第34話 嵐、来りて

「ははは、なるほど。それで、ロードランドさんはやたらと君に構ってるんだね。愛されてるね、ジャック」

「……ネイ、てめぇ、他人事だからって笑い過ぎだぞ?」

「他人事だからね。僕よりムギの方が酷いよ?」


 そう言うと、ネイは自分の彼女へ指し示した。

 ムギはテーブルに突っ伏し、爆笑中。た、他人の不幸は蜜の味ってか!? ったく。

 俺は、テーブルに置かれたカップをあおり――立ち上がる。


「ジャック? どうしたんだい??」

「……飲み物が尽きた。買ってくらぁ」

「なら、僕達も」

「いいって。すぐ戻る」

「でも……ロードランドさんに言われてるんだよ。『ジャックを、ぜっったいに、一人にしないでくださいっ! すぐ、戻ります』ってね。そろそろ、職員室から戻ってくる筈だ」

「そうだよ! 御主人様を待つのも、わんこの大事な仕事でしょ? 大人しく待ってるべきだと思うなっ!」

「誰がわんこだっ! 誰がっ!! 心配しなくても大丈夫だっての。ここから、俺の田舎までどんだけあると思ってんだ? 幾ら姉貴でもこんな短時間で、往復は無理だ。あいつ、過保護なんだよ」

「でも――嬉しいんでしょぉ? ん~??」

「…………行ってくらぁ」


 ニヤニヤ笑うムギの問いかけを無視し、俺は自習室の出口へ。ネイが何かを言いたそうにしてやがったが、知らん! 勝手に、いちゃついてろっ!!


※※※


「戻りました――……ジャックは?」

「あ、おかえり~。エミリアのわんこは飲み物を買いに行ったよ!」

「なっ!? 一人で行かせたんですかっ!!?」

「止めたんだけどね。ロードランドさん、心配なのは分かるけど、あまり拘束し過ぎると、折角、距離が縮まってきたのに、また離れてしまうよ?」

「そうだよ~? ようやく、懐いてきたのに」

「そ、それは……分かってますが……」

 

 ネイさんとムギさんが私を見てきます。

 ……分かっています。幾ら、あの嵐みたいなセフィさんといえど、ここと、田舎までの物理法則には縛られている筈です。

 必ずや舞い戻り、ジャックを私から強奪しようとすることは間違いありませんが、幾ら何でも往復は無理。

 けれど――落ち着きません。

 ここ最近は、視界内にずっといましたし……ふふふ、寝顔のジャックの可愛らしかさといったら! 妹達と並んで寝ている姿は、とてもとても愛らしいものでした。早起きした甲斐は間違いなくありましたね。

 起きている時は起きている時で、愛らしい――いえ、生意気です。しかも、最近は妹達ばかりに構っています。これは問題、大問題です。

 今日、帰ったらそのことを、今一度、教えないといけません。

 ジャック・アークライトは、あくまでも私、エミリア・ロードランドの婚約者であり、如何なる時も、私を最優先に――!

 がたり、と椅子が音を立てます。


「? エミリア??」「ロードランドさん??」

「……そ、そんな、まさか……あ、あり得ません。い、幾ら、セフィ・アークライトでも、不可能……! ジャック!!」


 急速に近付く、強大な魔力反応に愕然とし――すぐさま、意識を切り替えます。 あの人はここに来る理由はたった一つしかありません。急がないとっ!


※※※ 


「……ったく。あいつ等ときたら」


 飲み物を受けとった俺は、文句を言いつつ廊下を進む。

 一度強めに言わないと、だな! うん。

 特にあのお嬢様ときたら、四六時中一緒にいようとしやがる。文句言うと、怖い話や闇霊召喚しようとするし……決めた。今日こそは、ぜってぇ一緒には寝ねぇ!!

  

「―—な~にを、決めたの?」

「勿論、お嬢様の束縛からの解放を! ―—……ふぇ?」


 あれ? 俺は今、誰と話したんだ??

 後ろから、細く長い両腕が伸びてきて優しく抱きしめられた。そのまま手はトレイ上のカップを取り、一気飲み。


「はぁ、ちょっと駆けてきたから、美味しいわ。御馳走様、ジャック♪」

「!? あああああああ姉貴っ!!?!」

「は~い♪ セフィお姉ちゃんですよぉ☆ この前は置いてけぼりにして、ごめんねぇジャック。大丈夫! あの無駄に逃げ足だけ早い馬鹿親父は、手足をガチガチに縛って、竜の巣に投げ込んできたから!!! お姉ちゃん、ちょっと頑張っちゃった♪」

「お、おおぅ……」


 頑張って物理的な距離を超えたと? 駆けて来たって……。

 しかも、今、あっさりと父親殺しの告白を実の姉貴がしたような……いやでも、あの親父だしなぁ。死にはしねぇか、うん。

 振り返り、仰ぎ見ながら質問する。


「!」

「あー……でも、何か古い契約がどうこうって……姉貴?」


 俺の顔を凝視している姉貴はプルプル、と震えている。はて? 

 小首を傾げると、更に頬を紅潮させ、硬直。

 無理をしたのが、出たのかな?? 手を伸ばし、おでこに手をやる。


「!!!!!!」

「うわっ、熱っ! 姉貴、熱、熱あるってっ! 保健室、行こうぜ」

「だだだだだ大丈夫よ。今のお姉ちゃんは無敵、だからっ!!」

「わっ!」


 いきなり右腕で抱きかかえられ、同時に姉貴は左腕を振った。

 激しい衝撃。窓硝子が砕け散る。

 ―—不可視の『剣』を抜き放ち、エミリアが姉貴を睨みつけている。

 

「来たわね、お邪魔虫っ! 私達は今、姉と弟で愛情を再確認中なの。邪魔しないでくれる?」 

「……セフィさん、いったいどうやって往復を」

「可愛い可愛い弟への愛があれば、私に不可能はないのよっ! 馬鹿親父からの証言とサインも貰って来たわ。後は侯爵への借金を返せば――ジャックは自由よ♪」

「なっ!? ……いえ、嘘ですね。正式書類が揃っているのなら、こんな風に分かりやすくは来ない筈です! ジャックを、離してくださいっ!!」 

「嫌よ。この子は私の弟。そして弟は姉のもの、という古よりの絶対原則があるのよ? 知らないの??」

「戯言をっ!」


 お嬢様は『剣』を振るうも――当たらない。姉貴はその場で悠然と立ちつつ、俺へ頬擦りしている。うぅぅぅ……。


「くぅっ!」

「それじゃ――私達は行くわ。二度と会うこともないわね。バイバイ、泣き虫エミリア☆」

「待っ」


 俺とお嬢様の視線が交錯。泣きそうな表情。……悪ぃ。

 次の瞬間、俺は姉貴に抱きかかえられたまま、窓から空中へ。

 そのまま、姉貴は空を走って行く。


「ああああああ姉貴、何処へ、何処へ行くんだよっ!?」 

「ん~すぐ世界の果てまで逃げてもいいんだけど……当面は――ね?」


 心底楽しそうな笑み。

 ……なるほど。何か、前から知り合いぽかったし、最低限の機会は与える、と。うちの姉貴は優しいんだか、意地悪なんだか……いや、意地悪だな。 

 ――こうして、俺はあっさりと攫われた。姉貴相手じゃ是非もなし。お嬢様、助けに来てくれんのかね、これ。

 ……あいつ、泣きそうだったなぁ。無茶しないといいんだが。

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