第二部

プロローグ

 ロードランド侯爵家に、諸々ありやって来て早数ヶ月。学院も休みな週末の午後、俺――ジャック・アークライトは日当たりのいい窓際に設置されたソファに座り、新聞を読んでいた。

 内容は、特段、面白くも何ともない。

 政治・経済・軍・冒険者・有名人の恋話や醜聞……言えるのは、今日も帝国は平和ってこと、お


「ふわぁぁぁ」

「「ふわぁぁぁ」」


 座りつつ大きな欠伸をすると、さっきからひっついている双子――お嬢こと、エミリア・ロードランドの妹であるルリアとリリアも真似をして欠伸をした。

 あざとい。あざとすぎる。が、可愛いから許す。可愛さこそは大正義。

 手を伸ばし、二人の頭をわしゃわしゃ。きゃっきゃっ、と嬉しそうな笑い声。

 なんかいいよな、こういうの。俺、末っ子だったし。何度経験しても新鮮。

 ま、田舎の餓鬼共の世話は散々してきたから、扱いには慣れてんだが。

 ふっふっふっ……子守は既に最前線へ送られても大丈夫な位、鍛え抜かれているのだぜ!


「んしょ、んしょ」 

「ん? お、どうしたー?」


 そんなことを考えていたら、リリアが俺の膝をよじ登り、腕の中にすっぽりと納まった。

 俺が読んでいる新聞を見た後、振り向いて、ちょこん、と首を傾げる。


「ジャック、ジャック、これ、あんまり面白くないよ~?」

「ん~。まぁ新聞なんて、そんなもんだろ」 

「だったら、どうして読んでるの??」

「……リリア、男には嫌でもしないといけないことがあるんだ。お前も、俺くらいの歳になったら分かる」

「??? よく分かんない!」

「リ、リリア、ずるいよぉ。えとえと」


 姉に置いて行かれてしまった、基本天使な双子の片割れ、ルリアがちらちら、と俺を見やる。とても可愛い。

 リリアを抱え、少しずらし空いた膝を叩く。すると、ぱぁぁ、と満開の笑顔になり、よじのぼってきた。


「えへへ♪」

「む~。ジャックは、ルリアに甘過ぎるわ!」

「んなことはない。……って、リリア、その口調は止めようぜ。折角の、のんびりとした休日なのに、俺の心に嵐が吹いちまう」

「ジャック、お手!」

「ん」


 ルリアの小さな手の上に、自分の右手を乗っけ――はた、と気づく。

 いかん。相当、毒されているのではあるまいか?  

 ニコニコ顔の天使改め小悪魔な幼女を抱きかかえる。


「こーら。いけない御姫様め。そういうことする子には、こうだ!」

「きゃーきゃっー♪」 

「あーあー! ジャック、ジャック、私も、私もぉぉ!!」


 ルリアを抱きかかえ、一気に立ち上がり、高い高い。

 幼女が、楽しそうに笑い、はしゃぎ、髪につけている青色のリボンが揺れる。一番最初に会った時は、二人共同じくらいの髪の長さだったものの、最近、ルリアは髪を伸ばしている。

 足元では、元祖小悪魔幼女が順番待ち。

 ふかふかクッションへ、優しくルリアを放り投げ、選手交代。


「ほいよっと」

「きゃーきゃーきゃー♪」



 赤色のリボンが揺れ、リリアも大喜び。

 田舎の餓鬼共もそうだったけど、何故かみんな好きだよなぁ、これ。途中で止めねぇと、体力の続く限り継続になるのが難点。そして、子供の体力は半ば無限。

 ――その後も何度か繰り返し、終了。はぁ、腕が痛ぇ。

 テーブルの上に置いておいた新聞を取り、ソファへ身体を預け読むのを再開。

 ん?


