第35話 好きな人と…

「あの時の約束って無期限だよね?」



茅秋が真剣な眼差しで訊いてきたが、俺はすぐには答えることが出来なかった。

今、俺には親父に無理矢理決められた許嫁がいる。茅秋ではない、他の女の子だ。



「悠くん、聞いてる?」

「あ、ああ! 聞いてたよ」



やはり、このまま隠し続けるのは難しいか……?

本当の事を言うべきだろうか。だが、せっかく遊びに来ているのに俺の事情で茅秋から楽しい気持ちを奪うのは違う気がする。


……それに、たぶん今の俺は茅秋に恋をしている。昔と同じように。何をしてても茅秋がどうしているのか気になってしまうし、彼女の表情や言葉一つで心が揺さぶられてしまう。



「やっぱりなしだよね。子供の頃の話だもんね……ごめんなさい」



俺が黙ったままでいたせいか、茅秋は今にも泣きそうな顔で海の方を眺めていた。



……決めたぞ。父親の決めた相手など知るものか。俺は俺の決めた相手と人生を歩みたい!!



「……茅秋」

「……なに?」



茅秋は溢れ出そうになっていた涙を拭い、こちらに向き直る。



「再会した時、茅秋が約束のことを覚えていて驚いたし、凄く嬉しかった。でも、正直戸惑いの気持ちの方が大きかったんだ。だってお前、何も言わないで姿を消したからさ……だから俺、約束のことも諦めてたんだ……」


「……ごめんなさい。直接悠くんに会ったらさよならなんて言えなくなっちゃうと思ったから……。でも、離ればなれになってからも片時も悠くんのことを忘れたことなんてないし、ずっとずっと好きだったよ!」


「うん、分かってる。この数ヵ月でちゃんと伝わったよ。何度も好きと言われたし、付き合って欲しいとも言われたしな。……でも」


「でも……?」


「俺には茅秋は勿論、誰とも付き合う事が出来ない理由があったんだ」


「理由……?」


「実は俺には許嫁がいる」


「許嫁……? 私じゃなくて?」


「ああ。茅秋じゃない、親父に勝手に決められた他の子だ……」



茅秋が目を見開き、口を手で塞いだまま絶句する。



「でも思ったんだ。好きでもない子と結婚してもお互い幸せになれないんじゃないかって」


「………」


「だから俺は好きになった子と恋人になって、それから結婚したい」



俺が思っていること、隠していたこと全部話した。茅秋はただ黙ってそれを聞いていた。



「茅秋。……俺の恋人になってほしい」



照れや、恥ずかしさを押し殺し、茅秋の目を見て言った。

最初は固まっていた茅秋だが、次第に頬が紅色に染まっていった。そして、



「嬉しい……! ずっとこの日が来るのを夢見てた!」


「じゃ、じゃあ返事はOK……?」



喜んでくれているので返事は分かりきっているが、敢えて訊いてしまう。



「……でも、駄目」


「…………はい?」



思わぬ返答に変な声が出た。

な、なんでだ……? ずっと彼女の方からアプローチしてきてくれていたし、何より今喜んでくれてたよね……?



「どうして……?」


「他に許嫁がいるというのにお義父様に内緒で交際するのは流石にマズいでしょ? 相手方にも失礼だし。ちゃんと話をつけないと」



そういうことだったのか。確かに茅秋の言う通りだ。

普段は天然な感じでフワフワしてると思っていたが茅秋は俺が思っているよりずっとしっかりしている。





交際するのは親父と話し、茅秋との交際を認めて貰ってからということになった。

部屋に戻る途中、



「悠くん、ちょっとだけ……」



そう言って茅秋は俺に抱き着いてきた。



「ごめんね。気持ちが抑えきれなくて……。それじゃあ、おやすみなさい」



手を振って部屋に中へと入っていく。俺はそれを眺めているだけだった。……いや、いきなりのことに情報の処理が追い付かず、固まっていた。



その晩、俺は一睡も出来なかった。

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