第33話 添い寝
「で、どういうことなわけ?」
「……気づいたらこうだった。他意はねー。つーか、お前は何で来たんだ?」
「はぁ!? 昼間、言ったことをもう忘れてるわけ? 離れちゃ駄目って言ったでしょ? ……本当はお風呂だって一緒に」
「???」
「! う、うるさいっ、この変態っ! ……もう知らないっ!! 後で、助けを求めても助けてあげないんだからねっ!!!」
小声で罵りながら寝間着姿のお嬢様が出て行った。いったい、何がしたかったんだ、あいつは?
俺の左右で寝ている双子が身体を揺する。夢の中で面白いことでもあったのか、けらけら、笑っている。
はぁ……和むわぁ。
今日は姉貴が突然やって来て、去って、お嬢様が俺にくっついて、双子に密告されて、侯爵と侯爵夫人にからかわれて……忘れよう、うん。寝て、忘れちまおう。
起こさないよう、静かに身体を横たえる。すぐさま双子が手を掴んできた。嬉しそうに身をよじる。
大貴族の子供も、村の子供も変わらねぇなぁ。小さい内は天使。間違いない。
―—眠気がやってきた。寝るかぁ。
※※※
「……ック、ジャックぅ」「お、起きてくださぃ」
「んぁ」
夜中、両袖を引っ張られて目が覚めた。
目を開けると、不安そうにリリア、ルリアが覗き込んでいる。
「どーした?」
「さ、さっきから、変な音がするのぉ」「お、お化けかもですっ」
「! お、お化―—はぁ? お化けぇ?」
瞬間、起き上がりそうになる身体を鋼の精神で抑え付け、わざとゆっくり起こす。カーテンの外からは月明りも入って来てない。天候まで悪いらしい。
落ち着け。
今、ここに年上の男としての全尊厳がかかってんぞ、ジャック・アークライト!
気付かれぬよう、息を深く吐き、枕元の明かりをともすと、すぐさま双子が抱き着いてきた。
「う~ジャックぅぅ……」「お、お化けさん怖いです……」
「大丈夫、だって。ほら、明かりは、ついただろ? 今、部屋の明かりも、つけてやるよ」
周囲の全てを確認したい焦燥に駆られつつ、ゆっくりとベッドを降りる。両腕には双子が本気でしがみ付いている。
今のところ、変な音は聞こえねぇが。
―—ガタ、っと音が上からした。
身体がびくり、となるのを超人的な努力でこらえ歩を進める。
部屋の明かりをつけて……おい。何度か弄るが、つかないまま。故障!?
「ジャック?」「つ、つかないですか?」
「……みてぇ、だな」
「「うぅ~!」」
「大丈夫、だって。お化けなんてこの世にいる筈が」
―—ガタガタ、っと今度は間違いようがない音。
「やー!!!!」「う~!!!!」
「お、落ち着けっ!」
声が上擦りそうになる。
更に強く抱き着いてきた双子をなだめながら、ベッドまで後退。この灯りがある限り安心――突然、消える。
「~~~~~~!!!!!」
「やだぁあぁぁ」「い、嫌ですぅぅぅ」
混乱状態になり、三人揃って毛布の中に逃げ込む。
双子は、これ以上ないくらい俺に密着しつつ、目を閉じ耳を塞いでいるようだ。
で、俺はチビ達を抱きかかえながら硬直中。
―—床に誰かが降り立った。こちらへ向けて歩いてくる。ひぃぃぃ。
せ、せめて、このチビ達だけは守らねぇと。
しかし、身体はその二人によって固められいる。う、動かねぇ。
ひた、ひた、と近付いて来る。ベッドの上に何かが置かれた。
「!?!!」
お化けなのに、固形物質持ち歩いてんのかよっ! はははは反則、だろうがっ!?
