第36話 龍虎激突

 お嬢は姉貴に啖呵を切ると、右手を真横に払った。

 白い閃光。

 遅れて、響き渡るとんでもない風斬り音。部屋の中にある超高級家具が、次々と真っ二つになり倒れていく。埃が舞い、視界がなくなる。

 ……いや、これ、まずくね?

 ベッドの上で毛布を被り身体を丸めつつ、周囲を窺う。

 姉貴の結界は相変わらず頑丈で、ベッドには何ら異変無し。

 コツコツ、と歩き近付いて来る足音。この数ヶ月で散々聞いてきたから、分かる。これは滅茶苦茶怒っている。

 頭の中で、言い訳が大量生産されるも……まじぃ。ど、どれもこれも、あいつを納得させる気がしねぇぇぇ。

 いや、だって、ほら? 相手は姉貴だし? 俺に抵抗権なんてねぇし? 謂わば俺は被害者兼拉致されただけだし? 

 

 ―—お嬢の姿が薄ぼんやり見えた。ひぃぃ。


「ふわぁぁ……なーんだ、所詮こんな程度なのね。よっと」

「!」


 天井にくっ付いていた姉貴が急降下。

 光り輝く何かを振るった。

 エミリアは、それを受けず後方へ急速回避。

 下手な軍用拠点より頑丈に見える床を切断。謎なことに破片すら出ない。

 恐る恐るベッド端から覗き込むと、ずっと下まで――おそらく地上部分まで綺麗に消失している。こわっ!!

 お嬢が、余裕なさそうに呻く。


「くっ!」

「くふ♪ そんな程度で、私から、可愛い可愛いジャックを奪おうとするなんて……はぁ、まったくもって、しょうがないわねぇ、泣き虫エミリアは。ほら、今、謝ってぴーぴー泣けば。許してあ・げ・る☆」

「またしても戯言をっ! ジャックは、私といる方が幸せなんです!! そうですよね?」

「おまっ、ここで、俺に振るのかよっ!?」

「はぁ……本当に分かってないわねぇ。弟は姉と一緒にいる時が一番幸せなの。それは世界の常識なのよ? さっきも言ったでしょ? 第一、見て御覧なさい」 

「? 何―—……」


 姉貴が持っているで俺を指し示した。

 お嬢は怪訝そうに視線をこっちに向け、沈黙。

 ……え、えーっと?

 困ったので、姉貴とエミリアを見つつ、小首を傾げる。

 すると、二人して膝が崩れた。


「ジ、ジャック、そ、それは駄目……じゃないけど、余り多用するものじゃないわ! 特に、お姉ちゃん以外がいる前でしちゃ、めっ!!」

「そ、そうです! 今の自分の格好を考えてくださいっ!! まったく、常識がない人ですね!! ……セフィさん、この姿も独占する気ですか?」

「…………」

 

 訳が分からん。

 なんつーか、姉貴もお嬢は、似てるような、似てないような。それでいて、趣味嗜好の傾向は同じような。

 ……これ以上の喧嘩はあんましなぁ。

 俺が一人、真面目に悩んでいる間も二人の言い合いは止まらず、ますます魔力が猛り狂う。


「独占も何も、ジャックは私の弟で、私は姉。つまり、愛らしい姿は全~部、私のものだし?」

「はんっ! 何を言うかと思えば……。私はジャックの、い、許嫁ですし? 彼は、私の、こ、こ、婚約者ですし?? しかも、正式書類ありのっ!! 将来――えっと、あの、その……そ、そうなったら、セフィさんなんて、年に一回か、二回会うくらいの遠い遠い人になりますっ!!」

「なっ! なななな、何て大それた事をっ!! し、しかも、年に一、二回ですって!? 私に死ね、と言うわけっ!?!!」

「泣いて、許しを乞えば、多少、映像だけは渡してあげます。余り物ですけどねっ」

「…………エミリア。今なら、まだ許してあげるわよ?」

「貴女に許しを請う程、零落れていませんね。……幼き日の屈辱、今日ここで、晴らしますっ! ジャックは返してもらいますよ? セフィお義姉様!」

「私にっ! 義妹はっ!! いないわよっ!!!」


 姉貴がペーパーナイフを掲げ、振り下ろす。漆黒の斬撃が走り、お嬢へ迫る。

 すると、エミリアは右手から白く輝く『剣』を実体化。

 斬撃へ向け、それを真横に薙ぎ、激突。

 とんでもない衝撃波が発生し、室内に竜巻が発生。天井に大穴を開け、さっきの先制攻撃で滅茶苦茶になっている、家具の残骸を更に破壊。信じられないような結界が張られているベッドが、ガタガタと揺れる。

 すげーすげー、とは思ってたけど、姉貴の一撃を受けきるとか、親父以外で初めて見たわ……まぁ、あの人は受けてなお死なないんだが。

 取りあえず、言えることは、だ……俺、ここにいたら、ヤバイんじゃね?

 何か、部屋の中の家具は今の一撃であらかた飛んでった。姉貴は「へぇ……」とか呟いて、口の端を楽しそうに吊り上げて笑っている。お嬢も剣を自然体で構えながら「流石ですね」とか、不敵に笑ってるし。

 あー……うん、逃げた方がいいわな。

 問題は、だ。俺の力じゃどうあっても、姉貴の結界は突破出来ないって、ことなんだが。

 姉貴が持っていた、ペーパーナイフを壁に放り投げた。あっさりと、貫通。わー、空が青いなぁ。


「多少はやるみたいね。いいわ、少しだけ遊んであげる。とっとと終わらせましょう。何しろ、私、ジャックと一緒に夕食を食べて、お風呂に入って、寝ないといけないの」 

「なっ!―—……は、はんっ。残念でした。数ヶ月間一緒にいて、私がそれらのことをしていないと思ったのですか?」 

「!? ま、まさか……」

「とーぜん、全部、していますっ!」

「嘘だっ!!! 飯は食べたし、寝はしたが、風呂には入って――……はっ!」

「…………ジャック、後でお姉ちゃんとお話しましょう?」

「ち、ちょ、待」

「加えて、私は、ジャックと、デ、デ、デートもしましたっ!!」

「!? ば、バカっ!!!!」

「―—……くふ☆」


 姉貴の瞳から光が消えた。

 い、いけねぇ。あの瞳は、マジでキレてる時だ!

 我が姉ながら、綺麗な右手を真横に突き出した。

 ―—空間から、禍々しい緋と漆黒の剣身を持つ無骨な大剣が引き出されてくる。

 その長さたるや、姉貴の身長の三倍程。 


「泣き虫エミリア……もう、泣くだけじゃ許さないわよぉぉ」

「上等です! 因縁はここで断ち切りますっ!!」

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