第5話 窮地

「はぁはぁ……ま、まいたか……ふぅ……」


 校舎裏の片隅で俺は一息をついた。人気は無く、後ろにはとんでもなく立派な煉瓦造りの壁。背中をつける。

 ったく。どうして、ああまで執拗に追っかけてくるんだか。中途半端な貴族生まれってのは、ほんと質が悪ぃ。どうせなら、俺みたいに貧乏貴族を地でいくか、あのお嬢様みたく頂点の方が――突然、頬を何かが掠め、壁を抉った。魔法矢だ。うへぇ。

 見ると前方に目を血走らせ、剣を構えているバカ貴族。ここまで走り通しだったのか、金ぴかの制服が薄汚れている。えーっと、ザーカス? あ、バーカスだっけか。


「見つけたぞ! 卑怯に目潰しをした上で、コソコソと逃げ回るとは……貴様とて姓を持つ以上、貴族の端くれの筈なのだろう? 恥をしれっ!!」

「そう、怒んなよ。バーカスさん」

「ジーキスだっ!!!!」

「……おお。いやでも、バーカスの方が合ってねぇ? 少なくとも、いきなり女の子に絡んだ挙句、分かりやすい差別発言までしてるあんたには。俺、校則とか殆ど読んでねぇけどさ、ここは帝国魔術学院。で、皇帝陛下は何年前だかに、『過度な身分差別は許さず。貴族は貴族の矜持を持ち、その地位に応じた義務を果たすべし』と布告を出されてたような気がするんだが?? ……あんたがしたことはそれに合ってるとはとてもとても」

「き、貴様、貴様、貴様っ!! わ、私を愚弄するつもりかっ!?」

「ん? いや、別に。少なくとも、あそこであんたと、あの女の子を見てた奴等はどう思うのか、って話。しかも――なぁ」


 わざとらしく、ニヤリ、と笑う。

 

『追い詰められた時は、だからこそ出来る限り自信があるように見せよ。ハッタリは存外に効くものだ。まして、それが――未熟者相手であれば』


 爺ちゃんがよく言ってっけ。懐かしい。俺は、剣術も魔術の訓練も逃げてばっかだったけど。

 でも、爺ちゃん……正直、自分で実践したくはなかったぜ。さっきから、し、心臓がバクバクしててさ……剣も魔術も、こ、こぇぇぇ。

 動揺を悟られないように、言葉を続ける。


「あれだけ、派手に学内を逃げ回ったんだ。どう考えても先生方の耳に入ってる筈だろ? つまり――あんたが、これからも学院で学ぶのは難しいんじゃね?」

「!? き、貴様、まさかそこまで考えて……だ、だがっ! そ、それが貴様とて同じ事だっ!! わ、私に処罰が下れば、貴様とてただではっ」

「俺は別に今日、退学してもいいしな。ま、自分のしたことを悔いて、あの子に詫びれば退学はないんじゃね?」

「…………」


 顔面を蒼白にして黙り込む金ぴか貴族。

 いやまぁ、口から出まかせだけど。皇帝陛下の布告があったのは事実。でも、それがどこまで守られてるのか、なんか知らんし。

 ……あんまし考えてなかったけど、俺も処罰されるのかなぁ。むしろ、喧嘩を売られた方なんだけど。

 退学になって『はい、借金、即返金★』とか、侯爵に言われたら…………い、いや、駄目だっ! 兄貴達はようやく嫁を貰って、平穏な日々を過ごしているのに、迷惑はかけられねぇ。今までだって、随分無理して仕送りしてくれてたんだ。幸せになってほしい。

 なら、やっぱり姉貴に――……それは、最終手段だ。

 今後、何をされるか分かったもんじゃねぇ。下手すれば、人生自体がその時点で詰む。俺にだって、少し田舎に一軒家を建てて、可愛い嫁さんと天使な娘、そして白くてもふもふなわんこを飼う位の幸せを掴む権利はある筈だ。……あるよな?

 ゆっくりと、金ぴか貴族が顔を上げた。あ、まじぃ。

 剣の切っ先を向け、魔術を紡ぎ始める。


「…………貴様は殺す」

「ま、待てよ。そ、そんな事をしたら、それこそ御家自体が取り潰しになるぜ? それでもいいのかよ??」

「無論……殺人は重罪だ」

「なら」

「が――『貴族同士の決闘』の末に、命を落とした、とならば問題はない」

「は、はぁぁ!? そ、そんな物騒な法律、なんかとっくの昔に効力を」

「未だ合法だ。そして、私は既に決闘を要求し、お前は私を多少なりとも傷つけた。つまり――既に、形としては成立、しているとみなしていいだろう」

「っ!?」


 マ、マジかよ。

 い、いきなり、命の危機とか……ついてねぇ。ほんとっ、ついてねぇ。

 こんな事に付き合ってられるか! とっとと、逃げ――左右に突然、土の壁が出現。


「逃さんよ」

「い、いや待てって。い、幾ら何でも」

「言い訳無用! ……アークライト家だったか? はんっ。そのような貴族など、聞いた事もない。どうせ、貴様の先祖も戦場で逃げ回る臆病者だったのだろうなっ!!」


 一気に距離を詰めてくる。恐怖で身体が震えてきた。

 だけどまぁ、爺ちゃんを馬鹿にされたし…………逃げるわけにもいかねぇか。魔術とか苦手なんだがなぁ。

 降り下ろされる剣。右手を振り飾す。


「!? ば、馬鹿、っ!!!!」


 剣をで受け、空いてる左手で思いっきり顔面をぶん殴る。

 横たわった男に言い放つ。


「爺ちゃんは――アルス・アークライトは、臆病者なんかじゃねぇっ! 分かったか、このバカ貴族っ!」


 心臓は過去最高にバクバク。受けた右手からはとんでもない激痛。取り合えず、血は見えない。お、折れてねぇよな?

 ……爺ちゃん、教えてもらって何だけどこれやっぱり危なくね? この技だけで生涯不敗って何なんだよ。『一撃必倒』の通り名はちょっと、カッコいいけどさ。俺の魔力じゃ精々一回が限度だし。

 大きく溜め息をつき、立ち去ろうと――頬を腫れあがらせたバカ貴族が立ち上がった。


「や、やってくれたな……もう許さん……許さんぞぉ!!!」

「ま、待った! 待とうぜ、バーカス」

「ジーキスだっ!!!!」

  

 剣が降り下ろされる。いや、マジで、これは。目の前に人影が舞い降りた。

 ―—軽い音。切断された剣身が飛び、地面に突き刺さる。

 バカ貴族は何が起きたのか理解出来ず、呆然自失。次の瞬間、見えない『何か』に吹き飛ばされ、地面に倒れた。まさか、死。


「……死んでないわよ。私はエミリア・ロードランド。『不敗』のロードランドを継ぐ者。そんな未熟者じゃないわ。それはそうと、あんたっ! 編入初日から危ない事してるんじゃ――……ち、ちょっと、何よ、その腕!? い、い、急いで、医務室に行くわよっ!!!」

「いや、まぁ、大丈夫」

「じゃないっ!!」


 抗弁する間もなく抱き抱えられ、次の瞬間には飛翔していた。……飛翔魔法って、下手な上級魔術師も使えない筈なんだが?

 え? どういう風に抱き抱えられたのか、だって? 

 

 ……俺にも話せないことはあるんだよっ!

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