もう悲鳴も出ない。小さな声。
「―—ジャック」
「! おおおおおお俺は、くくくく喰っても、美味くねぇぞっ!」
「? 何言ってるのよ?? てぃ」
「!? …………ち、違うし。こ、怖がってねーし」
「ふ~ん」
毛布を剥ぎ取られら、恐る恐る目を開ける。
そこにいたのは大きな犬の人形(狼っぽいやつ)を抱えているニヤニヤ顔のお嬢様だった。周囲に淡い光球を飛ばしている。当然、寝間着姿だ。
「可愛―—……こほん。おい、お前、何処から入ったんだよ?」
「え? 上からだけど?」
「何で、上から、入って、くんだよっ!!」
「あら? 知りたいの?? 脅かす為よ。リリア、ルリア、特別に私の子を貸してあげるわ。ジャックから離れなさい。今すぐに!」
「「! は、は~い」」
双子が俺から離れ、人形へ。ふ、振られた……。左側へ陣取る。
すすす、とエミリアが近付いて来て、俺の右隣を占拠。ニヤニヤ顔は継続。うぅぅ……。
「ねね? 怖かった?? 私を呼びたくなったでしょ???」
「ね、ねーしっ! べ、別に大丈夫だしっ」
「……本物の闇霊とか召喚してもいいのよ?」
「お嬢様! 御主人様!! エミリア様!!! この通りっ。お許しくださいっ!!!!」
別に謝る要素は特段ないものの、最早これまで。恥も外聞もなくその場で土下座。双子も楽しそうに人形に頭を下げさせている。硝子玉の瞳は俺にこう訴えてきた。『……自分、慣れてるんで』。すまねぇ。本当にすまねぇぇ。
「いいわ。許してあげる。はい、横になる!」
「あー……お前もここで寝んのか?」
「勿論。何時、あの変態が貴方を奪還に現れるか、分かったもんじゃないものっ! これは必要措置なのっ!! だからといって……変なことしたら、殺すからねっ」
「あ、それは本気で安心――……い、いやぁ、お嬢様は魅力的なんで、自信ねーっす。いや、マジで」
「よろしい。なら、こうしてっと――うん、これでいいわね!」
あっという間に、俺の両手首はリボンで縛られていた。緩い。が、分かる。これは抜けねーやつだわ。つーか、このリボン、どっかで見たことが……。
ベッドをお嬢様が無言で叩く。寝ろってことらしい。へーへー。そのまま、横になる。双子達も「ジーク、もっふもっふ~♪」「もふもふですぅ」とはしゃいでいる。人形はジークと言うらしい。親近感が湧く――目の前にエミリアの綺麗な顔。
「!?」
「……何よ。そんなに驚いた顔しないの。よいしょっと」
「お、おいっ!?」
「……今日は、ジークをリリア達に渡してるから、あんたが代わりになんなさい。抱き心地は悪いけど、ま、許してあげるわ」
「…………さいですか」
突然、お嬢様が俺に抱き着いてきた。
柔らか……い、いや! 無心だ。無心になれ、ジャック! どーせ、ここで邪な気持ちを抱いたら、後々、どんな目に合わされるか分かったもんじゃねぇ!! あと毎晩、人形抱いて寝てんのな。
「それじゃ、明かり消すわね。おやすみ、リリア、ルリア」
「「おやすみなさーい」」
光が消失。闇が満ちる。
お嬢様の手が動き、俺の頭を抱きかかえる。小声で抗議。
「お、おい」
「……私、こうしないと寝れないのよ。当分はあんたで我慢してあげるわ。感謝なさい」
「……当分?」
不穏な言葉を発したエミリアはあっという間に夢の中。ね、寝つきが良すぎるだろうが!? ったく。何でそんなに幸せそうなんだが。
ただ、だ……俺、朝まで、もしかしてこのままなのか……?
ジークの声が聞こえた気がした。
『……男ってのは、耐えねぇといけねぇもんです、ハイ』
マジですか。そうですか。
―—なお、朝起きた時はお互い抱き合う形になってた。で、俺だけ殴られた。解せねぇ。
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