第29話 芽生え始めた感情

夏恋と昼食を取った後、俺達は本来の目的である夏恋の水着を買うためにショッピングモールに来ていた。

夏休みということもあり、女子高生やカップル、家族連れで混雑している。



「水着売ってる所……あった! こっちだって!」



インフォメーションボードで売り場を見つけた夏恋が俺の手を引いて歩き出す。

夏恋があまりにも堂々と手を繋いでくるものだから、小さい子供を相手にしているような気分になり、恥ずかしい気持ちが湧いてこない。澪に対して抱いている感情と似ている。




売り場に着くと、夏恋はテンション高めで選び始めた。彼女が気に入って手に取るものは共通して青っぽい色の水着だった。ここで初めて夏恋の好きな色が青だということに気付く。



「夏恋は青が好きなのか?」

「うん。たぶん海が好きだからなんだと思う。……あ、これいいかも! どう? 似合うかな?」



水色ベースで花柄の水着を見せてくる。



「……今更だけど俺が選んじゃって良いのか? 自分で言うのも変だけど、俺に見せたい水着買いたいんだよな?」

「あ……そういえば……」



忘れていたようだ。彼女は悩んだ末に、



「ごめん! やっぱり当日に見て欲しいから……その……」

「分かった。俺も水着買いたいからメンズ用の所に居るよ」

「ありがとう!! ごめんね……」

「いいよいいよ、気にしないで。当日の楽しみが増えるわけだし」



そう言ってメンズものの方へと移動した。


流行っている水着など全くの無知であったため適当に黒っぽいサーフパンツを選んだ。とっとと会計を済まして、店前にある休憩用のソファに座り、夏恋の買い物が終わるのを待つ。



「あれ? 悠くん!?」



誰かが俺の名前を呼んだ。声のした方を見ると、そこに立っていたのは茅秋と滝野だった。



「やっぱり悠くんだ! 何してるの?」

「宮原君がこんなところに居るなんて意外ね。誰かと来ているの?」

「あぁ、そうなんだ……」



……待てよ。ここで夏恋と二人きりで買い物していると言ってしまって良いのか? 林間学校の時のようにはならないだろうか。しかし、1人で来ていると嘘をついたとして、幼馴染みである茅秋を騙せるのか、騙せたとしてもここで座っているのは不自然過ぎる……! 夏恋もいつ戻って来るか分からないし……どうすれば!!



「悠くん、どうしたの? 顔色悪いけど……」

「あ、ああ! ちょっと人混みに酔ってな……! だから少し休んでたんだ」

「え!? 大丈夫なの? 一緒に帰ろうか……?」

「だ、大丈夫だ! もう少し休めば良くなるよ。それより買い物の途中なんだろ?」

「ホントに……? 私達はもう用事は済んだから……そうだ! 飲み物買ってくるよ? 何が良い?」

「そうよ。遠慮しないで私達に頼ったら良いわ」



言えば言うほど茅秋は心配をしてくる。



「悠、お待たせ~! ……って茅秋と彩花!?」

「え? 夏恋ちゃん…!? どうして……?」



途端、その場の空気が凍りつく。


最悪だ……もう弁解のしようがない。



「へぇ~、成程ね~……」



滝野が察したらしく、俺に笑顔を向けてくる。


何でだろ。笑顔なのに怖いぞ……?


滝野は茅秋サイドなので俺が夏恋に贔屓したようにしか見えないこの状況に怒りを覚えるのは当然だろう。



「ななな、何で二人が一緒にいるの……? もしかして二人って……!?」

「ち、違う! 俺達はそんな関係じゃない! そうだよな、夏恋!?」

「う、うん……」



俺の言葉に歯切れ悪く答える。

それはそうだ。たとえ付き合っていなくても、強めに関係を否定されれば誰でも傷付く。俺にとっては友達かもしれないが、夏恋にとって俺は想い人なのだから。

後で謝らなくては……。



「今日は夏恋の買い物に付き合う約束をしてたんだ。黙っててごめんな茅秋」

「……今度」

「え?」

「……今度、映画観に行きたい」

「分かった。約束する」

「じゃあ許す!」



茅秋は俯いていた顔を上げ、笑顔を見せてくれた。そんな姿に安心する気持ちと同時に何かが俺の心を締め付けた。鼓動は高鳴り、顔が熱くなる。



「悠くん顔赤いよ?」

「な、何でもない……!」



彼女達に見られないように誰もいない方向へ向く。

何なんだこの感情は……。

今まで感じた事がない気持ちに戸惑った。





その後は茅秋と滝野も加えて四人でカラオケやゲームセンターに行って遊んだ。

タイミングを見て、夏恋にさっきの事を謝罪し、許してもらった。今度、水族館へ行くのを条件にだが。

夏休みは忙しくなりそうだ……。

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