第14話 皇宮潜入
「…………くっ! あ、あんな風に仲良さそうにっ! セティさん!! 弟さんの教育がなっていないのではっ!? ああいうことは『エミリアとしかしてはいけない』と、どうして教えていないのですかっ!?!! しかも、あーあーあー!! ロサナ様を抱きしめて、抱きしめてますっ!!! こ、これは許されざる大罪ですっ!!!!」
皇宮内庭にある花々の陰に身を潜め、皇女殿下達と仲良くお茶をしているジャックを観察していた私は、思わず悲鳴をあげてしまいました。
当然ですが、隠蔽魔法と静音魔法、更には非探知魔法を二人がかりで最大展開しているので、私の声はこの空間にしか響きません。
――え?
どうして、私達がここにいるのか? ですか??
それはその…………し、心配だったからです!
ジャックはとにかく優しいので、皇女殿下に気に入られてしまう可能性大ですし。そうなるのは困りますし。
だって、だって、あの人は私の、私だけの婚約者で、執事さんなんですっ!
私を楯にするかのように同じく観察している女性――セティ・アークライトさんが嫌そうな顔をされます。
「ジャックには『お姉ちゃんが一番!』っていう洗――……こほん。教育しかしていないわよ。間違っても『エミリア・ロードランドが一番!』なんて、恐ろしいことは教えていないのっ! ……少し魔力を抑えなさい。バレてるわよ?」
「……え?」
私は振り返り、まじまじとセティさんの顔を見つめます。
――ジャック至上主義のこの人が、ロサナ様を抱きかかえるという一大事に、反応しないっ!?!!
私は思わず、空を見上げます。
…………月とかは、降って来てないですね。
手を伸ばし、セティさんの額に触れます。
「――おかしいですね。平熱です」
「…………何よ?」
手を離し、考え込みます。
そして――微笑み、頷きます。
「あ、なるほど。あまりの衝撃で心が砕けてしまったのですね。気持ちは分かりたくないですけど、分かります。どうか、そのまま砕けたままでいてください。その間に、私はジャックと――……えへへ♪ いいでしょう。会うのは年二回に増やしてあげます」
「……小娘。今、何を想像したのかしら? まさか、とは思うけど」
「やっぱり、新婚旅行は南の島々が良いと思うんですっ! セティ御義姉様は行かれたことがあるんですよね? 良い宿とかにつてがあるなら、今の内にぃぃぃ」
「だ・ま・り・な・さ・いっ!!!!!」
突然、両頬を指でつねってきました。ら、乱暴な人ですっ!
私は腕を振りほどき、強く抗議します。
「何をするんですかっ! ジャックに会うのを二年に一度まで減らしますよっ!」
「ジャックは、私の弟よっ! 何時、何処で、年何百回会うのも自由っ! ……いいから、本気で魔力を絞りなさい。流石にバレたら事よ? 私はともかく、あんたの家が」
「あ、はい」
何時になく真剣な口調で注意されたので、私は大人しく魔力を抑えます。
休憩場所では、ジャックが周囲をきょろきょろさせながら、首を傾げ、次いで慌てた様子でロサナ様から離れ、何度も何度も頭を下げています。
セティさんが淡々と呟かれます。
「……ジャックを甘く見過ぎよ。あの子は、私の可愛い可愛い世界で一番の弟。そして、うちの一族で一番『血』が濃く出てる。私達程度の魔法、見破ってくるわ。それに、まぁ……ロサナ相手だしね。少しのことは大目に見てあげないと……」
「??? 『血』が濃い、ですか? それって、どういう意味……」
私が尋ねると、セティさんは、はっ、とされて、取り繕うように綺麗な微笑。
「――……ふふ。冗談よ。冗談。普段も、そういう顔なら多少は可愛いのに」
「なっ! 貴女はっ!! ……まぁ、いいです。では、ロサナ様なら許す、というのは、どういう意味ですか??」
「…………あまり、良い話じゃないわ。むしろ、酷い話。そして、聞いてしまえば、それ相応の代償を背負う。……私も関わりはした。メルタに頼まれてね。でも、完璧な解決は無理だったわ」
「セ、セティさんが無理……?」
私は絶句します。
『セティ・アークライト。それ即ち『大陸最強』の意味と同義である』
そう、大陸全土に名を轟かすこの人をして、解決不能な難題?
思わず、拳を握りしめ、静かに尋ねます。
「……その話、ジャックが聞いたりしたら」
「助けようとするでしょうね。あの子は、誰よりも優しい子だから」
「な、ならっ!」
「心配はいらないわ。聞いたところで無理だから。幾らあの子でも……不可能なことは存在する。当然、私にもね」
「………………」
セティさんは、初めて見る自信なさげな表情をされて、まるで御自身へ言い聞かせるように、小さく零されました。
私は釈然としないものを感じつつも、それ以上は聞けずに沈黙します。
確かに、この人に解決出来なかった問題を、ジャックがどうこう出来るとは思いません。
けれど、同時に――私の心はそれを認めることを拒絶します。
だって、だって――私のジャックなんですっ!
『不可能』?
そんなの、笑い飛ばして、どうにかしてくれる。
私が知っているジャック・アークライトはそういう人です。
……まぁ、きっと少しばかり無理無茶をして、見ている私は心配で心臓がおかしくなりそうになるんでしょうけど!
セティさんだって、そのことを知らない筈はないと思うんですが……。
私は、再度質問しようと口を開きかけ――禍々しい魔力の鼓動。轟音。
「「!」」
私達は視線を休憩場所へ向けます。
「……え?」「……ちっ!」
私は呆然。セティさんは舌打ち。
私達は目を見合わせ、すぐさま駆け出します。
バレてしまいますが、仕方ありません。緊急事態です。
――休憩場所は、突如出現した無数の漆黒の茨によって閉ざされていました。
中には、三人の皇女殿下と、私の執事さんの魔力。
ジャック! 今、行きますからねっ!!
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