第4話 カフェテリア
「……まったく、もうっ! もうったら、もうっ!! どうして、ああ、可愛げがないのかしらねっ!!」
私が折角、気を遣って誘ってあげて、何でも好きな物を食べさせてあげようと思ったのに……あの男ときたら、知り合ったばかりの男子と地下の大食堂に行くなんてっ。
こういう時は、女の私を優先すべきでしょうがぁぁ。か、仮にも、その……婚約者なんだからっ! 放っておくなっ!!
カチャ、と置いたカップが大きな音を立てる。
集まる周囲の視線。ここは学院最上階のカフェテリア、その展望席。
いるのは育ちがいい子ばかりなので控えめだけれど、決して良い思いは抱かないだろう。
……いけない、落ち着かないと。
私はエミリア・ロードランド。国内外にその名を知られる、ロードランド侯爵家長女。自分を律し、何時も笑顔で。冷静に。冷静に。
――少しだけ深呼吸。良し。
おずおず、と目の前に座る後輩の女子生徒が声をかけてきた。東の遠国からの留学生だ。黒髪がとても綺麗なのよね。
「あ、あのぉ。ロードランド先輩」
「何かしら?」
「は、はいっ。えっと……お加減でも悪いんですか? 先程から、その」
「大丈夫よ、ごめんなさいね。少し――そう、考え事をしていて」
「考え事、ですか? あ、それって、もしかして噂の、むぐっ」
「ば、馬鹿っ!」
「…………噂?」
気になる言葉を放った後輩の口を、短い金髪で快活そうな少女が塞いでいる。
見つめると視線を逸らした。怪しい。
「メイ?」
「えーっと、ほ、本日は御日柄も良くて、ですね、あの」
「ええ、そうね。少し曇っているわね」
「いや、ち、ちょっとした話で、御姉様の耳に入れるようなものじゃ……」
「私は聞きたいわ。言ってみて」
「あー……小鳥、任せたっ!」
「え、ええ!? メ、メイちゃん、それはちょっと、酷いよぉ」
「
「! は、はいっ」
びくり、と身体を震わせ少女がその場で立ち上がり、硬直。
ああ……いけない。また、怖がらしてしまった。
悪いのは、あのチビで、可愛げがなくて、剣術と魔術が苦手で、勉強もあまり出来なくて、少なくとも付き合いが一番長い私を置いて行くという悪行をしでかして、だけど、ちゃんと私に感謝はしてくれて、人参があんまり好きじゃなくて、白身魚のシチューが好きで――あ、そうだわ。帰ったら、コック長に色々と頼んでおかないと。好き嫌いはダメだものね。いっっぱい、栄養を摂らせないといけないわ!
でも……ふふ、自分の背が低いの気にしてる時のあいつって、悪戯がバレた時の子犬みたいでちょっとだけ――
「あ、あの、ロードランド先輩……?」
「うわぁ……これ、本当じゃん……まさか、あの御姉様が……」
「……こほん。さ、言ってちょうだい。噂って何?」
咳払いで取り繕い、先を促す。
楯無さんは、私とメイの間で視線を彷徨わせた後、口を開いた。
「え、えっと、午前中の間に回ってきたんですけど……せ、先輩に、その、か、彼氏さんが出来たって……」
「! か、か、彼氏ですってっ!? だ、だ、誰がそんな事をっ!!」
「ご、ごめんなさいっ。えっと、あの……うぅ、メイちゃん」
「あー……あれです。御姉様って、浮いた話が今まで一つもなかったじゃないですか? 少なくとも私、この学校に入って二年経ちますけど、聞いたことないですし。舞踏会も、殆ど参加されないから、てっきり」
「てっきり?」
「男のことが嫌いなのかなって。そしたら、いきなり今朝から、ずっ~とっ、小さな男子生徒の先輩と凄く楽しそうに話してるっていうじゃないですか。席も隣で……一々、甲斐甲斐しく教えてあげてるとか?」
「そ、それは、あいつがまだ教科書を持ってないから。べ、別に楽しくなんかないわよ」
「え~そうなんですかぁ? さっきも一緒に連れてきたそうにしてたじゃないですかぁ? 別れた後、溜め息までつかれて」
「! ま、まさか、見て」
「当然。御姉様は、自分の注目度を甘く見過ぎなんです。成績首席! 剣術、魔術も超一流! 加えて――その美貌っ! エミリア・ロードランド先輩の名は、学院上に轟いてるんですよ」
「…………メイ、貴女もその血筋なんだけど?」
「はははー御冗談を。私んちは分家も分家。今じゃ、御姉様の家の名に縋ってるだけですから」
別にそんな名声はいらない。いらないのだ。
今の私に必要なのは――そっと、視線を落とす。うん、屋敷に帰ったら折檻ね。
……何よ、バカ。鈍感。イヤらしい。
いいわよ。そっちがそういう態度なら、何かあっても助けてなんかあげな――下から大声。胸騒ぎ。
立ち上がり、近付いて下を見る。学院の内庭が一望。
「な、何かあったんでしょうか?」
「んー……あ、揉め事っぽいですね。うわ、なんかあの人、剣振り回してますよ? 攻撃魔術も使ってるし。あれ、マズイんじゃ……」
「マズイわね。単に人を傷つける目的なら即停学。下手したら退学もあるわ。理由があるなら別――……あの、バカっ」
「せ、先輩?」「御姉様?」
二人が声をかけてきたけれど、それどころじゃない。欄干に手をかける。
剣を抜いた男子生徒が追いかけまわしているのは、小柄な男子生徒。私はあの生徒を知っている。ええ……まだ、よくは知らないかもしれないけど、知っている。こらっ! 相手を挑発するんじゃないわよっ! 怪我したらどうするのっ!
むかむか、と不愉快な気持ちが湧きあがってきた。
……私がいない時に面倒事を起こすなんて、あのバカっ! チビっ!!
「え、え? えええ!?」「お、御姉様、ち、ちょっと!?」
制止も聞かず、一気に空中に身を投げ出す。
取り合えず――帰る前にお説教よ! ジャック・アークライトっ!!!!
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