第11話 待ち人

「お、少年、来たわね」

「…………」


 皇宮内、停車場で俺を待っていたのは、本来、こんな所にいちゃいけない人だった。

 光り輝く金と銀の混じり髪。すらりとした肢体で長身。

 何でかは分からないないが、女性用の騎士服を身に纏われている美少女。


 ――第一皇女殿下のメルタ・カルテニウス様。


 思わず硬直した俺は、戸惑いつつも、どうにか頭を下げ、挨拶。

 お、落ち着け俺。落ち着くんだ。

 な、何か粗相があったら、即罰せられるぞ。

 で、罰金とか喰らったら……これ以上の借金は、自らの寿命を縮めるものと心得よ。肉体は大丈夫でも、精神が死ぬ。死んでしまう。

 もう、お嬢様と姉貴に借りる金貨は増やせないのだから……。

 大丈夫、大丈夫だ。俺なら、万事、上手くこなせるさ。そうだろう? 


「ジ、ジャック・アークライト、で、す。ほ、本日はお招きいただき、ま、真にありがとう、ござい、ましゅ」


 俺の、俺の、俺の馬鹿っ!!!

 こ、ここで、この場面で噛むなっ!!!!

 ――前方から朗らかな笑い声。


「ふふ、ふふふ……し、少年、い、幾ら何でも、緊張し過ぎよ? 貴方は、かのセティ・アークライトの弟にして、『翼持つ者』アークライトの直系。私程度に気を遣う必要もないわ。普段の口調で大丈夫よ。さ、行きましょう」

「は、はぁ……」


 『翼持つ者』って、時折、言われるんだが、知らねぇんだよなぁ……。

 爺ちゃんは教えてくれる前に死んじまったし、姉貴に聞いても答えてくれねぇし。

 ……親父? 

 あの人は駄目だ。

 聞く度に真面目腐った顔をした後『……ジャック、その話はしてもいいが、とても高いぞ? 六十四回払いも出来るが、手数料はお前負担だ』と言いやがる。何時か、長首鰐用の罠に嵌める。

 目の前に綺麗な顔が広がった。


「少年? 聞いている?」

「! あ、す、すいません。ち、ちょっと、考え事をしてました。え、えっと……改めて、本日はよろしくお願いします。俺、まだ執事になって日が浅いんで、粗相すると思うんです。その場合の責任は――ロードランド侯爵家や姉貴にではなく、俺個人に」


 真っすぐ目を合わせ、一番大事なことを頼んでおく。

 ……まぁ、俺が昨日、迷ったことが原因なんだ。これ位は仕方ないわな。

 すると、メルタ様は少しだけ驚いた顔をし、微笑んだ。


「――分かりました。我が名、メルタ・カルテニウスのにおいて確約します」

「ありがとうございます」


 深々と御辞儀。

 これで、安心? してお茶を淹れられるってもんだ。

 皇女殿下が、くすり、と笑われる。


「……セティが貴方を自慢するのが少しだけ分かるわ」

「? 今、何か言われました??」

「いいえ、何も。さ、今度こそ行きましょう。ロサナが待ちくたびれて、拗ねてしまうから」


※※※


 メルタ様に案内されて皇宮の中を進む。

 時折、すれ違う人達はまずメルタ様を見て驚き、次いで俺を見て「?」という顔をする。

 いや、そうでしょうよ。俺だって、そうなる。

 …………どうして、俺はこんな所にいるんだろうか。

 あ、明日、提出する課題、まだ終えてねぇや。

 最悪、ネイの奴に借りるしか――


「そう言えば、少年は学院に通っているのよね?」

「あ、は、はい。……無理矢理ですけど。実力じゃないです」


 何せロードランド侯爵家の力は絶大なのだ。

 金貨の山は、大概の問題を無理矢理だろうが解決する。

 まぁ、時に姉貴みたいな存在によって、それすらもあっさりと打ち砕かれる場合もあるけれども。

 メルタ様が軽く手を振られる。


「それでも貴方は学院にいるのでしょう? なら、何れ実力になる。怠けない限りはね。そして、残念ながら貴方は怠け者に見えないわ。ロサナとした口約束の為に、わざわざ、律儀にこうしてやって来るくらいだもの。セティも言っていたわよ? 『弟はとっっても、真面目ないい子なのっ!』って」

「……は、はぁ」


 何とも言えない気分になり、曖昧に答える。

 ……皇女殿下との約束を守らない、っていう選択肢をする存在なんて、この帝国内にいるんだろうか? 

 無論、姉貴は除く。

 あの人は、気に喰わなかったら皇帝陛下からの召喚状すら無視しかねない。

 むしろ『来い』って言う。

 我が姉ながら、その光景が容易に思い浮かべられるのが怖い。で、何でか俺も巻き込まれる。酷い。

 恐る恐る、質問する。


「そ、そう言えば、姉貴とお知り合いみたいですけど……何処で御迷惑をおかけしたんでしょうか?」

「ふふ……最初から『御迷惑』ね。本当にいい子ね、少年は。――セティとは北方の戦場で知り合ったわ。まぁ、命の恩人、と言っても良いと思う。攻撃に巻き込まれて死にかかったけどね」

「あ~…………すいません……」


 額を押さえ、嘆息する。

 脳裏に浮かぶのは、大剣を大上段に構え『うざったい』の一言を零し、全てを薙ぎ払う姉貴の姿。

 身内なので擁護しておくが、味方は殺さないよう加減しているのだ。

 実際、射線上に巻き込まれた人は死なない。

 ……死の際は例外なく見ることになるだろうが。

 メルタ様が苦笑される。


「本当に滅茶苦茶よね、セティは。たった一人で、無数の死霊兵に押されていた北方戦線の戦局を覆し、帝国に勝利を齎した。それでいて、褒賞は殆ど受け取らない。当時、父上は頭を抱えていたわ。『……アークライトの者はどうして、揃いもそろってああも無欲なのだっ!!!!』って」

「? 姉貴が無欲ですか??」


 不思議に思い、考え込む。

 ……いや、結構、物欲持ちだと思うんだが。

 単独で戦局を覆したってのに驚きはない。あの人なら平然とやる。下手したら、神様だって、欠伸をしながら狩りかねない。

 メルタ様が続ける。


「セティから、少年の話は散々聞かされたわ。一度会いたいと思っていたのよ。そうしたら、ロサナといつの間にか仲良くなっているんだもの」

「……すいません。本当にすいません!」


 何度も頭を下げる。

 ……うちの姉貴は、すぐに俺の話をしたがる悪癖を持っているのだ。

 長い石造りの廊下の果てが見えてきた。どうやら、終着点らしい。

 メルタ様が微笑む。


「とにかく、今日は私の妹の相手をしてあげて。あの子、少年のことが気に入ってみたいだから」

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