第37話 竜魔殺し

 お嬢が勇壮に叫び、輝く剣を構える。

 何時もなら安心? して見てられるんだが……必死に、目で合図。

 逃げろ、バカっ! 

 幾ら、お前が凄くても姉貴には敵わないっ! 本気で危ねぇから、とっとと逃・げ・ろっ!! 俺はどうにかすっからっ!!!

 お嬢と視線が交錯。

 お、分かって――


「! ジ、ジャック……あ、貴方、こ、こんな所で、言われても……そ、そういうことは、二人きりの時に、言ってほしい……」


 頬を赤く染め、俯く。

 間違いなく言える。

 

 ち・が・うぅぅぅ!!!!!

 

 ……寒っ。な、なんだ、この冷気は?

 じー、っと姉貴が俺を見ている。ハ、ハハ、ハハハ。

 見たこともない笑み。唇を動かす。


『この泣き虫を片付けたら、後で、じーっくり、お姉ちゃんとお話しましょう?』


 あ、死んだかもしれん……。

 えーっと……メモ帳とペンは何処だ。遺書を書かねぇと……。

 俺の想いとは裏腹に、エミリアがますます魔力を増加させ、剣を姉貴に突き付けた。


「ジャックは私と一緒にいたいそうですっ! 今、諦めて投降するなら、帝都王通りで『私は、エミリア・ロードランドに負けたんですぅ』と半日叫ばせるだけで勘弁してあげますっ!」

「優しいのね。なら、私は『本当はジャックに甘えて、ずっと抱きついていたいけど、恥ずかしくて出来ない、情けない女の子なんです……』って、ジャックにこっそりと教えてあげるわ」

「!?!! ううううう、嘘を言って、私を惑わそうとしたって、そうは」

「隙だらけよ!」

「!!!!」


 あっさりと、姉貴の罠に嵌まったお嬢に、大剣が振り下ろされる。

 慌てて、受けようと


「後ろへ跳べっ!!!!!!!」

「!」


 エミリアが俺の声に反応して、剣で受けず後方へ跳ぶ。

 瞬間――天井と屋根、周囲の家具が音もなく消失。

 上空の雲が千切れ、地面は……あー……底が見えねぇわな……。

 遅れて、この世の終わりのような轟音と、地響きと衝撃。埃が舞い、視界が閉ざされた。

 姉貴が、大剣を肩に置きつつ俺を睨んでくる。


「……ジャック。お姉ちゃんの味方をしてくれないの?」

「り、竜魔殺し、を抜くのは、や、止めた方がいいと思う」

「……やっ!」

「やっ、て。姉貴、自分の歳を考え」


 はらり、と結構な前髪が舞った。  

 結界はそのまま。き、規格外過ぎるってのっ!

 頬を膨らませ、姉貴がぶつぶつ、と呟く。


「…………何時の間にか、エミリアと仲良くなっちゃって。何よ、時代は幼馴染だとでも言うの? いいえ、違うわっ。断じて、違うっ。時代はお姉ちゃんを渇望している筈よ!」


 何を言ってるかは、小声過ぎて分からねぇが、多分、さっきのお嬢並に間違えてるいると思う。

 土煙を切り裂く、光の刃。

 姉貴が大剣を無造作に振るい、迎撃し、上空に構える。激しい金属音。


「ちっ!」

「甘っ! そんな程度で、私からジャックを盗もうなんて……最低百回は転生してから、出直しなさいっ!!!!」

「っっっ!!!」


 天井を蹴り、急降下してきたエミリアの一撃を姉貴が、軽々受け止め、切り返し、吹き飛ばす。

 お嬢が着地する前に、一瞬で間合いを詰め


「姉貴っ!」


 声が出て、身体も自然に動いた。

 右手で結界を破る。激痛は無視。

 生きてきた中で一番の速度で、お嬢の前に両手を広げて立ち塞がり、ぎゅっ、と目を瞑る。突風。

 恐る恐る目を開けると、大剣は、俺の目の前で停止していた。

 不満気に、姉貴が俺を睨みつける。


「…………ジャック、ちょっと贔屓が過ぎると、お姉ちゃんは思うな~。別に、斬ろうとなんて思ってないのに。あと、危ないでしょっ!」

「……し、し、心臓に悪いって」


 後ろを振り返ると、お嬢は唖然としていた。

 頬を掻きつつ、名前を呼ぶ。


「エミリア――悪い、先に帰っててくれねぇか?」

「…………っぐ! そ、そんなの、出来るわけ」

「今のお前じゃ、姉貴には勝てねぇ。あと、危ない。姉貴、加減が下手だし」

「……ジャックぅ?」

「じ、事実、事実! だから、な? 今日のところは――」


 その時、足が沈み込んだ。お? おお? 

 一部、床が崩れていき、穴が広がっていく。

 咄嗟にエミリアを両手で押す。何か柔らかい。

 魔力で後ろの姉貴も押す。「ジャック!?」

 おお~。俺ってば、結構、魔力を使うの上手くなったんじゃね? 成せばなる、だな。うんうん。

 後は、俺が何処かに掴まれば――右手を伸ばし、思い出す激痛。

 

 いってぇぇぇぇぇ!!!!!!


 思わず、手を離してしまった。落下感覚。

 ……あ、まずっ。

 エミリアと目が合う。

 時間がゆっくりと流れ――これ、走馬燈ってやつじゃね?

 まー……とりあえず、笑う。文句を言うには時間も足らねぇし。

 すると、両手で胸を押さえていたお嬢は


「!?!!! おまっ、何を」


 あっさり、躊躇なく穴に飛び込み、俺を抱きしめた。

 抗議する間もなく二人して落下。

 即座に速度が緩んでいく。風魔法の応用か。

 ……あれ? 

 もしや、俺が庇う必要性皆無だった??

 俺より背が高い、少女は俺を見つめている。


「…………」  

「あーその、ですね……と、咄嗟だった、と言いますか、不可抗力と、言いますか……」

「……五月蠅いです。バカだとは思ってましたが、ここまでとは思いませんでした。罰が必要ですね」

「罰って、お前なぁ……俺は、仮にでもお前を――……」


 あっさりと、唇を奪われた。

 ……ふぇ?

 頬をほんのりと染めたエミリアが微笑む

 

「―—これで、二回目ですね? 貴方とするの」

「二回、目?」

「ええ。そして、これが」


 再び、唇を奪われる。

 ―—地上に降り立った、俺は放心状態で膝をついた。

 うぅ。初めて、だったのに……。

 片や、お嬢は完全回復。というか、過去最大の魔力を漲らせている。


「不思議ですね――さっきまでは、勝てない、とほんの少しだけ思っていましたが、今は絶対に負ける気がしません。さ、セフィさん、決着を……ああ、もうつけてしまいましたね★」

「…………コ~ム~ス~メ~ェェェェェ」


 どす黒い魔力を撒き散らしながら、姉貴が降りて来た。

 ―—ここから先のことは、よく知らん。

 途中、魔力に当てられて、気絶したし。

 気付いた時には、二人共、晴れ晴れとした顔になっていやがったから、何か妥協が成立したんだろう、多分。

 

 ……なお、ホテルそのものは、ほぼ全壊になったそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る