第22話 決闘前日
何だかんだ俺がこの学院に来て、一ヶ月半が経った。
明日はいよいよ……えーっと……うーんと……とにかく! 決闘の日だ。
正直、からっきし自信はねぇんだが。
「大丈夫だよ、ジャック。君ならやれるさ。危なくなったら、ロードランドさんから受けるだろう、可愛がりを思い出すんだ。お化けを呼ばれたくはないだろう?」
「うんうん。もしくはエミリアに、決闘の直前にこう言ってもらえばいいよ。『ジャック! 勝ちなさい!!』って。御主人様の命令は絶対だもん。勝てるよ」
「…………お前ら、呪われちまぇ」
友人達の余りの発言に、ほろり、と涙が零れそうになる。
……約束したし、何とかするけどよ。
お澄まし顔で紅茶を飲んでいるお嬢様と視線が交錯。いけね。
顔を横に向け――両手で向き直された。ぐぇ。
「何ですか? 私に用があったのでは??」
「な、何も」
「いいえ、あります。ある筈です。さ、今なら聞いてあげます。言ってみてください」
「……手を離してほしい」
「ダメです」
「…………あーうー」
「ジャック、大丈夫です」
お嬢様が俺を優しく抱きしめ背中をさすられる。「おおー」「ひゅーひゅー」……こいつら、後で殴る。
「貴方はこの数週間、まぁ……それなりに頑張りました。少しだけ褒めてあげてもいいです。本当はもっともっと努力してほしかったんですけどね」
「……おい」
「だから、明日は気楽に――あ、やっぱり駄目ですね。死んでも勝ってください。私……えーっと…………とにかく! あの殿方と一緒にお茶したくありません。嫌です。代わりに」
「?」
「あ、貴方が、その、か、勝ったら……」
「んー?」
小首を傾げる。こいつは何が言いたいんだろうか??
ま、とにかく、女が嫌だ、と言ってるんだ。ここで勝たなきゃ男が廃るだろう。負けたら姉貴に殺されちまう。
ぐい、っとエミリアを押す。
「ち、ちょっと、まだ話は」
「――任せとけ。明日は勝つよ。お前の為に」
「~~~っっっ」
「おやおや」「まぁまぁ」
「……そこの二人、うるせぇぞ。でも」
深々と頭を下げる。こういう場でもねぇと機会がねぇしなぁ。
……多分、俺、明日負けたらもうこの学院に通えねぇだろうし。勝つけどよ。
「今まで、本当にありがとう。助かった。恩に着る」
「や、やめれくれよ」「そ、そうだよ。もとはと言えば私が……」
「勝ったらなんか奢れよ?」
ニヤリと笑う。半ば演技だ。
沈黙しているお嬢様にも向き直る。
「エミリア」
「…………」
「色々世話してくれてありがとう。ノートのお陰でどうにか授業にもついていけてる。魔術も……俺にしては上達したと思う。お前からすると、物足りねぇだろうけどさ。ま、明日は大舟に乗ったつもりでいろよ。どうにかすっから」
「……小舟の間違いんじゃないんですか? しかも、泥製の」
「お、お前は俺に勝ってほしくねぇのかよっ!?」
「………………知りませんっ!!! さ、もう帰りますよ。ネイさん、ムギ、失礼します」
「お、おい」
エミリアはさっさと自習室から出て行ってしまった。
……何なんだよ。
「ほら、ジャック追いかけなきゃ」「御主人様を一人にしたら、忠犬失格だよ?」「……なんかお前ら、俺をわんこ扱いしてねぇか。また、明日な」
手を振り、急いで後を追う。
いきなりどうしたって――部屋を出た途端、真横に立っていた。俺を見ると、無言で歩き出す。俺も無言で後を追う。
少しして人気がない廊下の隅。
突然――近くの壁に押し付けられ、強く抱きしめられた。ふぇ?
「……バカジャック。私が、貴方に負けてほしいだなんて、思ってる筈ないでしょう?」
「あー……うん。わりぃ」
「心がこもってない! 罰として」
「罰として?」
「…………明日は絶対に勝ちなさい」
「おぅ」
「それで勝ったら」
「うん」
「…………分かってるでしょ?」
「おうよ! ネイ達に美味い物を奢って、っ!!!」
光速の速さで右足が踏み抜かれた。あ、あぶ、あぶっ!
こ、こいつ、決闘前に俺の足を殺すつもりかよ
文句を言おうとし……こっちからも抱きしめる。
「重ね重ね、わりぃ。泣くなよ」
「泣いてない……バカ。意地悪。鈍感。死ねばいい」
「分かった、分かった。勝ったら、足癖が悪い暴力長身女を誘ってお茶を飲みに行くって」
「……嘘ついたら、長槍万本……」
「お、お、お前は何処ぞの魔王様かよっ!?」
「大丈夫です。既に準備済みなので」
「用意済みかよっ!?」
「……あと」
「あん?」
「…………本物の奇書も入手」
「よーし。何が何でも勝つ。俄然やる気が出て来た。バー……なぁ、あいつの名前なんだっけか??」
「はぁ……そんなことも覚えていられないんですか? ザー……些事ですね。さ、帰りますよ」
「あーあー! お前だって、覚えてねぇじゃねーかっ! 俺のことを言えな――……エミリア・ロードランドさんや」
「なんです、ジャック・アークライト君」
「どうして、貴女様は俺の右手首に赤紐を結んだのございますか?」
俺は瞬きをした。そしたら右手首に赤紐が結ばれていた。何が何だか分からねぇ。そして、外れねぇぇぇぇ。しかも、これ新しくね??
お嬢様は、満足気。
「うん、やっぱり似合います。新調した甲斐がありました。今日からはそれをつけますね」
「はぁ!?」
「だって、すぐ迷子になるじゃないですか。予防措置です。いい加減、帝都内で、私が『おいで』と言えば、駆けてきてほしいんですが……嘆かわしいですね」
「物理的に無理じゃねっ!? あと、一度しか迷子になってねぇだろうがっ!」
「あら?」
「あら? じゃ」
「いいじゃないですか。はい」
「…………ったく」
差し出された手を取り握る。
なーんか俺、こいつにほだされてるよなぁ。どうしてか、本気で抵抗出来ねぇし。も、もしや、呪術!?
……でも、ま、そうだとしても、か。
何となく、手をふにふにする。
「? ジャック??」
「ん~?」
「いや、あの、えっと」
「どした~?」
「……そ、そういう顔は、卑怯だと、思いますっ!!!」
「???」
はて? 変な奴。
だけど、毎日毎日会ってれば情も移ってくる。勝たねば。物理的にも借金を減らすチャンスだし。
この前、ふと利息の計算をしてみて顔を背けた。
親父の……親父の内臓を全部売っても、足りないっ。何度か、蘇生させても足りない。
……姉貴に懇願する程、阿呆じゃないと信じてはいるが。
手を引かれた。
「ほ、ほら、行きますよ! 今日の夕食は、ジャックの好きな物にしてもらいましょう!」
「引っ張るなっ! また、怪我するだろうがっ。……人参とピーマン、とか言うなよ? な、何だよ、その笑顔は!」
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