第23話 戻って来た日常

三日目、長いようで短かった林間学校は終わりを迎えた。

夏恋はそうでもなかったが、茅秋の勘違いのせいで全く楽しむことが出来なかった気がする。まあ、ある意味忘れられない思い出にはなったと思う……

昨晩の出来事から茅秋は自分の罪を簡単に赦してくれた夏恋に惚れ込み、ずっとベッタリである。


そして今、俺達は四季高へと戻るバスの一番後ろにある五人掛けの座席に座っているのだが……



「ねえ、夏恋ちゃん! 何か食べたい物はない? 今回のお詫びに何でもご馳走してあげる! 私、料理凄く得意なんだから!」

「え、ええ……別に嫌いな物はないから茅秋の自信のある物で良いよ……」



夏恋曰く、今朝からこんな調子らしい。

林間学校が始まる前までバチバチのライバル関係だったのにも関わらず、急に距離を縮めて来る茅秋に夏恋が困っている。気の強い筈の夏恋が、どうしたら良いのか分からずにおろおろしている様は見ていて少し面白い。

ひっきりなしに話し掛けられる夏恋が俺に目で助けてくれと訴えてきたので、俺から茅秋に質問する。



「茅秋、そういえば引っ越した後のことってあんまり聞いたことないな。楽しかったことだけで良いから教えてくれないか?」

「いいよ! えっとね……」



バスが学校に着くまで茅秋は俺の知らない八年間の彼女の思い出を話してくれた。同じ席に座っていた涼と夏恋は途中で寝てしまったが、俺はとても楽しそうに語る茅秋に最後まで付き合い、いつもの元気な彼女に戻ったことが嬉しくなって眠気など起きなかった。

やっぱり茅秋には笑顔が一番似合う。




────────────────────


学校に着き、その場で即解散した。涼に昼飯を食べに行かないかと言われたが、この大荷物で店に入るのは周りに些か迷惑を掛けるだろうと思い、断った。結局滝野とどうなったのか聞きたい気持ちはあったのだが今回は諦めて今度にすることに。



林間学校中はアドレナリンが出ていたのであまり感じなかったが、かなり疲れが溜まったらしく、右手で持っているボストンバッグが中高文化部の俺を苦しめた。キャリーケースにしておけば良かったと今になって後悔した。

身体に鞭を打ちながらようやく家の前にたどり着いた。鍵を取り出し、鍵穴に入れてから回す。カチャっと解錠される音が聞こえ、ノブに手を掛けて扉を引いた。そして中に入ると、いつもの殺風景な俺の部屋が目に入ると思っていたのだが…………違った。



「な、なんじゃこりゃ……」



俺の視界に映ったのは、信じられない程に綺麗になっている部屋である。

髪の毛一本落ちていないフローリング、台所のシンクは自分の顔が映るほどまで磨かれ、出発する前は起きてそのままにしていた布団はビジネスホテル並みにベッドメイクされており、中に干しっぱなしにしていた筈の洗濯物はテーブルの上に美しく畳まれていた。入居した時より綺麗になっているかもしれない……。

新手の空き巣が入ったのかと焦り、貴重品の入った戸棚を開けて確認したが何も盗られていなかった。それに施錠された窓が割れた痕跡もないし、玄関は確かに鍵が掛けられていた。

部屋中を見渡していると机の上に覚えのない紙が置いてあるのに気付いた。


『色々好きに使わせて貰った御礼に綺麗にしておいたからね。次に来るのは来週だからそれまでに汚してたら許さないよ? 澪』



……思い出した。茅秋のことで完全に忘れていたが澪が一昨日、ここに泊まったのだった。

妹なのだから気にせず使えば良いのに律儀な奴だ。そもそも家を空けると伝え忘れた俺が悪いはずなのだが……。今度の給料日に何処か美味い店にでも連れて行ってやろう。

そんな事を考えていたら腹が鳴りそうになる。



「昼飯でも食べに行くか……」





────────────────────


俺がバイトしているファミレスで昼食を取ることにした。



「いらっしゃいませ! ……あ、宮原さん!」

「やあ、梅川さん。お疲れ様」

「お好きなお席へどうぞ!」



窓側の席へ座る。ここに客として来たのは何気に初めてかもしれないな。



「お冷どうぞ」

「ありがとう。そういえば今昼過ぎだけど、梅川さんは今日は学校早かったの?」

「はい、今日は中間考査最終日だったので。あれ? 宮原さんもテストだったんですか?」

「いや、俺は林間学校の帰ってきたところだよ」

「林間学校ですか! 良いですね……うちの学校は無いので羨ましいです」

「珍しいね。梅川さんは女子高だったよね? あ、でも林間学校をやる女子高もあるらしいもんな……」



そう、彼女の通ってる高校は県内でも有名なお嬢様ばかりが在学する私立の女子高なのだ。



「はい。ですが、林間学校の代わりなのかは分かりませんけど、首都圏の大学を見に行く行事は来月にあるんですよ!」

「へぇ、いいね。お土産話楽しみにしてるよ」

「大学見学なのでそんなに楽しいことは無いと思いますけどね」



梅川さんが「ふふ。」と小さく笑いながら答えた。

少し世間話をしたところで、ハンバーグとドリンクバーを注文する。


それにしても、彼女はここ最近よく店に入っているようだ。俺が入っている時は勿論、俺が休んでいるときも働いているらしい。本人はちゃんと休んでいると言っているが、法律ギリギリのラインで働いているので、その内身体を壊すのではないかと心配である。

何か欲しい物でもあるのかな……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る