第15話 呪い

「えーっと……その、すまんっ!」


 俺は再度、深々と抱きしめてしまったロサナ様に頭を下げた。

 すると、皇女殿下近づいて来る気配。


「謝らないでください」

「だ、だけど……」

「ジャックさんは――嫌だったんですか? 私を抱きかかえるの?」

「そんなことはねーよっ!」


 がばっ、と顔を上げると、間近には少しだけ憂いを浮かべたロサナ様の整った顔。

 ――はぁ~。うちのお嬢様も綺麗だけど、この子も


「綺麗だわなぁ……」

「! え、えと……あの……その……」

「やるわね、少年♪」「私もそういう台詞を殿方に言われたいですね」


 思わず感想を呟くと、ロサナ様は赤面。俯いてしまった。

 椅子に座っているメルタ様とヘルガ様はニヤニヤ、ニコニコ。

 俺は頭を掻く。


「あ~嘘じゃないからな? あと、抱きかかえるのも嫌じゃなかった。何か、いい匂いがしたし……」

「~~~っ! ……ジャックさん」

「おぅ?」


 ロサナ様が顔を上げ、頬を膨らまし俺に詰め寄ってきた。

 ――妖しい気配はなし。

 やっぱり、エミリアはいないみたいだ。俺、精神過敏になってんのかな?


「…………ロードランド侯爵家の執事さんは、そういう風に女の子を、誑かす術まで習うんですか?」

「??? 誑かすって……本心だしなぁ」

「じゃあ、じゃあ――エミリアさんにも、言ってるんですか?」

「あいつに? あ~……」


 言ってるだろうか? 

 ……いや、言ってねぇな。

 何か、最近は紐を結ばれたりして――……くっ!

 俺は思わず目を覆う。


「ジャックさん? どうしたんですか?? 何処か痛いんですかっ!? た、大変ですっ!! さ、座ってくださいっ!!!」

「いや、別に痛くは」

「座ってくださいっ!」


 ロサナ様が俺の腕を取り、無理矢理、椅子に腰かけさせた。

 そのまま、当然のように俺の隣へ腰かけ、数十の治癒魔法をかけ始める。

 無数の白光がキラキラと舞う。

 魔法に拙い俺でも分かる。

 ……これ、一つ一つが上級魔法を超えてるんじゃね?

 う~ん……流石は皇女殿下。

 けれども、俺は怪我なんかしていないわけで……二人の皇女殿下へ目線で救援を要請。『あーあー。どうにか、止めていただけないでしょうか?』。

 にこやかに返信。


『一生懸命なロサナ、可愛いでしょう? 私達、少々疲れているの。癒しが必要なのよ』

『ロサナの好きなようにさせてあげてください。あと、褒めるのを忘れずに』


 ……この二人。

 何処となく、姉貴と似通るところがあらーな。いや、悪い人達じゃないのは分かるんだが。姉貴みたく、地面やら海やら空やらを割ったりはしなそうだし。

 治癒魔法の光が収まった。


「これでよしっ! ですっ!! ジャックさん、どうですか?? 痛いのなくなりましたか??」

「――おうっ! ありがと。ロサナは凄いなっ!」

「ひゃっ!」


 無意識に頭を撫で回してしまう。

 いやだって、村にいたわんこに何か似てるし……手が伸びて来て、俺の頭をわしゃわしゃ。


「んなっ!?」

「お返しですっ! ジャックさんって、わんこさんみたいですね♪」

「待て待て。それを言うなら、ロサナだろう?」

「私はわんこじゃありません! ジャックさんがわんこさんですっ!」

「いいや、違うな。俺はほら。見ての通り執事だしな?」

「? わんこ執事さんですか?? 可愛いかもです☆」


 くっ……絶対に譲るつもりがねぇなっ!?

 だが、俺には打開策があるっ!

 俺は撫でるのを止め、俯く。


「? ジャックさん??」

「……そうかぁ。ロサナは俺を執事だと思っていなくて、わんこ執事だと思ってたのかぁ……それじゃ、甘い菓子類は作ってやれねぇなぁ。だって、ほら? わんこだと、肉球だし??」

「!? ず、ズルいですっ! お菓子を人質に取るなんてっ!! 横暴執事さんですっ!!!」

「なら、自分がわんこ皇女様と認めるか?」

「…………」


 ロサナ様が真剣な表情で逡巡。

 いやでも、実際に獣耳つけて尻尾を着けたら――想像する。

 俺は二人の皇女殿下を見やる。


『…………ありなのでは?』

『ありね。でも、少年、それ、御父様の前で口にしたら大変よ?』

『それは、今度にしましょうか。勿論、御父様には内緒にして☆』


 どうやら皇帝陛下は怖い御方らしい。

 いやまぁ、貧乏貴族の三男坊が会う機会なんて、まずないだろうが。

 ロサナ様が悩んでいる間に俺は質問する。


「そう言えば……うちの姉貴と、御二人は知り合いって先程、仰っていましたけど、ロサナともですか?」

「……ええ」「……そうですね」「…………」


 いきなり、場の空気が重くなった。

 ……あの人、また何かやったのか?

 俺は嘆息し、今日何度目になるか分からない頭を深々と下げる。


「うちの姉貴がすいませんっ! ほんとっ、すいませんっ!! どうせ、また滅茶苦茶、御迷惑を……」

「……少年、違うのよ」「……違うんです」「…………」

「……違う?」


 俺は三人の皇女殿下の顔を見つめる。さっきまでの明るさはなく、ロサナ様は両手を、握りしめている。

 てっきり姉貴が皇宮を半壊させた、とか、親衛騎士団と訓練して全滅させた、とか……そういう話かと思ったんだが……。

 メルタ様が口を開く。


「ロサナをセティに会わせたのはね、この子の『呪い』を彼女ならどうにか出来るんじゃないか? と思ったからなのよ。『翼持ちし者』の直系たる、彼女ならね」

「……『呪い』ですか?」


 俺はロサナ様へ視線を動かす。

 ……全然、分からない。

 田舎じゃ、嫌なモノがいる場所とかだと勘が働いたもんだけど、そういう気配は感じない。

 小首を傾げていると、ヘルガ様が後を引き取る。


「私達は『呪い』と言っています。でも、本来は――御姉様!」


 いきなり、切迫した声。

 俺は咄嗟にロサナ様を抱きかかえる。

 ――瞬間、俺の視界は漆黒に閉ざされていた。

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