第8話 嵐の前の静けさ・続
急いで帰ると、玄関の前に夕飯の食材の入ったスーパーの袋を左手に持ち、右手でスマホをいじっている澪が立っていた。
「ごめん!来るってことすっかり忘れてた!」
「はぁ……そんなことだろうと思ったよ。」
「すみません…」
「ゴールデンウィークに遊園地。それでチャラ。」
「分かった。約束な。」
澪の荷物を無言で持ってやり、部屋に入る。
「そうだ。合鍵やるよ。」
そう言ってスペアの鍵を澪に放り投げると、澪は上手いことキャッチした。
澪は鍵を見つめながらキラッキラの笑顔で、
「なんか恋人みたい!」
「俺の部屋を悪用するなよ?」
「分かってるって!」
嬉しいそうに鍵を鞄にしまって、夕飯の準備を始めた。
時計を見るとまだ17時だった。
そういえば、夏恋が夜に電話すると言っていたが、いったい何時頃なのだろうか……
「ちょっとお兄ちゃん!」
「うわぁっ!!びっくりした。」
「なーに黄昏てるの?カボチャ切って欲しいんだけど。」
「あ、あぁ…任せろ。」
その後も澪に言われるがままに手伝いをし、テーブルにはサラダとパンプキンシチューが並んだ。
「「いただきます。」」
パンプキンシチューを口に入れる。カボチャの甘味がしっかり出ていて旨い。澪の料理は具材が大きめなので食べごたえがあり、大好きだ。やはり澪の料理の腕はプロ並みだな!
……俺はシスコンじゃないぞ?
心の中で妹を褒めちぎったのが恥ずかしくなり、自分にツッコミを入れる。
そうだ、ヒラリちゃん……茅秋と高校で再会したことを澪にも伝えておくか。
「澪。」
「なぁに?妹にプロポーズはダメだよ?」
「するわけないだろ……」
「……してもいいのに。で、どうしたの?」
「あぁ…実は四季高でヒラリちゃん……茅秋に再会したんだ。」
「……………えぇ!!!?」
言葉の意味を理解するのに時間が掛かったのか、少し遅れて驚いた。
「そうなんだ……じゃあ付き合ってんの?」
「まさか。幼馴染とはいえ8年ぶりだったからな……最初気付かなかったくらいだし。」
「そんなに変わってたの?」
「まあな…今度会うか?茅秋も喜ぶと思うぞ。」
「そうだねー…。じゃあ、お姉ちゃんに会うのもゴールデンウィークで。」
「了解。伝えとく。」
───澪は食べ終わると少し休んでから帰っていった。
てっきり泊まっていくと言うと思っていたが……そういえば、来たときに比べて少し元気がなかったな。
キッチンで洗い物をしていると、携帯の着信音が部屋に鳴り響く。画面を見ると夏恋だった。
緊張しながら電話に出る。
「もしもし?」
「もしもし、悠?こんばんは。」
「こんばんは、夏恋。」
「なんだかドキドキするね。」
「そ、そうだな…」
ここだけの会話を切り取ったら、付き合ったばかりのカップルの初めての電話みたいだ。
「早速なんだけど……悠は中学二年の秋頃に何かあったでしょ?」
「…!?あぁ…確かにあったけど…」
何故夏恋が知っているのか。それに驚いた。
────あの日を忘れるはずがない。あれは中学二年の秋頃…
中学の時は吹奏楽部で、放課後は部活が終わってからも近所の人気のない川岸の公園で練習していた。
その日もいつも通り練習していて、そろそろ帰ろうかと楽器を片付けている時に誰かが揉めている声が聞こえたのだ。
聞こえた方へ急いで向かうと、隣の中学の東中の制服を着た男子3人が女子1人を囲んでいた。
「このクソ女!俺らが掃除サボってんのをてめぇが先公にチクりやがったせいで校庭何周走らされたと思ってんだ。」
「あ、あなたたちがちゃんと掃除してれば良かっただけじゃない!」
