第35話 囚われて
「…………姉貴」
「ん~な~にぃ」
突如、学院から姉貴に拉致され、連れて来られたのは――えっと、何処かの豪華絢爛な部屋だった。
とんでもない速度で連れて来られたし、気付いた時には部屋だったし、で場所は分からず。多分、超高級ホテルだろう。
調度品はとんでもなく高級品だし、天窓にはステンドグラスがはまってるし……何より。
「そろそろ、離し」
「嫌」
「……こんな格好で、逃げねーって」
「お姉ちゃんは弟を抱きしめる義務があるのっ! あと、寝間着がふっかふっかで気持ちいいしっ!」
「…………」
そう、俺は今、巨大な天蓋付きのベッドに寝かされ、後ろから姉貴に抱きしめられている。王様が寝てるようなやつだ。王様のベッドって知らねーけど。
……いやまぁ、これだけなら、いい。何せ、田舎じゃ毎日だった。よくも悪くも慣れている。
が……が、だ!
この格好については、異議がある。ありまくる。
確かに、姉貴の言う通り、ふっかふっかで着てて気持ちいいのは認めざるをえない。正直、あまりの着心地の良さと、ベッドの柔らかさに、寝落ちしそうになりもした。
姉貴曰く『でっかい蜥蜴の息吹にも完全耐性☆』とのことで、防御力に不安もない。でっかい蜥蜴って、間違いなく竜だろうし。
だからといって――振り向き、抗議。
「……ど・う・し・てっ! 犬耳フードと尻尾が付いてるんだよっ!!」
「愚問ね! 可愛いからに決まってるじゃない♪ 姉には弟を可愛くする、責任と義務があるのっ! うん、ジャックにはやっぱり、白わんこの格好をさせないといけない、と考えた私は正しかったわぁ。ほら、昔みたいに『お姉ちゃん』って言ってみて? 俯きがちに、上目遣いで☆」
「うぐっ――つーか、こんな所にいていいのかよ? あいつが追ってくるぜ?」
強引に話題転換をし、問いかける。
すると、姉貴は俺の頭を撫でながら、楽しそうにからかってきた。
「うふふ~。分かってるくせにぃ~♪」
「……姉貴、あのさ……あんまり無茶は」
「うっふっふのふ~♪ しないわよぉ。大丈夫、お姉ちゃんがジャックを守るから! 不沈艦に乗ったつもりでいなさい☆」
……どうしたもんか。
沈む可能性はないものの、不安でしかねぇ。
姉貴は見ての通りな人だし、お嬢様はあれで、怒るとあれだし。で、どっちもとんでもねぇし。
……巻き込まれたりしたら、俺なんてひとたまりもねぇんじゃね?
ぐい、っと姉貴を俺の顔を掴み、自分と視線を合わさせた。
「? あ、姉貴??」
「――ジャック、こっちに来て楽しい?」
「ん~……半々くらい、かな」
「も~男の子ははっきりしないと、駄目っ! 帰りたいなら、お姉ちゃんと一緒に帰ってもいいのよ?」
「へっ? で、でも、親父の借金と約束が……」
「内臓→売却→再生→内臓→売却→再生、でどうにか出来るわよ★ 約束も、どうにかするわ」
あ……外法使うと。
実の父親相手に、あっさり鬼畜な選択肢を提示する我が姉をどう俺は捉えるべきか。いやでも、親父だしなぁ……何度か、死ぬような目に合わせた方が、多少は被害が軽減されるだろうし。
つーか、あの人、無理無茶を振ってくるの、大概、俺相手なんだよな。兄貴達には、殆ど何もしねーし。贔屓だ、贔屓。
頭――犬耳を触りつつ、返答する。
「その提案も悪くねーけど、さ……気付かなかったのは俺だし。自分でどうにかするって」
「えー。お姉ちゃん、試したい外法があるんだけどな~。でも、どうやって返すつもりなの? 正直、ちょっとした仕事じゃ利息も――……ジャック! お姉ちゃんは、そそそ、そういうのいいけないと思うっ!」
「…………姉貴、一瞬で何を想像したか、知らねぇが、俺はしないと思うぞ?」
「ええ!? そ、そんな……お姉ちゃん、ジャックをお店の一番に出来るなら、幾らでもお金を貢いであげるのにぃ」
どうやら、想像の俺は夜の街で働いていたらしい。
……生きろ、生きるんだ、想像の俺。姉貴に捕まったら最後。最低でも、こんなだからなっ!
「ま、どうしようもなくなったら、姉貴に借りていいか?」
「うふふ♪ 高いわよぉ。とっても、とっても、高いわよぉ。とりあえず、デート、温泉旅行、同棲生活、そして――あら?」
「へっ? あ、姉貴??」
いきなり、抱きしめられる。
直後―—轟音と共に突風が吹き荒れる。
天窓のステンドグラスが粉々に砕け散り、一人の美少女が部屋に降り立った。表情には憤怒。余程、急いで来たのだろう、美しい栗色の髪は乱れ、制服にも葉っぱや屑がそこかしこに引っ付いている。
姉貴が振り向きつつ心底楽しそうに叫ぶ。
「来たわね、お邪魔虫!」
「誰が、お邪魔虫ですかっ!」
「姉と弟が、二人きりで過ごしているところを邪魔する赤の他人――ほら、やっぱり、お邪魔虫じゃない?」
「なっ!? …………ふふ。ふふふ。ふふふふ。分かりました。もう、分かりました。未来のお義姉さんだし、少しは仲良くしようかな~、とか思った私が間違っていました。ええ! 間違っていましたっ!! 今、ここで、昔年の恨みを晴らしましすっ!!!」
「ふっふーん、出来るのかしら? 残念ながら、貴女に勝ち目はないわっ! 何故ならば――てぃ!」
姉貴の身体が俺を抱えたままえ回転。お嬢様と向き合う。
……嫌な予感。
エミリアの大きな瞳は、これ以上ないくらいに大きくなっている。
焦燥感に満ちた声。
「くっ……き、汚いです! あ、余りにも汚すぎますっ!!」
「くっふっふっふ……知らなかったのかしら? 勝者が歴史を作るのよ? 普段も可愛いけど、この寝間着着用のジャックが私の『盾』よ。さ、どうするのかしらん?」
「っぐっ! ……ち、ちょっとっ!」
「……不可抗力だ」
お嬢様の抗議はもっとも。あと、ちらちら、見るな。恥ずかしいだろうがっ。
勝ち誇る姉貴へ、零す。
「…………俺、姉貴がそういう人だとは思わなかったなぁ」
「!? ち、違うのよ、ジャック。こ、これはあくまでも冗談」
「隙あり!!!!!」
動揺した姉貴の隙をつき、お嬢様が強襲。
瞬時に間合いを詰め、俺へと手を伸ばす。
しかし、流石は姉貴、俺をベッドへ放り投げ、とんでもない結界で四方を閉鎖。 髪をかき上げ、エミリアと向き合った。
「―—仕方ないわね、少し相手をしてあげるわ。ジャックの前で、ぴーぴー、泣かしてあげる♪」
「その言葉、そっくりそのまま、御返ししますっ!!」
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