第13話 執事の御仕事 下

 白いポットから、丁寧に丁寧に紅茶を淹れていく。

 俺の隣ではロサナ様が、楽しそうにそれを眺め中。

 そんな妹様の姿を、メルタ様とヘルガ様が優しく見守られている。仲良し姉妹ってやつか。

 うちも仲は悪くないけど、何せほら? 姉貴は姉貴であって、姉貴だからして……兄貴達には是非とも幸せになってほしい。

 最後の一滴まで注ぎ終わり、それぞれのカップにミルクや砂糖、檸檬を加え、差し出す。


「どうぞ」

「ありがとう」「あら?」「わぁぁ~♪」


 皇女殿下達がそれぞれ反応。ロサナ様も席に座る。

 洗練された仕草でカップを手に取り、一口。

 少しばかり緊張する。まぁ今、出来る最善は尽くした。

 

 ……が、何せ、目の前にいるのは帝国で一番高貴な御姫様達なのだ。


 結果はどうなることやら――……今更だけど、おかしくね? 

 俺はどうして、こんな場所で、こんなことをしているんだろうか……。

 これも全て、全て、全てっ! 親父の借金のせいだっ!!

 何時か必ず、復仇を果たして――ロサナ様が笑顔。


「とっっても美味しいです♪」

「あ、ありがとう」


 思わず、どぎまぎ、と返答。

 照れ隠しに提案。


「あ~……何か簡単な菓子でも作った方がいいか?」

「作れるんですかっ!?」

「た、多少な」

「食べたいですっ!」


 ロサナ様が目をきらきらと輝かせる。

 ……な、なんつー、純粋な瞳。

 うちのお嬢様や姉貴じゃ、もうこんな瞳は――背筋が、ゾワリ、と震えた。

 周囲を警戒するも――敵影無し。

 そ、そうだよなぁ。いる筈ないもんなぁ。

 メルタ様が微笑まれる。


「少年、とても美味しいわ。でも、どうして、私達の好みが分かったのかしら?」 

「私もそれをお聞きしようと思っていました。ロードランド侯爵家から聞いたのですか?」


 ヘルガ様が後を引き取られる。

 俺は頬を掻き、返答。


「あ~……侯爵はそういう所、とてもとてもしっかりされている方なので、聞いても教えてはいただけないと思います」

「それじゃ、セティから?」

「……姉貴にそういう件で隙をつくるのはあまりお勧め出来ません。心に傷を負いかねませんし……」


 幼き日。

 姉貴に言いくるめられ、スカートを履き、リボンを着けたことを思い出し、心の古傷が疼く。

 あの人に頼れば、大概の問題は解決するものの、後が怖すぎるのだ。

 俺は二人の皇女殿下へ告げる。


「メルタ様のカップに少しだけミルクを足して、ヘルガ様のカップへレモンの輪切りを入れたのは、何となく、です。特段、理由はありません」

「は~い! なら、なら、私のカップにお砂糖とミルクがたくさん入っていたのは、どうしてですか?」


 ロサナ様が元気よく手を挙げた。可愛い。

 歳とか同い年くらいだと思うんだがなぁ……。

 俺は、厳かに回答。


「そいつは簡単だ。何せ――ロサナはお子様にしか見えなかったからなっ!」

「!? い、言いましたねぇぇ! ジ、ジャックさんだって、昨日、迷子になっていたっ時、今にも泣き出しそうな顔をしていましたっ!!」

「そいつもまた簡単だ。俺は泣き出しそうになっていたんじゃない。……あのままだと確実にやって来てしまう『嵐』を考え、慄いていただけだっ!!」

「慄く、とか……ち、ちょっとだけ、カッコいいです!」


 わーわー、と言い合う。楽しい。

 ……歳が近い妹がいたらこんな感じなんだろうなぁ。うちの村、チビ共はいても、歳が近い女の子はいなかったし。

 メルタ様とヘルガ様が、くすくす、と笑う。


「ふふ……少年。君は不思議な子ね。私の好み、当たっているわ」

「セティさんの弟さんなので、てっきり、どんな常識外れ――こほん。凄い人なのか、と思っていました。紅茶、美味しいです」

「ありがとうございます」


 御礼を言い、ふっ、と息を吐く。

 ――本日の主要関門突破じゃね?

 どっ、と疲れを感じるも、今日の俺は執事。

 座るわけにはいかねぇ。椅子も三脚しかねぇし。

 すると、ロサナ様は小首を傾げ――


「う~ん……あ!」


 いそいそ、とずれ、椅子の半分を開けた。

 そして、満面の笑み。


「はい、どうぞ♪」

「お、おおぅ?」


 ……この子、大丈夫なんだろうか。

 将来、悪い男に引っかかるんじゃ? 

 俺は、二人の皇女殿下へ目配せ。『……まずいのでは?』

 すると、あっさりと『いいんじゃない?』『ロサナは良いのであれば』。

 …………おかしい。味方が、味方がいない。


「ジャックさん♪」

「…………分かった」


 意を決し、着席。

 肩と肩とが触れ合う。

 エミリアや姉貴とも、違う感覚。言葉にはしかねる。取り合えず、触れただけで壊れそうな程、華奢なのは分かる。

 ……あと、俺、今、緊張してるわ。

 片や、ロサナ様は嬉しそうだ。


「今日、来てもらえて、とっっても嬉しいです♪ 後でお菓子も作ってくださいね? ね??」

「……畏まりましたロサナ御嬢様」

「ふふふ~♪」


 何度でも言う。この子、一々可愛い。不敬かもしれんが、可愛い。

 獣人じゃないのだけれども、まるで、獣耳と尻尾を揺らしているのが幻視出来る。

 うちのお嬢様にも、こういう可愛げがあれば――……妖気っ!!!!

 隣のロサナ様を抱きかかえ、周囲を最大警戒。


「ひゃっ!」 

 

 可愛らしい悲鳴を聞きつつも、それどころじゃない。

 い、今のは間違いなく、エミリアの気配だった。

 あ、あいつ、ま、まさか、本気で潜入を……。


「あ~……少年。少し待ってほしいわね」「私達も弟を持つことは吝かではないのですが……」

「――……す、すいませんっ!!!」


 すぐさま、ロサナ様から離れ、頭を深々と下げて謝罪。

 ……妖しげな気配は無し。

 気のせい……だったのか?

 ロサナ様の小さな声がした。


「…………御父様以外の男の人に抱きしめられたの、初めてです」


 うん。俺には分かる。分かるぜ。

 ――これ、盛大に設置型の極大炸裂魔法を踏み抜いたやもしれん。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る