第3話 大食堂
「ったく。何なんだ、あいつはいったい。ほんとっ、訳わからん!」
「あはは……で、でも、ロードランドさんが君に興味を持ってるのは確かだと思うよ。あんなに、男の子と話してるの初めてみたし」
「……ネイ、それは罠だ」
「罠?」
「そうだ。きっと、後から俺の寝首をかこうとしているに違いないっ! そうじゃなきゃ、唐突に『……カフェテリアに行くなら、特別に私が奢ってあげてもいいわ。美味しいわよ?』なんて言う筈がないっ!!」
ごねるお嬢様を迎えに来た女子の取り巻き達(全員、キラキラしてた。比喩表現じゃなく)に押し付け、逃亡することに成功した、俺とネイは腹を満たすべく、校舎の地下にある大食堂にやって来ている。
ここまでの道行きでネイから聞いた話だと、五学年、千名以上が通うこの学院には、生徒が食事を取れるよう、地下の大食堂と最上階にあるカフェテリアが整備されているんだそうだ。
で……御多分に漏れず、最上階に行けるのは上級貴族のみ。それ以外の生徒は地下の大食堂、という不文律がまかり通っているいるらしい。表向きは『平等』を謳いながら、実態がまるで伴わないなんてことは、何処でも変わらねぇ、ってことなんだろう。
ん、ということは…………やっぱり、罠じゃねぇか!!!!
あ、あぶねー。あのお嬢様、ほんと油断ならねぇ。何せ、俺は由緒正しい貧乏男爵家の三男坊。しかも、今や天文学的な借金を抱え、この身は……うぅ。
「ど、どうしたんだい? 突然、泣き出して……あ! お腹がすいたんだね。ち、ちょっと、待ってて」
「ち、違」
「席だけ取っといて!」
止める間もなく、ネイが人混みに分け入っていく。
昼時で、注文口には多数の飢えた学生が殺到中。あっと言う間に姿が見えなくなった。こいつは、時間がかかりそうだ。
ま~仕方ない。席くらいは確保を――ん?
「だからっ、何もしてないって言ってるでしょっ!」
「黙れっ! 言い逃れをするな。私の財布をすろうとするとは……これだから、平民は嫌なのだ。しかも、貴様のその耳……獣人ではないかっ!」
気の強そうな獣耳の少女に、見るからに『バカ貴族の息子ですけど、何か?』な男が絡んでいる。制服に、金ぴかボタンをあんなに足して意味あるんだろうか。
周囲の生徒達はそれを遠巻きに見てるものの、助けに入ろうとしない。まぁ、厄介事に巻き込まれたくないってのは分からねぇでもない。さーて、空いてる席はっと。お。
「…………あんただって、どーせ貧乏貴族のくせに」
「! き、貴様、今、何と言ったっ!」
「貧乏貴族でしょうがっ! 伯爵以上の出なら、上に行くじゃない。つまり、そういうことでしょ?」
「き、き、貴様ぁぁ……! かつて、戦場で名を馳せた我がジーキス子爵家を愚弄する気かっ!?」
「知らないわよ、そんな家。さ、とっとと、どっかへ行ってくれない? 私、人を待ってるのっ」
「…………獣の分際で、その言いよう。いいだろう、この私――エドモンド・ジーキスが成敗」
「あ~取り込み中、わりぃんだが――そこ、空いてるか?」
かっかしてる男を無視して少女に声をかける。
目をぱちくり。耳をぴこぴこ。
ほ~こいつは、触りたくなるな。でも触らない。ほら、何せ俺ってば紳士だし?
「……空いてるけど」
「そっか。それじゃ、失礼してっと。おお、わりぃわりぃ、続けてくれ」
少女に頭を軽く下げ、男に先を促す。男と少女の間に着席。
ここなら、ネイの奴にも分かりやすいだろう。あ~腹減ったなぁ。
――机に拳が叩きつけられた。
「……貴様、どういうつもりだ? その女を庇う気か?」
「あん? いや、別に」
「ならば、何故、邪魔をするっ!」
「あのさぁ……俺は昼飯を食いに来てる。お前は違うのか? 違うならとっととどっかへ行ってくれ。正直、目障り。あと、飯時に誰かの怒鳴り声なんか聞きたくない。……ただでさえ、辛いことばかりなんだ。少しは俺に平穏を!」
「き、貴様……いいだろう。ならば」
突然、男がハンカチを投げて来た。床に落ちる。あー何してんだか。汚れるだろうに。
足をぶらつかせる。ネイの奴、遅いなー。
「我が名はエドモンド・ジーキス! ジーキス子爵の長子だ! 貴様も名乗れっ!」
「はぁ? ……なぁ、こいつ何を言ってるんだ? もしかして、頭に何か湧いてるのか??」
「さぁ? でも、頭に何か湧いてるのは確かなんんじゃない?」
「なるほど。……早めに、病院へ行った方がいいぜ? ほら、この学院ならきっとすぐに治療法を――」
男が、腰に下げていた鞘から剣を抜き放った。周囲から悲鳴や歓声。
おい、そこ、賭けをはじめんなっ。しかも、俺の人気が全然ないのはどうして「あのチビ、丸腰だぞ」「ちっ……勝負にならなそうだ」「俺は大穴に食券10枚だ」「やめとけやめとけ」……チビ、と言った奴、覚えとけ。後で殴る。
はぁ……睨みつける。
「なぁ、今時、決闘って……正気かよ?」
「貴族に無礼を働いたのだっ! 当然、覚悟は持っているだろう!」
「めんどくせぇなぁ……」
ゆっくり、と立ち上がり相対。
少女が慌てた様子で間に入ろうとしてくるが、目で制す。テーブルの上に調味料があることを確認。再度目配せ。微かに――頷く。
「いざ! 貴様、名は!!」
「ジャック、だっ!」
名乗った瞬間、思いっきり胡椒が入った瓶を顔面目掛けてぶん投げる。
「!?」
剣で迎撃。反応速っ!
が、胡椒がぶちまけられ顔面に直撃。目潰しって素敵だよなっ、と。
思いっきり足を払う。けらけら嘲笑う。周囲から大きなどよめき。
「そんじゃな、エドモンド・ジーキス『様』。ああ……そんなざまじゃ、子爵になれそうにねぇから、『様』はいらねぇか」
「き、貴様ぁぁぁ……」
おっとまずい。少女に逃げるよう合図をし、俺も一目散に逃げ出す。
後ろから怒声。
うっせぇ! 剣術も魔術もダメダメなんだよっ!
第一、お前だけ剣持ってるとか……ズルっ子だろうがっ!!
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