第29話 学院生活
「ふひぃ……」
午前中の授業を終えた俺は深い深い溜め息を吐き、机に突っ伏した。
この学院に強制転校させられて早数か月。辛うじてついて行ってはいるものの、未だに細部は苦戦中。
つーか、おかしいんだって。余りにも難し過ぎじゃね? と思ってムギの習ってる範囲を見せてもらったら……幾ら何でもレベル差を付け過ぎ。あいつだって、ネイにたぶらか――こほん。一生懸命、勉強して上のクラスに上がってきてるのに、この差は……。
なので、何度かセラ先生に訴えようとした。当然の権利だ。俺にだって、自由意志はある。
……が、未だに達成されていない。何処かのお嬢様に妨害されているからだ。
「何してるんですか? お昼です。行きますよ」
「……今日は、下の食堂でネイ達と食べる」
「駄目です。二人の逢瀬を邪魔するものではありません。それとも、貴方はそんな無粋なことをされて、是とすると?」
「っぐ! な、なら、購買でパンでも買って」
「ジャック……貴方、この前、私が止めるのも聞かずにそれを実行してどうなったか、もう忘れたんですか? 人混みに流されたからと言って、学内で迷子になった挙句、校内放送で迷子の御報せをされたのは何処の誰でしたったけ?」
「…………」
腕は治っているのに、そのまんまの机の上を整理し終えたエミリアから、ぷいっ、と顔を背ける。
背中に感じるお嬢様の視線。明らかに笑っていやがるなっ!
あ、あれは、しょうがなかったんだ。気付いた時には、まだ行ったことがない、校舎で道を尋ねたら、そいつらが校内放送の係で――うぅぅぅぅ……。
はぁ、溜め息を吐き、足音。お……諦めたか。
「ジャック、おいで」
「!」
思わず条件反射で振り返ってしまった。
入口で、ニヤニヤ、笑うお嬢様。ふ、不覚……。
周囲を見渡すと、何故か親指を突き出している女子のクラスメート達と、しっしっ、と言わんばかりに手を振る野郎共。おい、そこ。剣を研ぐんじゃねぇ。
……ここに、俺の味方はいねぇようだ。
仕方なく立ち上がり、入口へ。
腰に手をやり御嬢様は詰問口調。
「遅いです」
「…………」
「む、何ですか? その目は??」
「…………」
「ふ、ふん。そうやって、無言の圧力を加えれば私が折れると思っていますね? 残念でした。そういうのが効くのは精々十回までです。もう効きません」
「…………」
「き、効かないんですっ」
「…………」
「だ、だから」
「…………」
「うぅ~」
ぽかぽか、とお嬢様が殴ってきた。ふ、勝った。
―—生暖かい視線。
見ると、女子連中がこれ見よがしに、両手を掲げたり、頬を真っ赤にして唇を押さえたりしていた。何だよ。
野郎共は……まぁ、いいや。代わるかー? 結構、こいつの相手するのつれーぞ? あと、剣に魔法を付与するな。ガチじゃねーか。
「う~」
「あー分かった、分かった。俺が悪かったって」
「なら、手!」
「えー」
「手!!」
「はいはい」
差し出してきたので、俺の手を置く。
すると、満面の笑みになり握られた。こいつ……最近、学内でも恥じらいがなくなってきてやがるような。
「むふふ♪ ジャックもようやく、おいでとお手を覚えましたね。次は――ばん!」
「?」
「ばん! ほら、銃で撃たれたんですよ? 倒れてください」
「……知らん。ほれ、行くぞ」
「あ、も、もう。仕方ないですね……」
強引に手を引いて廊下へ出る。女子連中が又しても親指を立てているのが見えた。楽しみ過ぎだろうが。
お嬢様は、さっきからぶつぶつ、呟いている。「と、時々、男の子になるのは反則です。違反です。……えへへ」。小声過ぎて聞こえねぇが、不機嫌ではなさそうだ。放っておこう。
「そう言えばよー」
「は、はい! 何ですか?」
「腕は治ったんだし、机を離してもいいんじゃね?」
「? そしたら、ノートは誰が書くんですか?」
「今でも、俺が書いてるだろうが。お前、端っこに謎なわんこの絵を書いてるだけじゃねーか」
「失礼ですね。ようやく、引き離されていた子と再会出来た場面なんですよ?」
「長かったなぁ……。つーか、何であのわんこは御主人様の為に、魔王まで倒してるんだ? 勇者を差し置いて」
「そんなの当然です。御主人様の為ならば、神だろうが、魔王だろうが、勇者にだって勝って見せる。それがわんことしての最低限の義務なんですからね。ねっ!」
「俺を見て言うなっ。また誤解が広がるっ」
ここ最近、学内では妙な噂が流れてやがるのだ。
曰く『ジャック・アークライトはエミリア・ロードランドに、飼われている』。
曰く『ジャック・アークライトは雷が苦手で、鳴る度、エミリア・ロードランドに引っ付いている』。
曰く『ジャック・アークライトは、お化けや怖い話も苦手で、聞いたり、読んでしまった夜は、エミリア・ロードランドに抱きしめられて寝ている』
……おいおい、ちょっと待ってくれ。
流石の温厚な俺でも、こんな根も葉もない噂を聞いた日にゃ――外から雷鳴。
「ひゃんっ」
「あーら、可愛い悲鳴。大丈夫ですよぉ。私が傍にいますから♪」
「そそそそそう言いながら、おおおお俺を窓側へ近付かせようとするのは、どどどどうしてだよっ」
「え? 可愛く悲鳴をあげるジャックは愛らしいので、つい」
「ついじゃ」
再度、雷鳴。もう、声も出ず俺は腕に抱き着く。
し、しまっ。
恐る恐る見やると……うわぁ……。
「むふ。むふふ。むっふっふっふ♪」
「ち、違う。こ、これは違っ」
「なら、離れても?」
「そ、それはその……ダ、ダメ」
「仕方ないですぇ。えい」
「お、おい」
エミリアも俺の腕を抱きしめてきた。
くぅ……悔しいが、安心感が違うぜ……。 周囲の学生達はひそひそ話をしながら通り過ぎていく。
が、上機嫌のお嬢様はそんなことも気にしない。
「さ、行きましょう。カフェテリアまで行ったら防音魔法を使ってあげますから☆」
「そ、それを今、ここで、使わない理由!」
「え? そ、そんなの……言える筈ないじゃないですか。バカですね。仕方ないので、音を増幅させる魔法を」
「私はエミリアお嬢様の忠実なる下僕でございます」
「よろしい」
―—カフェテリアでも、防音魔法を使ってくれなかった。
しかも、わざと怖い話まで……俺が今晩、一人で寝れなかったら、お前のせいだからなっ!!!
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