第36話 夏恋の思い

徹夜して迎えた朝だったが不思議と頭は冴えていた。

まだ誰も起きてきてはおらず、静かなリビングで一人、ソファに腰かけてコーヒーをすする。


特にすることもないので、スマホでニュースを流すように見ていると画面の上の方からメッセージの受信を知らせるバナーが表示される。送り主は妹の澪だ。

早起きだなぁと感心しながらバナーをタップして内容を確認する。



『花火大会は8月最初の日曜日だって』



それは毎年当然のように兄妹で行っている地域の大規模な花火大会の日程を知らせるものだった。『この日大丈夫?』などの言葉が無いのは、絶対に空けておけよという暗示であるからだ。

折角だから茅秋と行ってみたいという気持ちはあるが、受験生で我慢だらけの一年を送っているであろう澪にとって唯一地獄から解放される一日になるのだ、付き合ってあげよう。まあ、学校の友達と行けば良いだろ?と言うと泣いて怒るからということもあるが。


了解のメッセージを送信するとすぐにウサギのキャラクターが万歳をして喜んでいるスタンプが送られて来た。





七時を回った頃、寝ぼけ眼で滝野が起きてきた。



「おはよう。良く眠れたみたいだな」

「……おはよう。そうね、昨日あれだけ遊んだから良く眠れたわ。それに、あんなふかふかなベッドで寝たのは初めてだし。宮原君は随分と早いのね?」

「ちょっと眠れなくてな」

「そう……なにかあったの?」



向かい側のソファに腰を下ろしながら訊いてくる。

別に隠しておくことでもないため、昨日の茅秋との出来事を俺が隠していたことも含めて全部話した。



「そう……あなたも大変だったのね」

「もってどういうことだ?」

「聞いてなかったの? 茅秋は中学の時、毎週のように男子から告白されてたの。でも好きな人がいるからって全部断ってた。一時期は学校に行きたくないって泣いてたこともあったわ。それでも「きっと悠くんも違う場所で頑張ってる」って言って休まず通ってたわ」



俺はそれを聞いて言葉を失った。茅秋はずっと俺に恋し続けていたのだ。また会えるという確証もないというのに。

彼女の本名を忘れていた自分が最低な人間に思えた。



「あの子のこと大切にしてあげてね?」

「ああ、勿論」

「それと、夏恋はどうするの?」



そうだった……茅秋のことで頭がいっぱいで完全に忘れてたが、もう一人俺に好意を寄せてくれている存在がいた。



「その顔……さては何も考えてなかったわね?」

「ど、どうすれば良いかな……?」



アドバイスを求めると、滝野は少し笑って、



「ありのままを話せば良いと思うわよ。多分、自分は選ばれないってことは分かってたみたいだし」

「そうなのか?」

「ええ。時々、「もし私がフラれたら慰めてね」って言ってきていたの。最初は何で負け戦であるかのような口振りなのか分からなかったけれど、あなたのことを見ていたら気付いたわ。だって、あからさまに何度も茅秋のことを見ていたし、茅秋と話しているとき凄く幸せそうに笑っていたから」

「俺、そんなに分かりやすかったか……?」

「バレバレよ」



滝野が笑いながら答える。

今までの自分の行動を思い出すと何だか恥ずかしくなってきた。

それにしても、夏恋がそんなことを言っていたなんて……少し申し訳ない気持ちになるな。でも、隠しているわけにもいかない。タイミングをみて正直に言おう。



「それはそうと、滝野はどうするんだよ。涼のこと」

「そうね……彼のことは嫌いではないし、寧ろ好きよ。でも、それが恋愛の好きなのか、友達の好きなのか分からないわ……。私、恋愛には疎いから……」

「そっか。まあ、涼も返事はいつでも良いって言ってたし、急いで答えを出す必要ないか」

「うん、でも結構前向きに考えてるから答えは割と早く出ると思う」



滝野は笑顔でそう言った。





次々と皆が起きてきたので、滝野が朝御飯の準備をしてくれた。献立はフレンチトーストとカリカリに焼かれたベーコン、サラダ用意されていてなかなかの豪華さだ。



食事中、向かい側に座っている茅秋がチラチラとこちらを見てきて、目が合う度にニヤニヤしながら目を反らした。そんな可愛い姿を見て、俺もニヤけてしまう。端から見たらバカップルのように見えるに違いない。まだ付き合ってないのに……


茅秋はいつも通りだが、俺の様子があまりにも変わったのに気付かれたらしく、隣に座る伊深さんに小声で、



「何かあったの? 顔がその……だらしないから」

「ま、マジ!?」



だらしないと言われ、必死に真顔を保とうとするが茅秋の顔を見ると勝手に口元が緩んでしまう。


ん? 何だか刺さるように冷たい視線を感じる……

視線の感じる方へ目を向けると夏恋が両手に持ったナイフとフォークを動かすのを止め、俺をじっと見ていた。

こ、怖い……

緩んでいた口はいつの間にか、ぐっと力が入っていた。





朝食後、案の定夏恋が俺の部屋に訪ねてきた。



「ねぇ……茅秋と何かあったの?」

「ちょ、ちょっとな……。実は……」

「待って!」



遮るように夏恋が大声で制止した。



「やっぱり聞きたくない……聞きたくないよ……」



滝野の言っていた通り、夏恋は自分は俺に選ばれないと分かっていたようだ。

朝食の時の俺と茅秋の様子を見て察したのか、夏恋は涙を流しながらその場でしゃがみこんでしまった。

俺は何と声をかけるのが正解なのか分からず、ハンカチを渡して、ただ夏恋が泣き止むのを待つことしか出来なかった。

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