第32話 夕食前
「ジャック、おかえり~♪」「お、おかえりなさい」
「ん? おお……」
屋敷に帰った途端、双子が俺に駆け寄ってきた。屈むと元気よく飛び込んできたので、受け止める。ミルクの匂い。
はぁぁぁぁ……癒されるぅぅぅ……もう、俺の心はボロボロだぜ。い、いかん、涙が……。
心配そうな顔をして、リリアとルリアが覗き込んでくる
「ジャック、どっか痛い??」「えっと、えっと、治癒魔法使いますか?」
「……大丈夫だ。ありがとなっ、二人共。よーし、本を読んでやる。さ、行」
「―—こっほん」
後方から咳払い。見ない。俺は見ないぞ。
双子が顔を見合わせ、もぞもぞ。お、お前たち、何処へ!
「ルリア、リリア、すぐに夕食よ? 私達は着替えてから行くわ」
「「は~い」」
「ああ……」
俺の天使達は行ってしまった。悲しい……。
つかつか、とお嬢様が近付いてくる。
「妹達を甘やかさないの!」
「……別にいいだろうが。俺には癒しが必要なんだよっ!」
「あの子達を抱きしめると、癒されるわけ?」
「まぁ、な」
だって、基本天使だし。時折、小悪魔だけど。
立ち上がり、黙ってしまったエミリアを促そうと――いきなり、抱きしめられた。甘い匂い。
「ど、どう? 癒される??」
「あーうーえー。ほ、ほら、夕食だろ? 行こうぜ」
「ダメ。ちゃんと答えて! ……セフィさんとどっちが嬉しい?」
「姉貴? そんなの比べるべくもないだろうが」
「! そ、それって」
「姉貴に抱きしめられると、思考停止になる。あと、柔らか、っとぉ! あ、足を踏み抜こうとすんなよっ!」
「……ふんっ! いい? あの人はぜっっったいに、帰ってくる。何があろうと、帰ってくる。学校で言ったこと、覚えてるんでしょうね? 原則、私から離れちゃ駄目よ?」
「大袈裟な……いやまぁ、すぐに戻ってくることには、同意すっけどよ」
姉貴は一度、口にしたことは必ず成し遂げて来た。あの人が「戻ってくる」と言ったからには、そうなんだろう。
親父、安らかに……と言いたいところだが、俺の苦労って親父がいつの間にやら侯爵家に借金してたせいなのが大きいしなー。
まぁ、逃げ足の速さと言い訳の巧みさは三国一を自称してたし、姉貴相手でも、若干は時間を稼げる――あれ? どうして、俺はここに残る前提の考えをしてるんだ? 田舎に帰りてぇ、と思ってたのに。
俺の様子に気付かず、お嬢様はそのまま腕を取った。
「ほら、行くわよ」
「お、おいっ。屋敷内まで腕を拘束することはねーだろうがっ!?」
「い・い・か・ら! この私、エミリア・ロードランドと腕を組めるのよ? そこは泣いて感謝すべきところでしょう?」
「……姉貴の方が、胸は――あーあー、し、失言だった。ほんとのほんとに失言だった。二度と言わないことをここに誓うものであります、ハイ」
「……二度目はないわよ?」
にっこり、とお嬢様が笑った。
こっぇぇぇぇぇ。
姉貴は姉貴で、こぇぇけど、こいつも別所の怖さがあるんだよなぁ。
はぁ、やっぱり俺の癒しは双子だけか……。
腕を引っ張られる。
「さ、夕食よ。大丈夫。ジャックの嫌いな物克服コースは、明日からだから」
「…………」
いやまぁ、失言したのは俺だし。甘んじて受けるけれども。
な~んか、こいつに逆らえなくなってきてるような。
い、いや! まだ、まだ……大丈夫だ。きっと、今日は心労が蓄積されただけ。何せ、姉貴がいきなりやって来て――あ。エミリアへ声をかける。
「なぁ」
「何? 今日から、人参が食べたいの?」
「姉貴に見せてたあの紙は」
「知らない」
「はぁ? だって、胸元から出して」
「女の子の胸元に視線を向けるなんて……厳しい教育が必要かしらね」
どうやら、話す気はないらしい。
……そっか。
「な、何よ。そ、そんな悲しそうな目を、しても、む、無駄なんだからね? わ、私相手に同じ仕草が通用すると思ったら大間違いよ!」
「…………腕」
「え?」
「腕、外してくれ」
「……え?」
戸惑うお嬢様に構わず、腕を抜き歩き出す。
慌てて追いかけてくる音。
「ち、ちょっと!」
「部屋で着替えてくるだけだって。お前も着替えるだろ?」
「え、あ、うん……ね、ねぇ」
「あん?」
「その……あの……お、怒った、の?」
「―—そうだと言ったら?」
「っ! ジ、ジャックぅ」
見る見る内にお嬢様の瞳が潤んでいく。今にも泣きだしそうだ。
―—この泣き顔、どっかで見たことがあるような。
何となく、手を伸ばし額を指で押す。
「バーカ。これくらいで怒るかよ。七面倒な貴族同士の約束事かなんかなんだろ? だったら、俺が関わってもどうしようもねーだろうが。……親父は罠に必ずはめてやるがな」
「……嘘。今、ちょっと、怒ってたっ」
「嘘じゃねーって」
「……だって、ジャックから腕外したっ」
「あー」
「うー!」
頬を掻く。ここ数ヶ月で学んだ。こうなったエミリアは納得するまで、俺を解放してくれねぇ。
……恥ずかしいんだがなぁ。
「怒ったわけじゃねえって。ただ」
「ただ?」
「少しだけ、ほんの少しだけ――さ、寂しくなったっていうか、その……あれだよ? わ、分かんだろ?」
羞恥心に耐え切れなくなり、背を向ける。これ、頬が赤くなってね?
―—後ろから優しく抱きしめられた。こいつの方が背がある為、頭もゆっくりと撫でられる。
文句を言おうとして――止めた。
嬉しそうな鼻唄まで聞こえてきてやがるし、こいつが落ち着くまでは、貸してやるさ。俺はでっかい男だからな。
見ると双子が小悪魔の笑みを浮かべつつ、廊下の先で手を振っていた。
おい、これ内緒だからな? いいか、絶対、絶対、内緒だからな? みんなに言うんじゃねぇぞ?
―—その後、夕食を食べに出向いたを俺とお嬢様を待っていたのは、メイドさんや侯爵、侯爵夫人からの、それはそれはもう生暖かい視線。
嗚呼……俺の癒しは何処……。黄昏ていると、エミリアが俺の肩に頭を乗っけてきた。
「なーに、沈んでるのよ。……私がこうしててあげるわ。と、特別なんだからねっ!」
「……そいつはどーも。まぁ、ありがとな」
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