第15話 練習再開

「……うん、分かった。このままじゃ、埒があかないね。そろそろ再開しよう」


 お嬢様に二杯目の紅茶を入れ、クッキーを食べさせているとネイが苦笑しながら声をかけてきた。

 まー確かに十分、休憩したしな。

 半分だけ食わせたクッキーを口に放り込む。おお、これまたうめぇ。


「! え、あ、う、し、しょの……」

「「…………」」


 エミリアがわたわたし、二人からはジト目。何だよ?

 冷めた珈琲を流し込み、立ち上がる。

 うし、やるか!


「……ジャック。君ってさ」

「……思ってたより、質が悪いかもっ」 

「はぁ? いきなり何だよ」


 訳分からんことを。

 ん?

 硬直しているお嬢様の顔を覗き込む。


「おーい、どうかしたかー?」

「…………」


 反応無し。

 まるで、借りて来た猫――ああ、本物はそこにいるわな。

 エミリアは俯き、膝上に両拳。身体を細かく震わせている。耳から首筋までは、ほんのりと赤く染まっている。

 ふむ。


「おーい、乱暴巨大女~。虐めっ子なエミリア・ロードランド~」

「…………だ・れ・が、乱暴巨大女ですか? チビなくせにっ!」

「ち、ちげーしっ。成長期はこれからだしっ!」

「へー。ふーん。そうなんですねー。人参とピーマンが嫌いで、お化けと雷が実は怖い、ジャック・アークライト君?」

「! ばっ。そそそ、そんなこと……」

「こと?」

「――……ほ、ほら、とっとと始まるぞ」

「はいはい。大丈夫ですよ。お化けが出たら守ってあげますし、雷が鳴ったら傍にいてあげますから♪」

「うぐっ……」


 こ、こいつ……こいつっ……こいつっっ! 

 何時か、ぎゃふん、と言わしてやる。

 ――あれ? 

 でも、どうして俺がお化けと雷が、少しだけ……そう! ほんの少しだけ苦手なのを知ってやがるんだ? 話したっけか??

 小首を傾げていると、両肘をついて俺を見ているお嬢様が催促。


「さ、早くやってみせてください。ビシバシ、指摘―—」

「あ、少し待ってね。ロードランドさんは、ちょっと」


 ネイが呼び止め、少し離れた場所でひそひそ話。

 おーい。始めたいんだが??

 「……今の内なら、逃げれるかも? う~でもでも、そしたら、ネイに怒られるし……」ムギ、諦めろ。あれで、ネイは案外とスパルタだろ?

 

「(いいかい? いきなり出鼻は挫かれたけど、これから、これからだよ。僕が、ムギで実演してみせるから、参考にしてみてほしい)」

「(わ、分かったわ! ネイ先生)」


 お嬢様が両拳を握りしめ、頷いている。

 多分、碌でもないことを――見るとムギが意を決して逃走しようとしていた。いや、だから無理だと思うぜ。


「――ムギ」

「! ネ、ネイ。えっと、あの、あのねっ。私にはやっぱり、ネイ達のクラスで解いてるような難しいお勉強は」

「――大丈夫」

「!」


 頭に優しく手が置かれた。

 膝を屈め、視線を合わす。


「ムギなら出来るよ。絶対に出来る。頑張ろうよ、ね?」 

「う~……だ、だけど、さ……」

「これは、僕の我が儘なんだけど」 

「?」

「ムギとクラスでも一緒に過ごしたいな、って思うんだ」

「!!」

「はは、変だよね? 昼休みや放課後、土日も一緒なのに。だけど、やっぱり君と一緒の時間を増やしたいんだよ。だから――僕のお願い」

「!!! ――うん、分かったっ! 私、頑張るねっ!!」


 おおぅ……。

 俺はいったい、何を見せつけられてるんだろうか。

 けっ。モテる男はちげーぜ。

 ネイが何故か、こちらを見てウィンク。視線の先には――。


「(こくこく!)」


 椅子に座りながら激しく首を上下させているお嬢様。何故か、右拳を握りしめている。

 ……面妖な。 

 まーいいや。さ、練習っと。

 魔力を左腕全体に纏わし、それを固定するイメージ。

 爺ちゃん曰く、コツは『頑丈な篭手をつけることを考えよ。さすれば、簡単に出来る!』……いや、むずいってっの。基本、魔力って放出するもんだしなぁ。固定すんのはあんまし聞かねぇし。

 結局、家族内で、完璧にマスターしたのは姉貴だけ。

 あの人は竜のブレスも防ぐような『盾』まで展開出来るようになってたけど。あんな規格外と、平々凡々な俺を比較されても困る。兄貴達だって……いやまぁ、纏うことは出来てたか。に対して、俺は。

 ――左腕の魔力が四散。あーうーえー。

 すっ、と手が伸びて来た。


「見せてもらったわ。つまり――こういうことよね?」


 お嬢様が、細い右手に魔力を纏わせ、前へと突き出す。

 いや、こうも簡単に再現すんのかよ。 

 才能の……いや、積み重ねた努力の差だな。俺は、爺ちゃんの特訓から逃げてばっかだったし。姉貴もだけど。


「もう一度、やってみて。私がサポートする」  

「……あいよ」


 左手を突き出し、魔力を集める。

 ――柔らかい手の感触。ぴったりとくっつけ、握りしめられる。


「お、おい」

「黙ってなさい」


 有無を言わせぬ口調。

 俺の魔力とお嬢様の魔力が、合わさっていき――固定。

 ……いや、マジか。

 自分と他人の魔力の一体化は超絶高等技術。並の魔術師じゃ一生出来ねぇことを、さらりとやってのけるとは……こいつ、ほんと何でも出来んのな。

 だけど、ちょっと傷つくわ。これ見よがしなドヤ顔だし。


「ふっふーん♪ どんなもんですかっ。さ、今の感じです。やってみてください!」

「……おぅ」


 釈然とはしねぇが、まぁ助かった。 

 ネイ達が頭を抱えている。


「ロードランドさん、凄い。でも違う、違うんだっ! そうじゃないっ」

「凄いよ。ほんと、凄いんだけど……違うのっ」


 お前らはこいつに何を求めているんだ。

 はぁ、と溜め息をつく。

 ああ、そーだ。


「エミリア」 

「! な、何ですか?」

「……もう一回、頼めるか?」 

「! も、もぅ~♪ しょうがないですねぇ。特別……そう、特別ですよ? きちんと、お礼を言ってくれないと、ダメなんですからね?」 

「んー」

「ち、ちゃんと返事をしてください」


 左手を伸ばす。

 右手が繋がる。

 ――魔力が重なった。


「はい♪ どうですか? 何か、掴めましたか?」 

「分かったような……分からんような……ま、ありがとよ。頑張ってみるわ」

「あ……」


 手を離す。さて、やるかー。

 何だよ??


「……ムギ」

「……ネイ」

「「これは、これで――ありなしで言ったら、ありかもっ!!」」


 いやだから、何なんだよ。

 ん? お嬢様、どした??

 

「……で、出来るまでやります。この、エミリア・ロードランドが付き合ってあげるんです。感謝するように」

「いや別に」

「さ、やりますよっ! 覚悟してくださいっ!」


 ――結局、その日、俺は魔力切れになるまで特訓させられた。

 疲労困憊な俺。どんどん上機嫌になるお嬢様。途中から俺達を放置し、自分達の世界を形成するネイとムギ。これ、明日も続くそうだ。

 ……うぅ。田舎に帰りてぇ。

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