより私の悠さんに近づかないで下さい!」
無意識の内に狭まっていた俺と茅秋の間に無理やり割り込み、茅秋を睨む。
「私のって……悠くんはいつからあなたのものになったのよ!」
「いつからって……私が小学六年のとき、悠さんと初めて会ったあの日からずっと私の全ては悠さんのものですし、悠さんの全ても私のものですよ」
「ま、待った! ずっと気になってたんだけど美冬ちゃんは俺のどこをそんなに好きになってくれたんだ……? 正直、あの時はわざと嫌われるようにかなり素っ気なく接したし、美冬ちゃんもほとんど俯いたままで目を合わせてくれなかったじゃないか」
すると、美冬ちゃんは恥ずかしそうに頬を赤らめながら、
「その……ひ、一目惚れです……」
「……え? ごめん、もう一回言って……?」
「一目惚れです! 恥ずかしいので何度も聞かないで下さい!」
ヤバい。不覚にも嬉しいと思ってしまった。笑みが抑えきれずに口元が緩んでしまう。
茅秋の視線が痛い……
「勿論、今は外面だけでなく内面も大好きですよ?」
「あ、ありがとう……分かったからそれ以上何も言わないで……」
これ以上言われたら理性を保てるか怪しい。美冬ちゃんも茅秋に負けないくらい美人だし、育ちが良いのだ、油断すると心が揺らいでしまいそうになる。
「むぅ~……」
茅秋が泣きそうな顔でこちらを見ているが、美冬ちゃんは容赦なく茅秋に見せつけるように俺に抱きついてくる。
「あ、ちょっと! 悠くんから離れて!」
「嫌です!!」
二人が再びギャーギャーと喧嘩を始める。
もう勘弁してくれ……と思っていると俺のスマホの着信音が部屋に鳴り響く。
発信者は昼間に会ったばかりの本郷だった。
俺はこの修羅場から逃げ出すべく迷わず電話を取り、玄関先へと出る。
「本郷? 助かったよ……」
『宮原、助かったってなんのことだ……?』
「ああ、実は──」
現在俺の置かれている状況を説明する。
『ははっ、楽しそうじゃないか!』
「どこがだ!! こっちは大変なんだよ……」
『それにしても、中学の頃は一匹狼のイメージだった宮原が女の子二人に取り合いされてるなんてな』
「ほっとけ。あの時は嫌なことがあって元気なかっただけだ。友達もいらないと思ってたし」
『私は友達じゃなかったのか?』
「い、いや……本郷は友達というか、兄貴みたいな感じだからなぁ……」
そう、本郷は面倒見が良くて、時に優しく時に厳しく。同い年とは思えないほど大人びた性格と男っぽい口調から兄貴というのが相応しい気がした。
『おいおい、せめて異性として見てくれよ……。一応、私は女だぞ?』
本郷は呆れた声でそう言う。
「何だよ、俺には女として扱われたいのか? 中学の時は他の男子には「女扱いするな!」ってキレてたじゃんか?」
『べべべっ、別にそういう意味で言ったのではない! 女だからって弱い者みたいな扱いが嫌だっただけだ! ……ま、まぁ、悠には女の子として扱われたいという思いが無いわけでは無いが……』
「あ? 後半よく聞こえなかったんだが?」
『うるさい! というか、お前は呑気に私と電話している場合ではないだろ! 早くその二人止めて来たらどうだ』
焦ったように話を反らす本郷。ホントに何言ったんだ?
「確かにその通りだ。じゃ、また時々連絡するよ」
『ああ、またな。おやすみ』
電話が切れる。俺はため息をつきながら渋々玄関扉を開け、中へ戻る。しかし、さっきとは打って変わって静かになっていた。
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