「お前みてぇな偽善者マジうぜぇ。」
「俺ら疲れてるからよぉ、癒やしてくれよ…カ・ラ・ダ・でなぁ!!」
「い、いやっ……!!」
1人が掴みかかろうとしたところに飛び出し、手に持っていた譜面台で男の女子に伸ばした手を勢いよく払った。
「ってぇ!んだテメェ!」
「お前ら…女の子1人に男3人が寄って
「邪魔すんじゃねぇ!…ぐはぁ!」
俺に向けられた拳を紙一重で避け、鳩尾にカウンターを入れる。
他の2人が踞っている仲間を見て怯むがすぐに、
「この野郎!」
「クソが!」
と拳を向ける。
1人の拳は避けられたが、もう1人の拳が右の頬にクリーンヒットする。
まずい……そう思ったとき、
「君達!そこで何やっているんだ!」
「やべぇ、警察だ!逃げろ!」
これだけ騒いだのだ、巡回していた警察が気付いたのだろう。
警察は逃げた3人を追い、その場には俺と腰が抜けて放心状態の女の子だけが残った。
唇が切れたのか血の味がする。あの野郎…しばらく楽器吹けなくなったじゃねーか。
俺は女の子の方を見て、
「大丈夫だった?」
「ありがとうございます……あ、血が…」
「これくらい大丈夫だよ。立てる?」
「はい…うぅ…怖かった…」
「女の子らこんな時間に1人で出歩かない方がいいよ。そんじゃ、俺は帰るから。」
「あの!うちの中学じゃないよね…?名前教えて!」
「西中、宮原悠。」
「私は東中の○○○○。……悠くん、また会いたい。」
「縁があれば会えるよ。○○…またな。」
その後、名前の覚えていない彼女は中学卒業まで再び会うことはなかった───。
「───ってことがあったんだよ。」
「あの…その女の子、私。」
「…え?でも髪の色が…」
「地毛が赤毛だと色々大変だったから中学の時は黒く染めてたの!」
「そうだったのか…。その…ごめん。」
夏恋…そう呼んだ時に懐かしさを感じた理由が分かった。
「謝らないで。私はずっとお礼をもう一度言いたかっただけなの。」
「そんな…困っている人を助けるのは当然だよ。」
「君はかっこいいな……あのさ、」
「…?」
「今から会いたい。」
彼女の声は電話越しでも伝わるくらい真剣だった。
「…分かった。じゃあ学校の近くの公園で。」
────────────────────
この公園は街頭が少ない。でもすぐ隣にコンビニがあるおかげで別に何も見えないほどではない。
先に着いた俺はベンチに座って夏恋が来るのを待とうしたが彼女は思っていたよりすぐに来た。途中まで走ったのか、息を切らしている。
「走って来たのか?飲み物買ってくるからそこに座って待ってて。」
「はぁ…はぁ…うん…」
公園の入り口にある自販機で水を2つ買って戻る。
「ほれ。」
「ありがとう。」
彼女は水を2口ほど飲み、深呼吸をして立ち上がった。そして俺の方に向き直る。
彼女の表情は暗くてよく分からないが、恥ずかしさを誤魔化すように両手を胸の前で固く握っていた。
「ゆ、悠!」
いきなり名前を呼ばれたので思わず俺も立ち上がる。
「あ、あの時は助けてくれてありがとう!」
「どういたしまして。」
「えっと……それで…」
「ん?」
「あの時からずっと好きだったの!」
彼女は飛び込むように俺に抱きついた。
「私を…彼女にしてくれませんか?」
「「え!?」」
俺と一緒に驚いた人がいた。俺から離れた夏恋と俺は急に声のした公園の入り口の方を見る。
……そこには、昼間見た花の刺繍が施されたワンピースを纏う少女・茅秋が立っていた。
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