第2話 昼休み

「ほげ~……うぅ……ちかれた……なぁ」

「……何よ」


 午前の授業をどうにか乗り越え、疲れきった身体を机に突っ伏させながら、隣のお嬢様を見やる。

 確かに、うちの親父はどうしようもない。何せ侯爵様に多額の借金を、しかも返さない借金をしたのだ。何の申し開きも出来ない。

 だけど、それにしたって……思わず涙が。


「……幾ら、俺が気に喰わないからって、ここまでするかよぉ……そんなに、か弱い貧乏貴族を虐めて楽しいのかよぉ。酷いよぉ。泣いちゃうよぉ。えーん、えーん」

「! そ、そんなつもりじゃ。だ、だって……あんた、私を最初から全然、見てくれもしないから……」

「なんだよぉ。そんなぼそぼそ話されても聞こえねぇよぉ」

「…………」


 無言で俺を見てくる。珍しく自信なさげ。

 あーうー……頭をがりがり掻いて立ち上がり、教室の外へ向かう。

   

「ち、ちょっと、まだ話は終――」


 肩を軽く掴んで、耳元で囁く。

 こうして見ると華奢。こいつも女の子なんだな、と思う。胸は残念だけど。


「(…………今、とてもとても失礼な事を考えていなかったかしら?)」

「(ハハハ。ま、まさかぁ。で、だ――取り合えず、昨日、屋敷内では休戦ってことになっただろ? クラス内でもそうしようぜ。何せ、ほら)」 


 午前中、散々、各授業で悪目立ちし過ぎたせいで、クラスメート達からは好奇の視線。お嬢様や俺に話しかける機会をうかがっている。


「(…………仕方ないわね。寛大な私に感謝なさい。それと)」

「(ん?)」

「(…………あ、あんたを虐めるつもりなんかないから。ただ、学校に慣れるまでは、私と一緒のクラスの方がいいかな、って。だから、その)」


 思わず、顔を見る。

 おー照れてればちゃんと可愛――む! さ、殺気っ!

 右足を退く。振り下ろされるお嬢様の足。しかも、俺に隠れてクラスメート達には見えない角度。あ、暗殺者の足筋。忌々し気に舌打ち。


「(……ちっ)」

「(え、演技!? 今までの、全部演技なんですかっ!!? 俺は何を信じればいいのでっ!?!!)」

「(あんた、失礼なことを考えてると顔に出るのよ。分かりやすくていいわ。ま、追々――ね)」

「(追々、な、何だ? 何なんだっ!?)」


 先程まで少し動揺していた様子は消え失せ、悪魔の笑み。

 ……まだ会って二日だからってのもあるけど、こいつ、掴みようがねぇ。悪い奴のような、とんでもなく悪い奴のような、天使の振りをした魔王見習いのような。

 取り合えず超優秀なのは午前中分かった。下手すると、現時点で教師よりも諸々上かもしれん。

 美形で、超優秀で、侯爵令嬢で、俺よりほんの少し背が高いって……よーし、神様、後でお説教な。

 お嬢様が離れる。


「ま、いいわ。取り合えず、お昼にしましょ」  

「おーそっか。行ってらっしゃいませ」

「バカね。あんたも来るのよ」

「…………あのなぁ」


 前言撤回。超優秀とバカは紙一重なのかもしれん。神様、お説教は延期で。

 目をジッと見て、訴える。昼くらい離れて行動しないとクラスメート達に恰好のネタを提供することになるだろうが?

 すると――何を勘違いしたのか頬を赤らめ、再度右足を狙ってきた。ふ――分かっていれば避けるのは、左足に激痛。


「~~~っ!!!」

「お、女の子の顔を、い、いきなり、み、見つめるんじゃないわよっ。ふんだっ」


 ぷんすか、しながら教室を出て行った。

 ……分からん。ほんとっ、分からん。あいつ、俺との婚約なんか破談にしたいんじゃ?

 首を傾げつつ、左足の回復を待ってると声をかけられた。


「……君、凄いね。あのロードランドさんと対等に会話するなんて」 

「? いや、そうでもないだろ。普通だぞ、あいつ。……性格は良いとは言えねぇが」

「はぁ!?」


 五月蠅い。

 顔をしかめながら、男子生徒に向き直る。

 淡い茶髪の長身。だけど、どう考えても戦闘等々が得意には見えない細さ。眼鏡をかけていて真面目そう。


「君、大丈夫……? ロードランドさん、だよ? 『学院の天使』って呼ばれてる、あの!」

「ぶふっっ!!」


 思わず吹き出しそうになる。が、学院の、て、天使……。

 おっと、いけねぇ。一応、休戦は結んでるんだ。向こう様がクラスメートにそう思われてるなら、話を合わせないと。


「だ、大丈夫かい?」

「あ、ああ。いや~何せ、田舎から出て来たばかりで、世間に疎いんだわ。そっかーお嬢様なのは分かったけど、そっかー、天使…………」

「?」


 身体が震える。だ、ダメだ。耐えろ、耐えるんだ、ジャック。お前なら出来る。取り合えず、屋敷に帰ったら折を見て、からかうとしよう。あ~楽しみだわぁ。


「ふぅ……すまん。あー俺はジャックだ」 

「うん、知ってるよ。面白い挨拶だったね。『諸々事情は言えない。が――実力は絶対的に足りてないのは事実! 虐めないでくれ!』なんて」

「あらかじめ言っとけば、出来なくても少しは大目に見てもらえるだろ? ……隣のお嬢様は許してくれなかったが」

「ロードランドさんがあんなに男子生徒を、甲斐甲斐しく面倒みるなんて初めて見たよっ! いったい、君達はどういう関係」

「待った。の前に――昼飯が食べたい。あ~」

「ネイだよ。貴族じゃないから、ただのネイ」


 にっこりと微笑んできた。

 ――分かる。こいつはいい奴だ。背が俺より高いのは難点だが。

 女の子は全っ然分からんが、実家にいた時、男友達から裏切られたことはなかった。これでも、目にはちょっとした自信が


「それにしても、君――同い年、だよね? ちゃんと食べてるのかい……? いっぱい食べないと大きくなれないよ?」

「よーし、ネイ。表に出ろ。決闘だ」

 

 なお、決闘になる前、何故かまだ廊下にいたお嬢様に俺だけ制圧されました。

 同い年の女子になすすべなくやられるなんて……く、屈辱だ。俺の記憶に永久に残り続けるだろう屈辱だっ。心配そうな声。


「(ねぇ……あんた、ちゃんと食べてるの? 今日の夕食はあんたの好きな物にしてもらうわ。ほら、遠慮なく言いなさい)」


 や、止めてっ、いきなり、素で優しくしないでっ!

 ――その後、お嬢様は取り巻き達が迎えに来るまでの間、俺の好物を『……借金、増やすわよ?』の一言で聞き出し続けた。何なんだ、ほんと。

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