第45話 緊張

「……よし!」



バチンっと両頬を叩き、玄関扉を開いて外に出る。気合いを入れなければ身体が勝手に逃げ出してしまいそうになる。

これから家まで茅秋を迎えに行き、駅で電車に乗って実家へ向かう。


家の前で立って待っている茅秋が見えたので駆け寄ると、それに気付いた彼女もこちらへ駆けてきた。色白な肌とその上に纏った真っ白なワンピースが夏の強い日差しに照らされて、彼女の笑顔がより一層眩しく見える。



「悠くん、おはよう!」

「おはよう。暑いから中で待ってても良かったのに」

「大丈夫、丁度出てきたところだったから。そろそろ悠くんが来るかな~ってなんとなく分かったの」

「そ、そっか……じゃあ行くか」



会って早々茅秋に照れさせられる俺。熱くなる顔を見られまいと振り返り歩き出す。



「あ、待ってよ!」




道中、最初の方は他愛もない話をしていたが実家が近付くにつれ、緊張からかお互いの口数も減っていった。

隣街の駅から徒歩で15分程にある我が家は高級住宅街とまではいかないが、そこそこ立派な家が建ち並んでいる中の一つだ。



「……着いた。ここだよ」

「素敵な洋館だね。おとぎ話に出てきそう」

「茅秋の家には負けるよ。さ、入ろう」



解錠し、扉を開く。

相変わらずの無駄に広い玄関と人気を感じさせない静かな長い廊下。



「ただいまー!」



大きな声で挨拶すると奥から二番目の扉、リビングから人が出てくる。



「悠、お帰りなさい。……あら? そちらの女の子は……?」

「お、お邪魔します! 白鳥茅秋です!」



その名前を聞いた母さんは少しフリーズしてから目を見開く。



「茅秋ちゃん!? 本当にあの茅秋ちゃん!?」

「はい! お久し振りです、お義母様」



駆け寄って来た母さんに少し照れたように笑いながら答える茅秋。



「まあまあ! 美人さんに育っちゃって……! ていうか悠、何で茅秋ちゃんも来るって言わなかったの?」

「いや、別にそんな大したことじゃないし……父さんに少し話があるだけだから」

「それにしたって、こっちにも準備ってものがね……まあいいわ。立ち話もなんだし上がって茅秋ちゃん」



そう言って母さんはスリッパを二足出し、俺達の前に出す。



「すみません。突然お邪魔しちゃったみたいで……」

「いいのいいの、事前に知らせて来ない悠が悪いんだから。茅秋ちゃんは気にしないで!」

「は、はい! お邪魔します……」



茅秋、俺の順に脱いだ靴を並べ、スリッパに履き替える。



「父さんは?」

「リビングに居るわ」

「そっか」



やばい。心臓が口から出てきそうだ……

母さんに続いてリビングに入ると、父さんはソファに腰掛け、テレビを観ながらコーヒーを啜っていた。



「ただいま父さん」

「……おう」



父さんは低い声で答える。心なしか、少し元気が無いように感じた。

しかし、今日は話を世間話に来たのではない。こちらも覚悟を決めてやって来たのだ。美冬ちゃんとの婚約破棄をしてもらうために。

父さんの正面の二人掛けソファに茅秋と一緒に座る。



「……そちらのお嬢さんは?」



ちらっと茅秋を見てから俺に刺すような視線を向けてくる。

すると茅秋は俺が答えるよりも先にその場に立ち上がって、



「わ、私白鳥茅秋と言います! 悠くんとは……まだ友達?」



少し悩んでから俺に疑問形で投げ掛けてきた。

確かにお互い両思いなのは確認しているが、父さんに認めて貰うのが先だという暗黙の了解で関係ははっきりしていない。



「そうだね。まだ友達だね」

「まだ……どういう意味だ」



まあ当然の質問だろう。ここからが本題だな……



「そ、そのことなんだけどさっ! 」



刺すような父さんの眼光。目を合わせてるだけで息が詰まりそうになる。それでも話さなくてはならない。茅秋のため……いや、俺達のために。



「お、俺達の交際を認めて欲しい!」

「……お前は自分に婚約者がいることを覚えているんだろうな?」

「勿論だよ。でも俺は茅秋が好きなんだ。多分ずっと前から……」



負けじと父さんの目を真っ直ぐ見る。



「お前はそのお嬢さん……茅秋さんの一生を奪う覚悟はあるのか?」

「あります」



迷いなんて無かった。寧ろ、少しでも迷っていたら8年間も俺を想い続けてくれた茅秋の気持ちに対して失礼だ。だから迷いなんてない。


まるで心の中まで覗き込んでいるかのように俺の目をじっと見つめた父さんは、「ふっ」と小さく

笑った後に、



「橘さんの所には俺から言っておく。まあ、政略結婚なんかせずとも会社は上手くいくはずだ」



そう言って、テーブルの上の煙草とライターを持って外へと去っていった。



俺達は顔を見合せて、安堵の溜め息をついた。

というか、父さんも話があるみたいなことを言ってたような……

この時、俺は交際を了承されたことに舞い上がっていて、父さんのちょっとした変化に気付いていなかった。

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