「へぇ、王宮で晩餐会ねぇ……豪勢なもんだ」

「晩餐会!」「とっても綺麗です!」

「ん? ああ、お前らは行ったことあんのか。そうだよなぁ、御姫様だもんなぁ。て、ことはあいつも」

「――ええ、行きましたよ。仮にも侯爵家に列なる身としては当然です」  

「!」


 後方より、この数ヶ月すっかり、耳に馴染んだ澄ました声が聞こえてきた。

 恐る恐る振り返ると、そこにいたのは綺麗な栗色の髪を長く伸ばし、リボンでそれを結っている長身の美少女。

 腕組みをし、したり顔。


「エ、エミリア、ダリアさんと買い物へ行ってたんじゃ……」

「途中で切り上げてきました。……嫌な予感がしたので」 

「な、何もしてねぇぞ?」

「…………ふ~ん。ルリア、リリア、お土産を買ってきました。みんなで食べたいので、持ってきてください」

「「は~い」」

「あ、おい!」


 止める間もなく、機を見るに敏な双子は手を繋いで部屋を出て行った。

 嗚呼、俺の癒し……。

 つかつか、とこれ見よがしに靴音を響かせ、お嬢の気配がソファの後ろへ。な、何だ? 何をする気だ!?

 ――後ろから、細い両腕が伸びてきて、頭を抱きかかえられた。


「!?」

「前にも言ったわよね?」

「な、何をだよ? あ、あの、エミリアさん……? その、ですね。頭が、痛くてですね……」

「ルリアとリリアにばっかり優しくするのは禁止って……しかも」


 こつん、と頭をぶつけてくる。

 ここで魔力で強化された頭突きを受けたら、俺は死ぬ。結構、酷い死に様で。

 いやまぁ、そんな事する奴じゃないんだが。……しねぇよな?


「私が買い物に出かけている時に、わざと膝上に……うふ♪ うふふ♪」

「ま、待った! 何度も言うが、あいつらはお前の妹達だぞ!? しかも幼女、幼女だからっ!」

「信じられないっ! 『男の人は年下を好む』ってこの前、ムギから借りた本にも書いてあったものっ!」

「……正論だ」

「死んでみる☆?」

「いや、だからっ! 少し、待――……」

「っっ!」


 慌てて振り返り、止めようとすると、間近に顔。

 うわ、こいつの睫毛長ぇ。あと、ほんと、整った顔――はっ! お、俺は俺は、何を考えてっ! 

 何となく、お互いきまずくなり、視線を逸らす。

 エミリアは、ぐるりと回り、俺の隣へ着席。その拍子に首から下げているネックレスが弾んだ。


「……な、何よ、人の胸をいやらしい目で見て」 

「いや、それ、肌身離さず持ってんのか?」

「? ! と、当然でしょ。これさえあれば、貴方を意のままに操れんだから!」

「うぐっ……」


 ネックレスに仕舞われているのは、姉貴の一件以降に書かされた結婚誓約書だ。 無論、法的な拘束力はない。ないが……精神的な圧力はあるわけで。

 お嬢が頭に肩をのせてきた。


「……嫌?」

「あーあー、今度、皇宮で晩餐会とかあるらしいぜ? 去年はお前も行ったんだってな!」

「…………バカ。意気地無し」

「――……本気で嫌なら、書かねぇって」

「――ふ~ん」 


 見るな。見るんじゃねぇぞ、俺。

 隣の御嬢様は、確実にニヤニヤしていやがるからな!

 細い腕が、新聞を拾った。


「ええ、行ったわ。今年も行くことになるわね」

「お、おお、やっぱしか。す、すげーよな。皇宮なんて、入ったことねーよ」 

「貴方も今年は行くのよ」

「…………ん?」


 おっと。今、変な単語が聞こえて気がしたんだが?

 疲れてるのかもなぁ。今晩は早めに寝よう、そうしよう。


「現実逃避していても、貴方の参加は確定しているわ」

「………………な、何故に?」 

「そんなの、決まっているでしょう?」


 輝くような笑みを浮かべ、少しだけ頬を染める美少女。

 くっ……視線を、逸らせねぇ。



「貴方は私の婚約者で、私は貴方の許嫁。皆さんにそれをお披露目する、恰好の舞台なんだから♪」

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