第18話 寝顔

「それじゃ、持っていくわね」

「お嬢様、や、やはり、私が」

「大丈夫よ。ありがとう」


 メイドに用意してもらったトレイを両手で持ち、軽く微笑み調理場をあとにします。

 載っているのは、ティーポットとカップが二つ。それに焼き立てのスコーン。

 とてもいい匂い。美味しい物に目がないようなので、きっと喜ぶでしょう。

 ほんと、毎回美味しそうに食べるんですよね。見ているだけで、何となくほんわかしてくるので不思議です。

 でも、私が部屋を出る際、わざわざ『ジャック、おいで!』と声をかあげたのに、無視して手だけで合図をしたのは許せません。どうしてくれましょうか。

 何しろ、ふっふっふっ……最近、どうすればあの人が私の言う事を聞くのか少しずつ分かってきているのです。この私、エミリア・ロードランドに隙は無しっ! 近い内に『おいで』と『隣に座って』とそれから……そ、そんなことはまだ早いですけど、でもでも、何れは……。

 

 ――週末、私は屋敷でジャックと魔術の訓練をしています。

 

 ああ見えて真面目なので、こうして私が時折止めないといけません。困った人です。本当に困った人です。

 ……そ、そんなに私との約束を大事だなんて。も、もうっ。仕方ないですね。

 彼が、必死に魔力を制御しようとしている姿は、とても可愛らしいと思います。勿論、今は言いませんけど。何時か、言ってあげようと思います。

 ただ、どうやら左手で魔力を操るコツを掴んだようで、私に手を握ってほしい、と訴えなくなったのは減点です。大減点です。

 そうですね。今回はそれにしましょうか。「スコーン、あげませんよ?」と言えばすぐにしてくれるでしょう。悪ぶってますが、彼はほんと昔からちょろいので。

 ジャックの部屋の扉を開け、中へ。


「戻りました。まだ、右腕が治りきっていないとはいえ、か弱い女の子を一人で行かせるなんて、それでも――」

 

 おや? すぐにでも反論があるのですが沈黙。

 ベッドの上には毛布を被り、丸くなっている存在。

 そぉーっと、近付いて行き脇机にトレイを置きます。

 ――覗き込むと


「~~~!!!」


 声をあげそうになる自分の口を両手で押さえます。

 ――彼が、私の仮の婚約者(そ、そうっ! まだ仮ですっ。私に相応しくなるまではダメなんですっ)であるジャック・アークライトが、スヤスヤと寝息を立てて寝ていました。

 普段の背伸びをしている雰囲気は微塵もなく、とっても愛らしい寝顔……音を立てないよう椅子を持ってきて座り、再度覗き込ます。


「…………ほんと、貴方はズルいんですよねぇ」


 今、私の顔は間違いなくにやけています。とても屋敷の者達や、学友に見せられるものではないでしょう。

 でもでも――人差し指で、頬っぺたをつっつきます。


「……ん」 

「――むふ」


 ジャックが微かに身じろぎます。

 はぁぁぁ。何なんでしょう。この可愛い生き物は!? 本当に私と同い年なんでしょうか?? 

 ――ずっと眺めていられます。ほんと


「……貴方は昔と変わらないですね。そろそろ、思い出してくれてもいいんですよ? そして、恥ずかしがってください。それが貴方の義務ですよ、義務ー」


 更に突っつきますが、一向に起きません。

 あろうことか、寝返りを打ち顔を向こう側へ。むぅー。寝てても私に反抗するんですね。

 ……分かりました。貴方がそういうつもりなら、私にも考えがありますっ!


※※※


 ――さて、これはいったいどういう状況だ?


「んふふ~……もう、ジャックはいけない子ですねぇ……」

「…………」


 目が覚めると何故か、俺の隣でお嬢様が引っ付いて寝ていた。

 えーっと……確か、今日は朝から訓練をしてて(俺の部屋でやることが強硬に主張された。何でだよ)、昼食べて、それで……周囲を見渡すと、ベッド脇の机上には、ティーポットと、あれはスコーンか? 

 ああ、そっか。こいつがお茶を取りに行ってる間、ベッドで横になってたら眠くなって寝ちまったんだ。

 分からんのは――にやけきっている、お嬢様の頬っぺたをつつく。


「こらぁ……ジャック、待て、です……借金を増やしますよぉ……」

「ゆ、夢の中まで、俺に何をさせてやがるんだ、こいつは……しかも、あれ以上、増やすなっ」


 だけど……寝顔をもう一度見て、頬を掻く。

 まぁ、いっか。取り合えず俺はスコーンを食べねば。

 起こさないようベッドを降りようとすると、いきなり手が伸びてきて寝かされた。お?

 ――目の前には、整っているエミリアの横顔。近い、近いっての。

 離れようとするも左手はがっちり捕らえられていて、抜け出せない。

 つーか。


「……おい。起きてんだろうが?」

「……寝てます」

「はーなーせー」

「ダーメーでーすー。コツは掴めたんですよね? なら、夕食までこのままで。ふふ……何だか楽しいですね。偶にはこういうのも良いものです」

「俺はスコーンが食べてぇ」

「ほぉ。私よりも、スコーンを取ると?」


 お嬢様が、身体を起こし四つん這いで近付いて来た。な、何だよ。

 でも、あれな。そういう風にしても、セラ先生やワタリ先生と違って身体の一部分が残念――殺気っ!

 咄嗟に身体を転がす。

 ぶすぶすっ、とベッドが貫かれる音。ひぃ。

 振り向くと、立ち上がり栗色の髪を逆立たせ、俺を睥睨するエミリアの姿。


「…………」 

「お、俺は何も、言ってないですよ?」

「……(無言で自分の隣を足で叩く)」

「?」

「…………だ、だからぁ」

「わ、分かった、分かったって」


 近付いていき、座る。

 すると、お嬢様もちょこんと座る。

 ――で。

 肩に温もり。


「あー」

「……ダメ、ですか?」

「いや、その……い、いいけどよ……」

「――いい子です」


 その後、メイドさんが呼びにくるまでずっ~と、この体勢だった。

 取り合えず、だ……言いたいことは、多々あるんだが、隣で楽しそうに「ジャックは~ちょろい~わんこさん~。今度は『おいで』を教えるの~♪」と、適当な歌を歌い続けるのは止めろっ。

 し、しねぇからな。今後は、ぜってぇお前の要求になんか屈しねぇっ。

 こ、今回のは俺が、その、悪かったから……それにお前は綺――……い、今のなしっ。ほ、ほらっ! 飯だ、飯っ!

 

 食い終わったら、後でまた魔術見てくれるか?

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