第17話 教員室
「うぅぅ……どうして、こんなことに……これも、全部全部、借金をした親父のせいだっ……今度、帰ったら、ぜってぇ罠へ落とす。泣いても許さん……」
廊下でセラ先生と遭遇した俺は、半ば強制的に教員室奥の休憩場所へ連れて来られていた。いやまぁ、ありがたくはあるんだ……多少、聞えにくいし。何より、窓が無ぇ。
にしても、流石は帝国屈指の学院。
人目には見えない備え付けのソファやクッションですら恐ろしく上質。ふっかふっか過ぎる。これは人をダメにする物だ!
なお、クッションを抱えているのに他意はない。決して雷対策ではないのだ。
……ないったら、ないのだ。うん。
自分自身を納得させていると、セラ先生がトレイを手にやって来た。
「は~い。アークライト君、ハーブティが入りましたよぉ」
「あ、ありがとう、ござい」
立ち上がった瞬間――少し遠い雷鳴。
身体が、びくり、と自然に震える。
うぅぅ……テーブルにカップが置かれた。すっ、とセラ先生の手が伸びてきて、俺の左手を握りしめる。
「大丈夫ですよぉ。学内に雷は落ちません。万が一落ちてもぉ、私が、えーい、ってやっつけちゃますからぁ」
「い、いや、あの、その……」
「うふふ~♪ アークライト君にも怖いモノがあるんですね~。ちょっと、親近感が湧きますぅ」
「うぅぅ……」
ソファに座りクッションを抱きかかえ、顔を埋める。きっと、耳まで赤くなっているだろう。
……こ、これは仕方ないのだ。
何せ、餓鬼の頃から姉貴に『ジャック、いい? これはとっっても大事なことだからね!』『?』『雷はね……ジャックのおへそを食べちゃうのっ!』『!?』『だから、鳴ったらすぐに私のとこへ来なきゃだめっ!』……気に恐ろしきは、幼児に対する洗脳っ。
当然、俺だって、あれが姉貴のついた嘘だってことはもう分かっている。分かっちゃいるんだが……どうにも、苦手が抜けない。
これと同じく『お化け』も姉貴に囁かれ続けた結果、未だにダメだ。
だ、だって、あいつら、斬れねぇし、殴れねぇし、魔法も通じねぇし、毛布被っていても入って来るっていうし……汚くね? うん、汚い。だから、俺が苦手でもしょうがない。
目の前にカップが置かれ、ハーブティが注がれる。
「はい、どうぞぉ」
「ありがとうございます……」
「ハーブティはぁ、気持ちを落ち着かせる作用があるんですよぉ。雷が鳴りやむまでここにいていいですからねぇ」
「……すんません」
ゆっくりと飲む。正直、ほっとする。
あーお嬢様やネイ達に報せねぇと。あれで、心配性な連中だから、きっと今頃、俺を探してたりするかもしれねぇし。
……だけど、物理的に今、ここから出るのはちょっとなぁ。うぅ、まだ鳴ってやがる。
「アークライト君はぁ、甘い物を食べれますかぁ?」
「え? あ、は、はい。好物っすけど」
「良かったぁ。美味しいクッキーがあるんですよぉ。一緒に食べましょう♪」
セラ先生が、浮き浮きした様子で箱を開けた。
お~色々ある!
……が、ここで問題発生。俺の左手は今、クッションを抱きしめている。仕方ない、右手で。
「あらあらぁ? 右手は使っちゃダメですよぉ!」
「あー大丈夫」
「ワタリからは、大丈夫、と聞いてません」
「…………」
しっかり連絡を取り合っているらしい。仲良さそうだもんな、この二人。
となると、左手でどうにか――……。
「えーっと……セラ、先生?」
「はい~?」
「……それは何の真似で、ございましょうか……?」
「あ~ん、ですけどぉ?」
「いやあの、ですね……そういうことをするのは、あまり……」
「? 美味しいですよぉ」
バタークッキーが俺の口元へ。……是非もなし。
ぱくつく。
ほぉぉぉぉぉ。
「うふふ~♪ ここのクッキーは中々なんですよぉ! はい、もう一枚どうぞぉ」
次の一枚が俺の口元に突き出され――『何か』が通り過ぎた。気付いた時にはクッキーが真っ二つ。……へっ!?
「…………お楽しみ中のところ、大変申し訳ありません。ジャック・アークライト君を引き取りに参りました」
「ひっ!」
思わず悲鳴。
そこにいたのは、微笑を浮かべたエミリア・ロードランド。
綺麗な栗色の髪は逆立ち、背後には……幻覚だろうか? 俺に狙いを定める大型肉食獣の姿。
つかつか、と近付いてくると、両腰に手を置き俺を覗き込む。
「…………」
「な、何だよ」
「……別に。立てますか? それとも、この前のように抱えた方が?」
「じ、自分で、た、立て」
立ち上がった途端に――遠雷。
身体を細かく震え……ふぇ?
突然、目の前のお嬢様が俺を優しく抱きしめてきた。背中を擦られる。
「――大丈夫。大丈夫です。私が傍にいます。何も心配いりません」
「…………」
あーうー……暫くして、ようやく離れる。
頭一つ分高いエミリアの目を見つつ、呟く。
「……その」
「な、何です?」
「――うふふぅ♪ 青春って甘酸っぱいですねぇ」
「だなー。私達も、昔は……いや……そんな時代もあった、か?」
「「!!」」
セラ先生は両手を合わせ、俺達を見てにこにこ。
白衣姿のワタリ先生は、遠くに視線をやり黄昏ておられる。
い、いや、ち、違うんすよ?
こ、これは、雷っていう突発的な事態によるもんで、御二方が思われているようなことは何も――お、おいっ! お前も何か言えっ!
お嬢様は、先生方に深々と一礼。
「大変、御面倒おかけしました。今後、このような事態の際は、私が責任を持って面倒をみますので」
「!? は、はぁ! お、お前、何を言って」
「あらあら、うふふ♪ 分かりましたぁ」「嗚呼ー……私の青春は何処……」
くっ……み、味方が、味方いねぇ。
ならば――俺は、急いで出口へ向かう。雷もどうやら止んでいるし、いけるっ!
「む。ジャック、待てっ、ですっ! …………次、雷が鳴っても助けてあげませんよ?」
「!」
ひ、卑怯っ!!! そ、それでも、ロードランド侯爵家のお嬢様かよっ!?
だが、しかし……うぅぅ……。
俺は渋々立ち止まる。淡々とした様子でエミリアは隣までやって来ると、再度、一礼。
「ありがとうございました。では」
……おい。その手は何だ?
に、握らねぇぞ。握らねぇからなっ。も、もう、雷は鳴ってねぇし、大丈夫「そう言えば、来週も天候が崩れるそうですね?」…………。
その後、二人で自習室へ行ったらネイ達に、からかわれたのだけは報告しておく。こ、こいつ、何か俺の扱いが上手くなってきてねぇ!?
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