第4章

第1話 似た者同士

「へぇぇぇ、ジャック、王宮に行くんだぁ。凄いねー。あ、ネイ、そっちのクッキー取ってー」

「ん? これかい。はい、あーん」

「も、もうっ。ジャックもいるのに、恥ずかしいよっ。でも、でも、ありがとっ」

「…………おい、お前ら」


 目の前でいちゃつきやがる、ついさっきまで友人だと信じていた二人組――相変わらず人がよさそうなネイと、その恋人である猫族のムギを睨みつける。

 が――効果無し。

 ネイは構わず、自分の彼女を心底愛おしそうに餌付け中。ムギはムギで、言葉でこそ恥ずかしいなぞと言ってやがるが……おい、耳と尻尾で丸わかりだからな。

 境遇に同情すらしてくれない薄情者達めっ。とっとと、籍でも入れて学生結婚しちまえばいいんだ。

 身体をカフェテリアのテーブルへ投げ出し、横を向く。

 外では、お澄まし顔のお嬢がクラスメートの女子達に囲まれていた。昨日以降、機嫌良し。

 

 ……ああ、間違った。


 この数ヶ月で一番、機嫌良し。何しろ、俺が女子生徒と長話しても、笑顔だったくらい。

 理由は言わずもがな。そのままの姿勢でティースプーンをかき回す。


「…………俺はー、お前らをー、友人だとー、思ってたのにぃよぉ……」 

「え? だって、ジャック」「嬉しいんだろう?」

「ど・こ・か・ら、その発想が出て来たっ!!!!」

「「え? 幻の尻尾からだけど??」」


 打ち合わせしたわけでもないだろうに、ぴったしと息を合わせて即答。

 こ、こいつら……こいつらぁぁぁ!

 椅子に座りつつ、じたばた。


「行きたい筈がねーだろーがぁぁぁ。皇宮だぞ? 偉い貴族やら、大金持ちやら、何から何まで、とにかく、そういう場所に俺なんかが、行ってどうしろってんだよ?」

「え? それは」「うん、決まってるよね」

「あえて……あえて、聞いてやろう。何だよ?」

「「御主人様の愛犬披露+番犬☆」」

「お前らは、もう、とっとと結婚して、幸せになってろっ!!!」 

「そうだね。そうしようか、ムギ?」

「へっ? わ、わ、私は……そ、その、ネイさえ、良ければ、その、何時でもっ!」

「ありがとう。大好きだよ、ムギ」

「ネ、ネイ……私、私……!」


 二人が瞳を潤ませ、手を取り合う。

 あーあーあー。

 ……俺は、昼間っから何を見せられていやがるんだろうか。うぅ、田舎に帰りてぇ。

 黄昏れつつ、ポケットの中から一枚の紙を見やる。ロードランド侯爵家への最新借金額(※利子除く)だ。えーっと。

 

 ――意識が一瞬で混濁し、直後、親父へ憤怒が込み上げてきた。

 

 そうだ! 

 俺は、こんな所で心を折られている場合じゃないっ!

 何としても、何としても、借金を返済し、自由を、この身の自由をっ!!

 その為には……どうしたもんか……。

 最早、親父を百人単位で潰して出荷しても、足りない額なんだが。

 ふふ……ふふふ……白金貨の上の、翠金貨なんて単位、よもや、生きている内にお目にかかることがあるとはなぁ……泣きたい。

 頭を抱え、考え込む。

 現状、俺の生殺与奪は来世の来世、更にはその来世分くらいまで、あのさっきから、俺へ『……そろそろ、私を呼びに来て。というか、来い』視線を送っているお嬢に、がっちりと握られている。べー、だ。誰が。行ってやるかよ。

 小さく舌を出し、顔を背ける。「ロードランド様!?」「ど、どうされたんですかっ!?」女子生徒共は騒がしいぜ。

 ――思考を戻す。

 生殺与奪権をあの頭がお花畑状態お嬢に握られている以上、行動は制限される。 友人共は「ムギ、可愛いよ」「ネ、ネイも、カッコいい!」……頼りにならず。

 姉貴に頼めば『何とか』はしてくれるだろう。『何とか』は。

 ……最終的に、先日みたく、ホテルやらが倒壊するだろうが。

 借金だけでも、頭が痛ぇのに、皇宮とか。はぁ……。

 アークライト家は由緒正しい貧乏貴族。祖父ちゃん以外は行ったことなんかない。姉貴? あれは規格外。アークライトの枠に留められる人じゃないし。別枠だろう。

 第一、俺、しきたりとか何も知らねーし。

 ……どうして、こんなことに……。

 ――はっ! 妖気っ!!

 思わず退避しようとした、俺の身体はあっさりと宙を舞い、ふわりと椅子へ再着席。目の前には微笑のお嬢。心なしか、血色がいい。


「…………」

「あーあー。本日はお日柄もよく」

「先程、目、合いましたよね?」 

「あ、合ってない」

「ふ~ん」


 細い指で、頬っぺたを突かれる。瞳には嗜虐の色。

 こ、こいつはまじぃ。ネイ、ムギ、今こそ、友人たる真価を!


「ムギ……」「ネイ……」


 こ、この、万年発情期がぁぁぁぁ!!!!

 ずいっと、エミリアが身体を乗り出し、頬杖をついた。


「まーだ、皇宮へ行くの、拗ねてるんですか?」

「拗ねてる、というか……無理だろ、常識的に考えて。家格が足りねぇと」 

「貴方は私の婚約者です」

「…………なぁ、お前、それ人前で言いたいだけなんじゃないよな?」

「――――まさか。事実ですから。とにかく、その件は諦めてください。大丈夫ですよ。当日は私がエスコートしますし。離れたら、命の保証は出来かねますが」 

「命!? 迷子になったら、俺は、し、死ぬのかよっ!」

「…………」


 そっ、とお嬢が目を伏せた。

 はんっ! そ、そんな手には乗らねぇ。どうせ、俺をからかって。

 ――瞳は真剣の真剣

 え? ま、マジで??


「取り込み中のところ悪いんですが、ネイさん、ムギに話はしたんですがか?」 

「あ、そうだったね」「ふぇ? 私に何かあるの??」  

「うん。そうなんだよ。ムギ」

「???」


 帰還したネイが、ムギへ微笑みかける。

 ……この感じ。さっきのお嬢とそっくりだぜ。性質は微妙に似てやがるんだよな、この二人。


「――今年は、僕も皇宮の晩餐会へ招待されているから、一緒に来てほしいんだ」

「……………ふぇ」


 ムギが硬直した。思考停止状態。

 う~む……きっと、俺もこんな感じ


「残念ながら、ムギの方が可愛いですね。貴方もこれくらいの可愛げを目指してください」 

「お前は、俺に何を求めてやがるんだっ!?」

「決まってるじゃないですか。ジャック、お手!」

「ん?」


 手を出してきやがったので、手を置く。 


「ここから先です。ジャック、手を握ってください」

「嫌、痛っ、痛っ! 爪を立てるなっ!!」

「……皇宮までに覚えないと、当日は鎖で繋ぎますからね」

「目、目が怖い」

「私は、本気デス」

「……あーあー、分かった」


 俺から手を握る。

 すると、きょとん、とした後、満面の笑みに変化。何がそんなに嬉しいんだか。 ……にしても、皇宮なぁ。

 ま、同じ生贄――こほん、ムギもいるし、どうにかなるだろ。

 ……多分。

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