第46話 澪と茅秋
母さんに折角来たんだから晩御飯も食べて行ったらどうかと言われ、茅秋も是非と言っていたので夜までいることにした。
茅秋が俺の小中学校の卒業アルバムを見たいと言い出したため俺の部屋に案内した。
「ここが悠くんの部屋かぁ……悠くんの匂いがする!」
「なんだか変態みたいな台詞だな」
「だ、だって大好きな匂いだから……ごめんね、気持ち悪かったよね?」
「いや、全然気にしてないよ」
好きな子から自分の匂いが好きだと言われて喜ばない男はいないと思う。
しかし、入学前に不自然なほどコンビニで何度も会ったときといい、林間学校でのことといい、茅秋は一途の域を越えているなとたまに思う。
アルバムに写る俺を見つける度に「カッコいい」とか「可愛い」とか言っている茅秋。あまりの褒めの嵐に耐えられなくなった俺は、
「な、なんか飲むか? 紅茶で良い?」
「うん、いただきます! あ、私も手伝うよ」
「いや、良いよ。茅秋はお客さんなんだからゆっくりしてて」
「はーい。ありがとっ」
紅茶を淹れ、角砂糖の入った容器とティースプーンを御盆に乗せて部屋に持ってこうと廊下に出ると同時に玄関の扉が開かれる。
「ただいまー」
「澪、お帰り」
妹の澪が部活を終わらせて帰って来たのだ。
「え、何でお兄ちゃんがここにいるの?」
「まあ、そりゃあここの家の息子だからな」
「そうじゃなくて! 帰って来るなら言ってよ! 分かってたら部活なんか休んだのに……」
相変わらずのブラコン妹に呆れつつ、
「母さんと父さんには言ってたんだけど……聞いて無かったのか」
「もう、お母さんったら!」
ぷんすか怒りながら靴を脱ぎ始める。すると、何かに気付いたように下を見て固まった。
「……どうかしたか?」
「見たことないヒール……誰か来てるの?」
「ああ、茅秋が来てる」
「茅秋お姉ちゃん!?」
以前のようにヒラリお姉ちゃんではなく、名前で呼んでることに違和感を感じたが指摘せず頷いて答える。
「何処にいるの!?」
「今は俺の部屋で俺の卒アル見てるよ」
すると、ドタバタと騒がしく階段を掛け上がっていった。
まさか、私のお兄ちゃんを返して! みたいな展開が起こるんじゃ……
あの澪のことだ、十分に有り得る。
紅茶を溢さないように少し焦って階段を上り、俺の部屋へ向かうと扉は開かれ、澪と茅秋の話し声が聞こえて来た。
遅かったか……?
そう思いながら恐る恐る部屋を覗くと、
「お姉ちゃーん!」
「あら澪ちゃん、お帰りなさい。お邪魔してます」
予想外の光景に俺は呆然とした。そこには、正座をしている茅秋の腹部に飛び込み、頬擦りをする澪の姿があった。
「えっと……ふ、二人はいつの間にそんな仲良くなったのか?」
「うん。大分前に連絡先を交換して以来時々、話すんだけど凄く気が合っちゃって」
「お兄ちゃん、結婚するなら絶対に茅秋お姉ちゃんにして!」
「お、おう……」
取り敢えず、茅秋と澪が仲良いのは喜ばしいことなのだが……なんだこの喪失感は。もしかして俺ってシスコンだったのか……?
「澪。一先ず手洗いして、荷物置いてこい」
「はーい!」
やんちゃな小学生のように笑顔で威勢の良い返事をすると、この部屋に来たときと同様、ドタバタと騒がしく去っていった。
「ふふ。澪ちゃん元気だね?」
「ちょっと元気過ぎるけどな。はい、紅茶」
「ありがとう」
茅秋の前に置かれた小さなテーブルにお盆ごと置いた。
茅秋は角砂糖を二個入れたが、混ぜずに一口飲んだ。
変わった紅茶の飲み方だな……
「美味しい紅茶だね」
「……え? あぁ、高そうな缶に入ってたやつで淹れたから。そうだ、何か茶菓子がないか見てくるよ」
「うん……あ! 手土産持ってきてたのにお渡しするの忘れてた! お義母様はまだいる?」
今日、会ったときからずっと持っていた紙袋を持ち上げ、焦った表情になる茅秋。
「ああ、俺から渡しておくぞ?」
「ダメだよ! こういうのはちゃんと手渡ししないと失礼だから」
「それもそうか……じゃあ一緒に下に行くか」
リビングに行くと、母さんは椅子に座って何か説明書のようなものを読んでいた。
「お義母様、今少しお時間良いですか?」
「どうしたの?」
茅秋は紙袋から中身を取り出し、深々と頭を下げてから、
「これ、手土産です。本当はもっと早くお渡しするつもりだったんですけど……すみません」
「あらあら、そんな気遣い要らないのに。でもありがたく頂くわね」
茅秋は安心したのか、胸を撫で下ろした。
「そうだ、悠」
「何?」
「悪いんだけど後で夕飯の買い物に行ってきてくれない? 冷蔵庫にメモ貼ってあるから」
「了解。あのさ、茶菓子的なものってある?」
「茶菓子? さっき澪がいっぱい持って行ったわよ」
「そっか」
どうやら入れ違ったらしい。
部屋に戻ると澪が一人寂しくお菓子を摘まんでいた。
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