第41話 第一次許嫁戦争
電話が切れた後、目の前の美冬ちゃんが色々と話していたが茅秋が来るということの方が気になり、空返事で答えていた。
あの声、どう考えても怒ってたよな……
美冬ちゃんのことは正直に言うとしても、彼女を泊めることのお許しは貰えないに決まっている。
やっぱり美冬ちゃんが寝たら俺はどっかのネットカフェに行くしかないかな……
などと考えていると、
ピーンポーン!
インターホンの音が部屋に鳴り響く。
き、来たか……かなり早かったな……。
「……美冬ちゃん。ちょっと待ってて」
「? はい、勿論お待ちします」
何故そんなことを言ったのか分からないというような表情で答える美冬ちゃん。
重い腰を上げて玄関先に立っているであろう茅秋の元へ歩いていく。
扉を開くと、案の定そこには不機嫌な表情を浮かべた茅秋が立っていた。
「ど、どうぞ入って……」
「お邪魔します」
茅秋は足元にある明らかに俺が履くとは思えないサイズのローファーをちらりと見てから、その横に自分の履いてきたパンプスを並べた。
リビングに戻ると、お上品に両手でマグカップを持った美冬ちゃんが「どちら様でしたか?」と訊いて来たが、俺に続いて入ってきた茅秋の姿を確認すると忽ち無表情になり、
「……この方は?」
「今から説明する……と、取り敢えず茅秋も座って?」
「うん」
茅秋をテーブルを隔てた美冬ちゃんの反対側に座るよう促す。
「茅秋にもお茶入れるから少し待ってて」
「大丈夫、いらない」
茅秋は素っ気なくそう言ってから、
「悠くんも座って」
と美冬ちゃんと茅秋の間を指差したので「はい」と短く答えて正座で座った。
「で、この子は誰なの?」
完全にこの場の主導権を握っている茅秋が単刀直入に訊いてくる。すると美冬ちゃんが立ち上がって、さっき俺にしたのと同じようにカーテシーをして見せてから
「初めまして橘美冬と申します。悠さんとは許嫁の関係でございます」
許嫁という信じがたいワードを聞いて茅秋は目を見開き、口をパクパクさせながら俺と美冬ちゃんを交互に見てくる。
俺は言い訳せず、短く頷いた。
「前に言った、父親が勝手に決めた政略結婚の相手だよ……」
「へ、へぇ……この子が……」
美冬ちゃんを上から下まで何往復も見ながら答える。
暫くして、自分も自己紹介すべきだということに気付いた茅秋は立ち上がって、
「初めまして、白鳥茅秋です。悠くんとは幼馴染で、一応結婚を前提としたお付き合いをする直前の関係です」
と負けじと俺とは親密な関係だというアピールを組み込んでくる。
茅秋の言葉を聞いた美冬ちゃんもさっきの茅秋と同じように目を見開き、口をパクパクさせながら俺と茅秋を交互に見る。
「ち、茅秋とは美冬ちゃんと初めて会うずっと前から結婚の約束をしてたんだよ……」
「そ、そうなんですか……」
一瞬悲しげな表情を浮かべたが、マグカップの中に残っていた一口分の紅茶を飲み干すと、
「でも私達は親同士が決めた間柄ですから、そちらの……白鳥さんには諦めて頂かなくてはなりませんね」
茅秋へ蔑むような目を向けて鼻で笑う美冬ちゃん。流石の茅秋もこれにはカチンときたらしく、俺の腕に抱きつき、
「残念ですけど悠くんと私は今も両思いなの。あなたの入る隙なんて無いから!」
「あら、そういう割にはお付き合いはしてないようですね? 悠さんが白鳥さんを好きというのは白鳥さんの勝手な思い込みなのでは?」
「あんたがいるせいで付き合えないの! あんたさえいなければとっくに私と悠くんは恋人同士よ!」
息を切らしながら怒号に近い声量でそう言う。
怒っているからなのか、いつもの優しい口調ではなく、言葉の節々に少し棘がある。優しい人ほど怒ると怖いとはよく言ったものだ。
「ゆ、悠くんも何か言ってよ!」
いくら怒りを見せても動じず、冷静な美冬ちゃんを見て自分一人では対抗しきれないと感じたのか俺に助けを要求する茅秋。
正直こういう面倒なことになっているのは俺のせいでもあるのでどちらかの味方につくのは少し気が引ける。しかし、茅秋のことが好きなのは本当だ。父さん相手に言い負かす前に、まず一応俺を慕ってくれている美冬ちゃんに納得して貰わなければならないのは当然のことだろう。
「み、美冬ちゃん……茅秋の言っていることは本当だよ。俺も茅秋が好きなんだ。だから父さんに美冬ちゃんとの結婚は取り消してもらうようお願いするつもりなんだ……ごめんね」
それを聞き、美冬ちゃんはショックを受けた顔をし、静かに俯く。正座をした彼女の膝の上で固く握られた拳は近くで見なくても分かるほど震えていた。
お、怒ってる……のか?
「……ふふ……あははははっ!」
「「……え!?」」
予想外の反応に俺と茅秋が声を揃えて驚く。
ポカンと口を開いている俺達を見て、美冬ちゃんは笑いながら
「そんなこと許されるはずないじゃないですかっ! この結婚は悠さんのお義父様と私のお父様の会社が提携して仲良くやっていくための云わば指切りのようなもの。悠さんの自分勝手に都合で取り消せるような軽い話ではないのです。その事は悠さんだって分かっていますよね?」
ぐうの音も出なかった。確かにこれは普通の縁談ではない。俺達の父親の会社のための結婚なのだ。
いつの間にかすぐ隣に座っている茅秋が何も言い返せない俺を不安そうな表情で見つめていた。
しかし茅秋は美冬ちゃんに向き直り、
「で、でも悠くんのお義母様と私のお母さんは私達が結婚する約束をしてるって知ってし、認めてくれてるよ!!」
「……え? そうなの!?」
「悠くん知らなかったの?」
茅秋の放ったその言葉は初耳だった。
完全に俺達の勝手な約束だと思ってたし、まさかお互いの母親が合意してたなんて……。ん? だとしたら何で母さんは父さんが俺を政略結婚させようとしてることに黙ってるんだ?
いや、今はそんなことを考えている場合じゃないな。
目の前で茅秋と美冬ちゃんが口喧嘩し続けているのを見てそう思った。
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