第7話 嵐の前の静けさ

今日は朝から雨が降っている。天気が悪いと心まで沈む。慣れない新生活で心身ともに疲れているのも原因の一つだろう。



今週最後の登校日である今日、茅秋は学校を休んでいた。理由はおそらく体調不良ではない。




今日はクラスの結束および他クラスとの交流を目的とした、ゲーム大会が体育館で行われている。ドッジボールや30人31脚、ボール送りなどといったチームワークを要するゲームばかりだった。


今年の一年生はA組からE組まである。そして現在、C組とE組がドッジボールの試合の真っ最中だ。他のクラスは応援したり、審判をしたりと楽しそうに観戦している中、俺は端の方で1人フケていた。




ぼーっと外の雨景色を眺めていると、後ろから誰かに声をかけられた。



「宮原悠くん。」



振り返ると、長めの髪を後ろでゴムで束ね、前髪をヘアピンで留めている彼女は昨日、下駄箱で見たときとは少し雰囲気が違って見えた。



「えっと…滝野さんだっけ?」


「そう、B組の滝野彩花たきの あやか。茅秋とは小学校から仲が良いの。君のことは茅秋から嫌ってほど聞かされてるよ。」


「……昨日、茅秋はあの後どうだった…?」


「しばらく近くの公園で泣いてたけど、落ち着いたら帰ったよ。」


「あいつには悪いことしたな…。」


「で、昨日のあの三浦先輩?って君とどんな関係なの?」


「ただのバイト先の先輩だよ。先輩がバイト先へ一緒に行こうと待っててくれてたんだよ。」


「じゃあ、あの人との間には何もない?」


「あぁ。」


「良かった!返答次第では君をビンタしなくちゃいけなかったからね。これでも茅秋の親友のつもりだから!」



滝野さんは笑顔で恐ろしいことをさらっと言った。



「これ、あの子の今の住所と携帯番号。あの子の王子様は君しかいないからね!」



ポケットから小さいメモをくれた。



「ありがとう。助かる。」


「どういたしまして。…それにしても君、茅秋の話通りなかなかのイケメンだね!茅秋が傷心中に私が貰っちゃおうかな?」


「おいおい、冗談でもよしてくれ!」



互いに笑い合う。茅秋は引っ越してから良い友達と出会えたみたいだ。






───ゲーム大会が終わり、放課後。委員会の仕事である戸締まりの呼び掛けのため、関本さんを呼びに行く。



「関本さん、呼び掛け始めようか。」


「うん!あ、そういえば関本さんって呼び方やだな……夏恋って呼んでよ!」


「え!?か、夏恋……」


「うん、いい!私も悠って呼ぶね!」



夏恋。そう呼んだとき、少し懐かしい感じがした。


呼び掛けをしながら各クラスを回ってるときに尋ねた。



「昨日のメールってさ、どういう意味だったの?」



「あ、ごめんね!ホントに覚えてないならいい

の!っと、ここで最後だね!」



ほんの一瞬、彼女の表情が曇ったがすぐに笑顔で答えた。

何かを隠している……流石にそれは分かったがこれ以上聞くことはしなかった。




最後の呼び掛けを終え、俺達の教室に戻ると、すでに皆帰った後で誰も教室には残っていなかった。戻る間、ずっと無言だった夏恋が口を開いた。



「悠。今日の夜に電話していい?」


「…あぁ、いいよ。」



いつも笑顔の彼女がいつになく真剣な眼差しだった。






────────────────────


滝野さんからもらったメモとスマホのマップアプリを頼りに茅秋の家に到着した。

目の前には俺の身長の2倍はある門があり、奥に大きな白い洋館が建っていた。



「あいつお嬢様だったのか……」



おそるおそるカメラ付きのインターホンを鳴らすと、ブツッという音の後に、



『はぁい……あら?』



茅秋の声によく似た声が聞こえた。



「こ、こんにちは。えっと、クラスメイトの宮原悠と申しますが…」


『あらあら!悠くん!久しぶりね!すぐ門開けるから!』



用件を全て言う前に茅秋母はかつての宮原悠だと気付いたらしく、門を開けてくれた。

中に入るとテニスコート5面分はありそうな庭で噴水まであった。驚きながら真っ直ぐ玄関に向かうと、3,4歩手前で勝手に扉が開いた。



「いらっしゃい!上がって上がって!」



出てきた茅秋そっくりな女性は確かに見覚えがある。



「お久しぶりです。秋穂あきほさん。」


「その呼び方、覚えててくれたのね!」



新関秋穂さん、いや、今は白鳥秋穂さんか。

幼い頃、茅秋の家の方にも遊びに行くことがあったのだが、「おばさん、こんにちは。」と挨拶をしたら怒られた記憶がある。おばさんと呼ばれるのが嫌だから『秋穂さん』と呼べと言われたのだ。



