第28話 登校前

 翌朝、朝食を食べ終え制服に着替えた俺は、姿見に自分を映していた。うし、問題無し。

 にしても、毎回思うんだが……この姿見、大きくね? こんなに大きくなくてもいいんじゃね? 背伸びをしてみる。う~ん。


「う~ん、う~ん。高い、よぉ」「わぁぁぁ。制服、可愛いです」

「! リ、リリア、ル、ルリア、どした?」

「ジャック、ジャック、今日は何時に帰ってくるの??」

「えとえと、本を読んでほしいんです」

「ん~午後の授業終わり次第」 

「ジャックは放課後、私と一緒にお勉強をしないといけないの。帰って来るのは夜になるわ」

「へっ?」

「「え~」」


 やって来た双子が不服気に声をあげた。

 やって来たお嬢様に目で尋ねる。勉強なんて、聞いてねーぞ?

 ギロリ、と睨まれる。

 ……そう言えば、そうだったかもしれねぇなぁ。うん、確かにそうだ。

 両腕を双子が引っ張る。


「ねーねー、すぐに帰って来てよぉ」

「ダ、ダメでしょうか?」

「あーうー――……そうだな、早めに」

「駄目。いい、二人共? ジャックは勉強も出来ないし、魔法も上手じゃないの。だから、一生懸命、勉強したり、練習しないといけないの。……じゃないと」

「「じゃないと?」」

「すぐに、田舎へ帰るようになってしまうかもね」

「「! やー!!!!!」」

「なら、ちゃんとお留守番出来るわよね?」

「うん! 待ってる」「お、お勉強頑張ってください」


 ……別に泣いてないですよ?  

 お嬢様は腰に手をやり満足気。そして、俺を見ると、あたふた、と慌て始めた。


「ち、ちょっと、どうしたのよ? ど、何処か痛いの??」

「…………」

「あ……」


 問いかけに応えず、俺は双子を抱きしめた。

 一瞬、驚いた双子だったが、すぐに、きゃっきゃっ、と抱き着いて来る。ぎゅー。はぁ癒され――殺気!

 双子を抱きしめつつ前方へ。床に衝撃。こ、焦げてるんですが!?


「……ふんだっ! ほら、行くわよ。遅刻、する、でしょうぅぅ。離しなさいぃぃ」

「いーやーだー。……今日は、歩いて行く」

「はぁ!? 朝から我が儘言ってんじゃないわよっ」 

「……どーせ、俺は勉強も出来ねーし、魔法も下手だよっ。エミリア・ロードランド様と一緒に登校するような男じゃねーし!」

「なっ……あ、あんた――……むふ」


 お嬢様が変な声を出した。目はニヤニヤ。ま、まずい。双子を離し、後退。

 すると、一歩近付いて来た。一歩下がる。二歩近付いて来た。二歩下がる。

 ――遂には、壁際まで追い詰められる。

 両手が突き出され、壁に押し付けられる。どん、という音。

 さっきまで天使だった双子が小悪魔の表情になり、俺の様子を楽しそうに眺めている。ル、ルリアもかよっ!

 目の前には、お嬢様の整った顔。くっ……どう、足掻いてもこいつ、俺よりも背が高ぇ。あと、いい匂いがする。

 更に顔が近付く。心底、楽しそうに尋ねてくる。


「気にしてない、って何時もは自分から言ってるのに――私に言われるのがそんなにイヤだったの?」

「ちちちげーよっ。じ、自意識過剰なんじゃねーの」

「嘘」

「嘘じゃねー」

「うーそ♪ ふふ、大丈夫よ、心配しなくても。私が全部全部、面倒みてあげるから! 大舟に乗ったつもりでいなさい」

「っぐ……だ、だから、違うってのに……」

「はいはい♪」


 駄目だ。不利過ぎる。

 あからさまに話題を変更する。


「あーあーそろそろ、行かねぇと本当に遅刻するんじゃね?」

「そうね。はい」 

「……何だよ、その手は?」

「はい♪」 

「お、置かねぇぞ。絶対に置かねぇからなっ!」

「あら? 抱き抱える方が」 

「わ、わーい。手を置こうかなー」

「……ちっ」


 エミリアの差し出した手に、俺の手を置いたら、舌打ち。おい、止めろ。双子に悪影響が出んだろうが。

 お嬢様は、わざとらしく溜め息を吐き、首を振ると、優しく握りしめてきた。目が要求。

 ……分かったってっの。

 渋々、俺からも握る。


「むふふ~♪」 

「……変な声、出すなよ。リリア、ルリア、それじゃな」

「うん! 行ってらっしゃーい」「ま、待ってます」 


 上機嫌なお嬢様と一緒に歩き出す。

 すると、双子達が駆け出し、俺達を追い抜いた。……嫌な予感がしやがる。

 次の瞬間、突風。


「きゃっ!」 

「!?」

「にしし♪ 大成功☆」「わぁぁ……姉様、大人の履かれてます」


 小悪魔達の悪戯が発動。制服のスカートが舞い上がる。

 …………俺は何も見てない。そう、見てないのだ。

 お嬢様は慌てて押さえつけ、逃走する双子を捕獲するより先に、俺を再び壁に押し付けた。顔を伏せ、呟く。


「…………見た?」 

「見ておりません! サー!!」

「……本当に?」

「本当であります! サー!!」

「――ふ~ん」


 疑う視線。

 無心だ。無心になるのだ、ジャック。

 命が惜しくば、邪念を捨てよ。捨てるのだ!


「まぁ、いいわ。ほら、行きましょ」

「お、おぅ」


 助かった!

 偉いぞ、俺! よく、耐えた。やれば出来るじゃねーか!!

 お嬢様が呟いた。


「そう言えば」 

「ん?」

「―—黒が好きなの?」

「はぁ? 白かった――……あ」

「…………うふ♪」 

「ま、待った! 待ってくれっ!! 流石に、目を逸らすのにも限度ってもんがあるだろ!?」

「遺言は、それだけかしら?」 

「…………少し、派手じゃね?」

「こ、これは……だ、だって、あ、あんたが子供っぽいって言うから、御母様と一緒に選……ふふ……ふふふ……死になさい♪」


 お嬢様が足を上げる。うん、やっぱ、派手じゃね?

 ――次、気付いた時にはもう馬車の中だった。若干、頭が痛い。

 頭に柔らかくて温かいものがあたっている。髪を弄る細い指。


「……まったくもう。もうったらもう。あ、ああいう話は、も、もっと大人になってから、ベ、ベッドの上とかでするべきでしょ? と、取り合えず、今度は清楚系で――」


 うん、俺は何も聞いていない。聞いてないったらない。

 二度目の踵落としは御免被る!

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