第21話 気付き

「へぇーそれで、週末はロードランドさんとお散……こほん。デートを楽しんだのかい?」

「……ネイ」

「あれ? 違った??」

「耳が腐ってんのかっ!? あれは単なる見学だっ!! 断じて、デートじゃねぇ。間違ってもデートじゃねぇっ! 第一、俺とあいつは」

「御主人様とわんこだもんね。仔犬もしくは小型犬な。お手と待てを覚えたんでしょ? あ、中央市場で迷子になったんだってね。『これからは一緒に出掛ける時、迷子防止の為に赤い紐を手首につけようと思うんです!』って、さっきエミリア言ってたよ? 」

「ムギ……あのな…………あんまり、虐めると泣くぞ。泣いちゃうぞ?」

 

 週明けの放課後、何時も自習室。

 酷い二人組(恋人同士なのだ。ちっ)に虐められ、俺はやさぐれながらテーブルに身体を突っ伏していた。

 さっきからずっとこんな感じなのだ。どうやら、あのお嬢様、あることないこと、この二人に話したらしい。許すまじ。

 ……帰った後も、嫌だって言ったのに、怖い本読むし。うぅぅ。


「ふふ。本当に君達って想像以上に仲良しなんだね」

「私達には負けるけど、ね」

「勿論だよ。ムギ」 

「…………」


 目の前でいちゃつき始めた。死んでしまえばいい。

 えーっと……こういう連中を何て言うんだったか。確か、姉貴の手紙に書かれていたような。

 で頭を抱える。

 ようやく傷みが完全になくなったのだ。ワタリ先生お墨付き。ただし、あんまり重い物を持つのは禁止。

 ああ、利き腕が使えるありがたさよっ! 

 これで、お嬢様に頼んでいたノートやらも机の問題も解決するし、一々、食べさせてもらわなくもいい。俺は自由を手に


「馬鹿ですね。ノートも机も当分そのままですよ? 先程、セラ先生に許可はいただいてきました」

「!?」

「ロードランドさん、おかえり」「エミリア、おかえりー」

「ただいま戻りました」


 俺と一緒に医務室へ行った後「用事があります」と言って、教員室へ向かった御嬢様は気配なく隣に座っていた。……いや、ほんとにどうやってんだよ。

 ジト目で見ていると、睨まれた。


「……何ですか? あ、分かりました」

「違うからなっ! 食べさせてほしいなんて思ってねぇっ!」 

「へっ?」

「えっ?」


 きょとん、とするエミリア。

 見ればノートを取り出そうとしている。

 ……さーて、と。練習練習。

 自然に顔を背けつつ、立ち上がり右手に魔力を――優しく掴まれた。


「ふふ♪ ダメです。右は当分使用禁止です」

「な、何でだよ。ワタリ先生がもう大丈夫だって」

「同時に、重い物を持ったり無茶するのはいけない、とも仰ってました」

「それはそうだけどよぉ……」

「なので」


 俺の右手首と、お嬢様の左手首に赤紐が結ばれる。

 はぁっ!?

 いや、つーか今、どうやって結んだんだっ? 見えなかったんだが……。

 だ、だけど、こんなのすぐに解いて。あ、あれ?


「ああ、それは解けないですよ。私に魔力で勝たない限りは」

「! て、てめぇ……」 

「何です? 私にクッキーを食べさせてほしかったジャック・アークライト君」

「ち、ちげーしっ!」

「ふ~ん。はい、あーん」

「た、食べねぇしっ! こ、こんな赤紐なんかすぐ」


 魔力を込める。

 ……これおかしくね? 全く勝てる気がしねぇんだが。

 い、いやっ。諦めるなジャック! こんな横暴に負けるなっ!!


「ああ、ネイさんとムギも、右手を使わないよう監視してくださいね」 

「ああ」「うん~」

「て、てめぇらぁ……くっしゅん」

「あらあら、可愛いくしゃみ」

「う、うっせぇ」


 春が近づいてきてるからって少し油断した。まだまださみぃや。

 学内は暖房(魔力機関で動いてる。すげぇ)がきいてるっていっても多少は外の寒気が……頭が暖かくなる。


「オイ」

「持ってきておいて正解でした。これで、少しはマシでしょう?」 

「なるほど、これが」「ジャック、に、似合う、似合う、よ……」

「ムギ、俺の顔を見て言ってみろ」

「え、む、無理……」


 お嬢様は極々自然な動作で、俺の頭に毛糸の帽子を被せた。例の獣耳付きなやつだ。こ、こんな物、すぐに……おや? 取れないんだが?

 ゆっくりとエミリアを見る。満面の笑みで首を左右に。

 あ、ダメだ。泣きそう。


「うぅぅぅ」

「大丈夫ですよ。とっても可愛いですから♪」

「こ、この足癖悪い魔女め……」

「おやぁ? そんなこと言っていいんですかぁ? 仕方ないですね。ジャック」

「あん?」

「私、まだ読みたい奇書が」


 全力で逃走を試み――優しく、されど抗えない力に持ち上げられて、椅子の上に。

 い、今の、何だよ!?

 ネイとムギの肩が震えている。


「ぶふっ。今、首根っこを」「ネ、ネイ、だ、駄目だよ。幾らジャックでも怒る、よ」

「ジャック、まだ怖いんですか? 大丈夫ですよ。私が傍にいますから」「うぅぅぅ! ほ、ほらっ! 練習、練習しようぜっ」 


 立ち上がり、をかざす。

 ――その時、理解した。

 あ、そうか。常に魔力を流し続ける必要もねぇし、全体に通す必要もねぇんだ。

 さっき掴まれた『何か』だって、あの瞬間、極一部にしか発生してねぇ。

 だから――お嬢様が手を繋いでくる。


「……おい」

「掴んだみたいですね? 後は繰り返すだけです。さ、やりますよ」 

「……ん。頼むわ」

「はい。喜んで」

「ねぇ、ムギ、僕は何だかとっても居づらいんだけど」「ネイ、私もそう思ってた。暑くて暑くて」


 ……はっ! お、俺は何をして。

 ネイとムギのニヤニヤした視線に貫かれる。み、見るなっ。見るんじゃねぇっ!

 何とか、離れようとするも手はがっちりと握りしめられている。

 耳元で囁き。


「(大人しくしないと、お化けを呼びますよ?)」

「!!?!」


 こ、こいつ、交霊術まで習得してんのかよっ。何でもあり過ぎだろうが。

 い、いや待て。幾ら何でも学内でそんなことをする筈が――足下で、おどろおどろしい魔法陣が煌めく。


「ひゃっ!」

「~~~!」


 思わず隣に抱き着く。

 うぅぅぅ……あ、あれ? な、何でこいつまで震えてるんだ??

 あ、バカっ! は、離れようとすんなっ! お、お化けが出てきたらどうするんだよっ!! 

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