第1章
第1話 魔術学院(改稿済)
「おお~! すっげぇ!! 何だ、この銅像! かっけぇぇぇ」
「…………ちょっと、さっきから五月蠅い。少しは静かにしなさいよ」
広く長い廊下を進みながら、今日、何度目か分からない感嘆を発した俺を、少し先を進む制服姿のお嬢様が睨みつけてくる。いや、だって凄いし。あと、俺は素直なんだよ。何処かの性格がキツクて、背が高いお嬢様と違――すいません、嘘です。ハハハ、からかうなんて、そんなまさかぁ。
――今、俺達がいるのは、帝国魔術学院。
国内に数多ある魔術学院の頂点。
ここに入る為、毎年、国内外から秀才、英才、天才が集い、受かった連中は歓喜の涙を流し、落ちた連中は……まぁその何だ。人生、色々あるって。
にしても――欠伸が出る。
「ふわぁ……ねみぃ。なぁ、こんなに早く来る必要があったのか? まだ、他の生徒、誰も登校してきてないみてぇだし。もっと遅くても」
「馬鹿ね。あんたは、当分うちの屋敷から通うのよ? つまり、それは朝、私と一緒ということ。……そんなのを他の子達に見られるなんて」
「あ~……なる。理解した。そういうことなら、明日から俺は歩きで通うわ。それで万事解決! うんうん。あ、ちゃんと、入り口までは鞄持っていいよな?」
「…………」
無言のまま、お嬢様が歩を再開。心なしか、踏みしめ方がキツクなってる気がするんですが、それは。
……いや、突っ込むまい。
こういう時、下手に声をかけると大概、碌な事にならねぇ。ふ、流石、俺。経験から学ぶ男。……姉貴に散々鍛えられたからなぁ。う、悪寒が。
そうこうしている内に目的地が見えて来た。『教員室』。
お嬢様が立ち止まり、手を軽く振った。そして、何も言わないまま立ち去って行く。一応、背中に声をかける。
「あんがとよー」
「…………」
返答無し。昨日、今日だけで余程、嫌われたらしい。よしよし。順調に破談へ前進中。
つーか、借金どうやって返すかなぁ。
提示された執事の給金額はとんでもなかったけど、金利も払いきれんし……学生って仕事していいのか?
つらつらと考えながら、教員室へ。
「失礼しま――……」
「あら? どなたぁ?」
椅子に座っている若い女性教員と目が合った。耳が長い。どうやら兎族らしい。
――うん、分かってる。いきなり、女の人の外見を評するのは駄目な男のすることだ。俺はその点、紳士中の紳士。
だけどまぁ一言だけ。
――——でけぇ。
いや、ほんと、でけぇ。都会って何なの? 飯の問題?? それとも、魔術的な何かか??
女性教員が沈黙した俺を不思議そうに見ている。
「あ~すいません。何か、今日から転入することになった、ジャック・アークライトです。教員室に行くよう言われてきたんですけど」
「ああ~! うふふ、君がそうだったんですねぇ。侯爵様から、うかがってますよぉ。今日から一緒に頑張りましょうねぇ。私、担任のセラです」
立ち上がり、ぴょんぴょんその場で跳ねるセラ先生。
こ、こいつは思った以上に強敵だぜ……。
突然、扉が開いた。
「……失礼します。おはようございます、先生。転入生を迎えに来ました」
「おはようございますぅ。あらぁ? エミリアさん、私、頼みましたったけぇ?」
「頼まれました。さ、行きましょう。では、先生」
「あ、は~い。では、また後で~」
ニコニコ顔で手を振ってくれるセラ先生。俺も手を振り返す。
ふぅ……強敵だった――廊下に出た瞬間、音もなく足を踏み抜かれる。激痛。
「~~~!?!!」
「…………イヤらしい。どうして、男ってそうなのかしら。戻ってきて良かったわ。流石に初日から、毒牙にかかるのは見過ごせないもの。貴方は私の執事なんですよ? 自分を律してなさいっ!」
「お、お前なぁ……す、少しは加減ってものをだなぁ……だ、第一、お、俺は別に」
「三人」
「?」
「今年に入って、セラ先生に襲い掛かった挙句、退学になった男子生徒の数よ。私が気付いて戻って来なかったら、四人になってたんじゃない?」
「……マジかよ。まだ、今年って始まったばかりなんですが?」
「本当よ。あ、言っとくけど、先生はとってもいい方。熱心だし、優秀だし。私達、特進クラスを教えるだけの実力を」
「――待った」
お嬢様の御高説を止め、額に手をやる。
……今、こいつ何て言った?
「あ~……エミリア・ロードランドさん? つかぬことをうかがうんですが」
「あんたも特進クラスよ」
「何故にっ!? 俺、剣術も駄目だし、魔術も駄目なんだぞっ! うちの領地には、初級学校しかなかったんだよっ!!!」
「へ~それは大変ね。ま、今日から頑張れば?」
「い、今からでも遅くない、一番レベルの低いクラスに変更を」
「あ、お父様からの伝言を忘れてたわ」
「…………待て。待った。お、お待ちを。少し心を整え」
「『特進クラスを維持している限り、利子は免除しよう。何、そう難しい事ではあるまい。君のお爺様はずっと特進の上位だったそうだしな』。うん、やっぱり頑張んなさいよ。勿論、私はいっっさい、手伝わないから」
昨日、今日見た中で一番の笑顔。
……あ、悪魔め。無駄に可愛いのがまたムカつく。
まーどうにかする他ねぇか。
あの額の利子……うん、死ぬ。いや、死んでも返せないし。
話が出来る奴と友人になって、それで――。
※※※
「(…………なぁ)」
「(…………何よ)」
「(……何で、こんな事になってんだ? 席が空いてるのは分かってたろうが?)」
「(う、五月蠅いっ! わ、私だって……その、う、うっかりすることくらいあるわよっ!)」
「(ちっ……つかえねぇ、お嬢様め)」
「(……何ですってぇぇ。こ、この借金執事のくせにっ!)」
「は~い。エミリアさんとジャック君、もう、仲良しになってるのはいいことですけどぉ、静かにしてくださいねぇ」
「「仲良しじゃ――……」」
教壇上からセラ先生の不本意な指摘を受け、同時に叫びつつ立ち上がるも、好奇の視線の前に尻すぼみ。クラス中の注目が集中。笑い声。うぅ……な、なんつー辱め。
隣の席に座るお嬢様から鋭い視線と、死角からの足蹴り。同罪だろうがっ!
「うふふ~♪ 仲良しさんですねぇ~。エミリアさんのお隣が空いてて良かったですぅ。今日はまだ、ジャック君の教科書がないので~この講義後も見せてあげてくださいねぇ」
「―――—分かりました。今日だけ、ですね」
こ、こいつ、自分の体面を優先しやがったなっ!?
その後、午前中の間ずっと俺はお嬢様と教科書を見る羽目に陥った(当然、延々と分からない問題で虐められた)。
取り合えずこれだけは言いたい。
神様……早く田舎に帰りたいですっ! お願いします、何でもしますからっ!!
とりあえず、執事の仕事、覚えねぇとなぁ……。
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