リビングに通されると、その広さとは不釣り合いな4人用のテーブルと椅子が置いてあり、そこ座るよう促された。



「今お茶出すわね。紅茶で良かったかしら?」


「はい。いきなり来たのにお茶まで……すみません。」


「いいのよ!気にしないで!」


秋穂さんは端の方にあるキッチンへと姿を消した。


居心地の悪い広すぎる空間で待っていると、先程通ってきた廊下と繋がる扉が開く。



「お母さん、誰か来たのー?」



入ってきたのは茅秋だった。彼女は俺の存在に気付き、フリーズした。



「な、ななな!何で悠くんがいるの!!?」



途端に顔を赤くして叫ぶ。



「よ、よぉ。」


「お母さん!なんで言ってくれないの!」


「あら、茅秋。悠くん来てるわよ。」


「今じゃなくて!」


「うるさいわね。何でも良いからあなたも座りなさい。」


「もう…」



茅秋は不満そうに俺の向かいに座った。

もじもじしながら俺のことをチラチラ見てくる。

こうして真正面で見ると彼女はものすごく可愛い。中学でも大層モテたに違いない。



茅秋に見とれてると、



「ふふふ。私も悠くんとたくさん話したいことがあるけどまたの機会にするわ。茅秋頑張れ!」



そう言って、両手でガッツポーズをした秋穂さんはリビングから出ていった。



「もう…お母さんったら…ごめんね?」


「いや、気にしてないよ。」



しばらくの沈黙の時間の後、紅茶に砂糖を3個入れながら茅秋が話を切り出した。



「え、えっと、今日はどうしてウチに?」


「学校休んでたからさ、様子見に。」


「そっか…ありがとね…」



恥ずかしそうに俯いている。

今日はやけにしおらしいな。いつもの茅秋なら満面の笑みでベッタリくっついてくるはずだ。でも、こういう茅秋も新鮮で良いな。



「あのね、悠くんに聞きたいことがあるの。」


「ん?なに?」


「昨日、悠くんが下駄箱で一緒にいた人とはどういう関係なのかなぁ…って…」


「三浦先輩はバイト先の先輩で四季高の二年生なんだよ。誰にでも優しい人だから特別なことはないよ。」


「そうなの…!?」



不安な顔から一変。安心と喜びの混じった顔になる。

喜怒哀楽がはっきりしているから分かりやすい。



「私ね、今まで悠くんが他の女の子と仲良くしてるかも…とか考えたんだ。だからあの時、ものすごく胸が締め付けられるように痛くなったの。」



紅茶をティースプーンでぐるぐるとかき回すのを止めて、真っ直ぐな目で俺の顔を見る。



「……そして思った。私はこんなにも悠くんのことが大好きだったんだなって。」


「………。」


「ごめんね!こんなこと言われても困るよね!」


「いや、素直に嬉しいよ。」


「ふふ。悠くん、顔を赤いよ?」



自分でも顔が少し熱くなっているのが分かった。

茅秋も耳まで赤くなっている。



「あのね……も、もし……悠くんが良かったらなんだけど……私とお付き合いし……」


「「!!?」」



ピリリリッ!!俺の携帯が茅秋の言葉を遮るように鳴った。画面を見ると澪からの電話だった。



「ご、ごめん!妹だ…」


「いいよ!出てあげて?」


「…すまん。もしもし?」


『もしもしお兄ちゃん!?玄関開いてないんだけどもしかして帰ってないの?』


「あぁ、ちょっと用があってな。」


『早く帰って来て!!買い物の荷物が重くて死にそうなの!』


「わ、分かったよ!じゃあ切るぞ。」


『はーい。早くねー。』



これは早く帰らないと澪に一時間以上延々と愚痴を言われる羽目になる。



「ごめん。帰らないといけなくなった……」


「そっか…大丈夫。…今日はありがとう。」


「あ、そうだ。これ。」



ポケットに入れていた紙を差し出す。



「……なにこれ?」


「俺のメアドと番号。幼馴染なのに知らないってのは変な話だし。」


「…!!ありがとう!!嬉しい!」



彼女は紙を両手で大切そうに持って微笑んだ。




──帰る時、秋穂さんと茅秋が玄関先まで見送ってくれた。

秋穂さんにまた来てくれと言われたので今度は茶菓子を持って来ますと答えたら喜んでくれた。



二人に別れを告げ、走って自宅へ戻る。早く帰らねばまずい……。

雨は止んでいて、空は美しい茜色に染まっており、綺麗というよりかは少し不気味だった。

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