第4話 馬車内

「いい? ジャック。今晩の晩餐会は略式です。そこまで、厳格なものではありません。けれど……」

「おおー! 見えて来たぞ!」


 皇宮へ向かう馬車の中。

 隣席で、何度目になるか分からない注意をしてくるお嬢様の声を遮り、俺は窓越しに白亜の巨大な宮殿を指さした。


 帝都最大の建築物であり、皇帝陛下がお住まいになられている皇宮だ。


 西方のド田舎に育った俺からすと、信じ難い程の規模。人間ってすげーわ。

 いったい、どうやって、あんな建物を――首筋に冷気及び魔力反応。

 両手を挙げて、降伏。


「き、聞いてる、聞いてるってっ! だ、誰も、いないからって、ぼ、暴力反対っ!!」

「これは暴力じゃないわ。御主人様のいうことを聞くようにする、そう! 躾よっ!!」


 振り返り、ジト目でエミリア見やる。 

 なお、侯爵と侯爵夫人、双子は先行する馬車に乗っている。


「……今の言い方、あんまり良くないと思うぜ?」

「……あ、うん。た、確かに、その、良くなかったかも……。ご、ごめんなさい――ってっ! ど、どうして、私が謝ってるのよっ!? ジャック! 貴方は私の」

「執事だ」

「……よろしい。よろしくないけど、よろしい」

「良いのか、悪いのか、どっちなんだよ、ったく」


 時折、こいつが何を考えているのか分からなくなるんだよな。

 頬を掻きつつ、確認。


「俺は、基本的にお前の後ろに控えていればいいんだよな?」

「……ええ。一人で何処かへ行くのは禁止です。皇宮はとても広いので、迷子になったら大変ですから」

「ま、迷子になんてならねぇよっ!」

「ふ~ん。そう言えばぁ? 以前、大市場で迷子になった執事さんがいたような気がしますねぇ?」

「うぐっ!」


 お嬢様がニヤニヤ。

 更には、ドレスの上着から赤い紐を取り出し、これ見よがしに弄っている。

 や、やめてっ! 

 ひ、人前で、し、しかも、帝都中の貴族と、有力者が集まる場で、手首に赤紐を結ばれている執事とか……滅茶苦茶、目立つからっ!! 大通りを歩けなくなっちゃうっ!!!

 しかしながら、このエミリア・ロードランドならば、そういうことも平然とやりそうなのが困る。

 ……迷子は駄目だ。うん。俺の尊厳が懸かっている。

 お嬢様が微笑む。


「あ、手首よりも、首が良いですか?」

「い、嫌だからな? ぜ、絶対、絶対、そんなことはさせないからなっ!?」

「うふふ……貴方に権利があるとでも?」

「お、横暴だっ! な、何の権限があって」

「金利支払いを復活」

「エミリアお嬢様! 仮に、私めが迷子になった場合、このジャック・アークライト、如何様な罰でも甘んじて受ける所存っ! なので、金利、金利だけは……!」

「あら? 残念です」


 エミリアの笑みが深まる。

 俺は、わなわな、と身体を震わせる。

 き、汚い……流石に汚いっ! 

 こ、これだからは、俺の御嬢様兼許嫁は――……。

 ふと、気付き沈黙。

 エミリアが、きょとん、とし、覗きこんできた。口調が普段のものに。

 

「? ジャック?? どうかしたの?? も、もしかして、お腹でも痛いのっ!? だ、だったら、すぐに屋敷へ戻ってっ!」

「ち、違っ! お、落ち着けってっ!」

「!」


 いきなり、あたふたしたお嬢様をたしなめ、思わず手を握る。

 エミリアの頬が赤く染まり、俯く。手を離す。


「あ、わ、わりぃ」

「……いいけど。で?」

「あー……言わないと」

「ダメ」


 頬を掻き、そっぽを向く。

 早口で告げる。


「いや、晩餐会なら、大勢、男も来てるだろ? で、き、今日のお前は……そ、そのだな……」

「――むふ」


 エミリアが変な呟きを零した。

 手が伸びてきて、無理矢理、顔を戻される。

 満面の笑み。


「なーに? 心配になったの? 私が、誰かに靡かないかって?」

「ち、違っ!」

「はいはい♪ 気になっちゃったのね~♪」


 くっ!!

 こ、こいつ、ぜ、絶対に誤解をしていやがるなっ!

 お、俺が気にしているのは……そ、そうっ! し、借金のことであって、け、決して、お嬢様に男共が寄ってくるんじゃ? とかこれっぽっちも思っていないのであって、どうせなら、誰かに貰われ――……るのは、駄目だわ。うん、それは駄目だわ。

 エミリアが頭を撫でてくる。


「大丈夫ですよ~。貴方の御主人様に匹敵する男なんて、この帝国中を見渡しても、まずいませんからね~」

「そ、そこまで言うのかよっ!?」

「と――ジャックは思っているのよね?」

「…………」


 再度、そっぽ。

 多分、耳は赤くなっていると思うし、隣から笑い声もするけど、全力で無視。

 頬っぺたを突かれても無視。

 腕と腕がくっつき、手が滑り込んできて、握りしめられ、頭と頭とがこつん、とぶつかる。

 甘い甘い囁き。


「ほんとのほんとに――大丈夫だから、ね? むしろ、心配なのは貴方の方なんだから。絶対に……離れちゃダメよ?」

「? 俺??」


 思わず、視線を戻す。

 ――間近には、エミリア・ロードランドの綺麗な顔。

 きょとん、とし、嬉しそうに顔をほころばせる。

 釣られて俺も、何となく笑う。

 お互いに言葉はない。

 それでも――まぁ、悪くないと、思ってしまう。

 額を額とをぶつけ合い、目を瞑って宣誓。


「――お前の言っている意味は、正直、良く分からねぇけど、でも、俺はお前の執事だからな。御主人様が嫌がることはやらねぇよ」 

「――よろしい。仮に破ったら、今後は外出する時は、赤紐を結ぶわ★」

「…………絶対に、迷子には、ならねぇぇ」


 俺は固く固く、決意表明。

 目を開け、頷きあう。

 車窓越しに巨大な皇宮が近づいて来るのが見えた。

 巨大な正門前には、整然と馬車が並んでいる。

 いよいよ、晩餐会ってやつだ!

 

 ――ネイとムギも参加するっている話だったし、会えるといいんだが。

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