第16話 雷
「んー? これはー……うん、順調に治ってるわ」
「そうっすか。良かった」
放課後の勉強会が始まって、早二週間余り。
その日、俺は一人で医務室にやって来ていた。理由は当然、右腕をワタリ先生に見てもらう為だ。
特段、傷みはないし、ここ数日は軽い物を持っても大丈夫だったから来るつもりはなかったんだけれども……。
『アークライト君、医務室へ行ってちゃんと経過を診てもらってますかぁ? ワタリから、来てないって聞いてますけどぉ……?』
と、担任に可愛く凄まれてしまっては全面降伏する他なし。
いやはや、眼福とはこのことで。まぁ、心配してくれてるのは本当に有難いことだと思う。セラ先生、大好きです!
で、ここ最近、屋敷、学院問わず、やたらと俺にかまいたがるお嬢様は、取り巻き達と話していたので、これ幸いと教室を脱出しここまでやって来た、というわけ。
にしても、あいつ『ジャック、待て。待て、です。ち、違いますっ、お手じゃありませんっ。も、もうっ! いい加減、覚えてくださいっ!! お手はお手でいいんですけど……そろそろ、次の段階にっ!』とか、毎回言うのは何なんだろうか? だって、お前、手を出すじゃんか。さっきも目で『待てっ、です!』とか言ってたけれども。あーあー見えてないですー。
侯爵令嬢様の考えることは貧乏借金貴族の息子には、ほんと理解不能――微かに音が聞こえた。反射的に身体が硬直。
い、今の音は……?
窓の外を見ると黒雲。ま、まじか……さっきまで雲一つなかったんだが??
「取り合えずーまだ、重たい物は持たないようにね。ロードランドさんにも、ちゃんとこの診断書を見せ――どうかした?」
「え、あ……な、何でもねぇっす。はは。そ、それじゃ、俺はこれで……」
怪訝そうに覗き込んできたワタリ先生に軽く目礼して、医務室を出る。
左手で扉を閉め、壁に背を付け深呼吸。
――大丈夫。大丈夫だ。ジャック・アークライト。
餓鬼じゃあるまいし。一々、あんなもんでビビってどうする。それに、ほら? 鳴ってやしない。気のせい、気のせいだ。
だけど、今日は自習室に寄らないでとっとと帰――閃光。遅れて轟音。
「!?!!!」
字義通り、身体が飛び上がる。
うぅぅ……な、何で、雷が鳴るんだよぉ……。
と、取り合えずここにいちゃマズイ。もろに音が聞こえちまう。
何処か、何処か、安全な場所へ避難せねばっ!
よし、そうと決まれば即行動を――再度、雷鳴。
「ひゃ!!!」
思わず変な声が出て、その場で縮こまる。
うぅぅ……。
「――アークライト君?」
※※※
「ジャック、遅いねー」
「そうだね。そろそろ来ても――ロードランドさん、何か聞いてないかい?」
「……私は何も知りませんっ!」
私はムギさんとネイさんの視線を無視して、ノートへの書き込みを続けます。
まったく。『待て、ですっ!』って伝えたのに、あの人は……どうして、ああ私のいう事を聞かないんでしょうね?
ノートの右隅にわんこの絵を描いていると――雷鳴。
「きゃっ! ネ、ネイぃ……」
「おや? さっきまで晴れていたのにね。春が近いのかな? ムギ、大丈夫だよ」
「う~……か、雷は、雷はぁ……」
「よしよし。大丈夫、大丈夫だからね」
「…………」
御二人が自分達の世界へ行ってしまいました。
羨ま――ち、違います。べ、別に、今、この場にジャックがいれば、だなんて思っていません。ただ、あの人は雷が苦手で…………!!!!
ガタっ、と音を立てて私は椅子から立ち上がりました。
「ロードランドさん?」「エミリア??」
「――少し急用を思い出しました。すぐ戻りますので」
あくまでも優雅に。礼を喪わぬよう軽く頭を下げ、出口へ。
扉を閉めた瞬間、魔力を足へ回し全速力で廊下を駆けます。
――あの人は、ジャックは、雷が大の苦手なんですっ!!!
※※※
「……え? ず、随分前に出た??」
「んーそうだよ」
「ど、どれくらい前ですか?」
「どうだったかなー……ああ、そうだ。雷が鳴り始める前くらいだったかな」
「そう、ですか……お邪魔しました……」
ワタリ先生にお礼を言い、医務室の扉を力なく閉め、私は廊下を歩きながら考えます。
雷が鳴る前にここを出た……なら、彼は何処へ行ったのでしょうか?
屋敷へ帰った?
いいえ、ありえません。外は雷雨。こんな中、帰るのは絶対に無理です。途中で、迷子になるのがオチ。
と……いうことは、未だ学内に残っている筈。
「むぅぅ~」
面白くありません。
そうであるなら、どーして、私を頼らないんでしょうか。
許嫁であるこの私、エミリア・ロードランド以上に、学内で頼りになる人物が存在すると?
――否! 断じて否!!
私が一番、彼のことを理解してますし、近しいですし、最近はどんどん仲良くなってますし、時々一緒にお昼寝してますし、三食+お茶も一緒ですし!
「おや? そこにいるのはロードランドさんでは? こんな所で会えるとは……おお! なんという幸運! やはり、貴女とこの私、エドモンド・ジーキスとは運命の」
? 今、誰かの声が……ま、気のせいでしょう。
とにかく、とっとと探さないといけません。
大方、雷が鳴った途端、駆け出して学内の片隅で小さくなって震えているに違いありません。
――うふふ。想像すると、とっとも可愛らしいです。
ここで、私が颯爽と駆けつければきっと
『はぁはぁ……ジャック! 大丈夫ですか!?』
『エ、エミ、リア……?』
『そうですよ。よしよし、こんな震えて――もう、大丈夫ですっ! 鳴りやむまで私が一緒にいてあげますから、ね?』
『……ほんとう?』
『本当ですっ!』
『…………(瞳を潤ませて、無言で抱き着いて来る)』
っ~~~!!
いい……いいです、最高ですっ!!!
思わず、その場で足をばたつかせてしまいます。
普段のジャックもいいですが、素直なジャックはもっといいですね。
――取り乱してしまいました。とにかく、方針は定まりました。手早く見つけることにしましょう。
医務室の後、彼が自習室に来る前で寄りそうな場所というと――手を打ち合わせます。
「教員室!」
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