第44話 忘れ物

重い空気の中、小さなテーブルに並べられた三人分の朝食を各々食べる。とは言っても美冬ちゃん一人はご機嫌で、楽しそうに俺へ「美味しいですか?」などと話し掛けたりしながら食事している。

一方、茅秋は完全にご機嫌斜めで、俺が美冬ちゃんに話し掛けられる度に泣きそうな目で睨んでくる。



「み、美冬ちゃんはこの後どうする予定?」

「お父様もそろそろ反省した頃かと思いますので自宅に戻ろうかと思います」

「そっか……!」



良かった。これ以上この二人に目の前で争われるのは見てられない。



「そうだ! この間スマートフォンを買って貰ったんです。良かったら連絡先を教えて頂いても宜しいですか?」

「え? ああ、良いけど……」



チラッと茅秋を見ると箸を止め、プルプルと体を震わせていた。

やばい、このままでは茅秋が泣いてしまう!


焦った俺は美冬ちゃんから死角になっているテーブルの下で茅秋の手を優しく握った。

すると、茅秋はビクッと驚いたが俺の顔を見ると照れたように俯いた。その顔には少し笑顔も見えた。




────────────────────


「いきなりお邪魔して申し訳ありませんでした。それではまた近いうちに♪」



そう言って美冬ちゃんは我が家を後にした。


ようやく去った嵐に安堵しながらリビングへ戻ると突然茅秋が背後から抱き着いてきた。



「茅秋!? ど、どうした!?」

「ごめんね……もう少しだけこのままで居させて……」

「わ、分かった」



背中に感じる彼女の体温、吐息。心音が茅秋に伝わっているのではないかと気にしながら、好きな子から抱き締められる幸せに浸っていた。


茅秋が俺から離れたのはそれから5分程経った頃だった。しかし背中から離れただけで、すぐに俺の右腕に抱き着いた。

流石に身動き取らずに同じ体勢でいるのが辛くなってきた。



「……茅秋? 取り敢えず座らない?」



こくんと小さく頷いたので、ゆっくりベッドの方へ行き、二人で腰掛けた。

茅秋は変わらず静かなままだったので、敢えて俺も何か話題を振らずにいた。


そういえば静かな空間で二人きりでも、茅秋となら気まずくなったりしないな。多分、お互い安心しているからなんだと思うけど。



「悠くん」



茅秋の透き通った声が静寂を切り裂いた。

彼女はベッドの上でこちらに向かって正座をして

真剣な表情を浮かべていた。



「……どうした? 改まって」

「悠くんのお父さんに挨拶しに行きたい。なるべく早く!」



茅秋に言われて思い出す。

そう言えばお盆期間中に父さんに茅秋のことで説得しようとしていたんだった。美冬ちゃんのことでバタバタしたため完全に忘れていた。



「俺もそのこと言おうと思ってたんだよ。お盆って空いてる?」

「うん。特に予定はないよ」

「じゃあお盆初日に俺の実家に行こう。そこで父さんを説得するんだ」

「う、うん! 分かった、頑張ろう!」



茅秋は小さくガッツポーズをして意気込んだ。

お盆まで3日も無いし、流石にいきなり過ぎたかな? でも、なるべく早く父さんに話をするならそこしかない。

うっ……なんだか緊張してきた……。



「そういえば、茅秋は帰らなくても大丈夫なのか? 急に俺のとこに泊まったりして、その……お母さんに心配とかかけてるんじゃ……」

「大丈夫。夏恋ちゃんのお家に泊まってることになってるから」

「そうなのか……? じゃあ今度、夏恋にお礼言っとかないとな」

「そうだね! あ、でも流石に帰らないとまずいよね……悠くんもちゃんとお布団で休んだ方が良いし」



そう言って心配そうな顔で俺を見つめてくる。茅秋の方こそ病み上がりなのに俺のことを心配してくれるなんて……やっぱり良い子だな……。



「俺は大丈夫、ありがとな」

「ううん。でもやっぱり一回帰るよ。課題とか置いてきたから帰ってやらないと」

「課題かぁ……茅秋は毎日コツコツやるタイプなのか?」

「そうだよ。課題は毎日少しずつ進めて、その他に自分の苦手教科の勉強してるの」

「そ、そっか……俺も見習わないとな!」





茅秋が帰る際、外まで見送りに。



「それじゃあお盆に。また連絡するよ」

「うん! 頑張って認めて貰えるようお願いしよう! またね!」

「ああ、またな」



笑顔で手を振ってきた茅秋に手を振り返し、彼女が背を向けて歩き出したのを確認すると、俺も背を向け部屋へ戻ろうとする。



「待って! 」



後ろから聞こえた茅秋の声と早い足音。振り返ると


ちゅっ……!


すぐ近くまで寄せられた茅秋の顔に驚いたのも束の間、突然頬に柔らかい感触を覚えた。



「ふふっ! 忘れ物!」



茅秋はいたずらっぽく笑ってから走って帰って行く。

俺はただ突然の出来事に脳の情報整理が追い付かず、放心状態で小さくなっていく茅秋の後ろ姿を眺めているだけだった。

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