第27話 侯爵夫人

「ジャック、ジャック!」

「あん? どした、リリア?」

「えっとねぇ……んしょ」

「お、おい?」

「ふっふ~ん♪」


 赤リボンを付けた双子の片割れが、ソファに座っていた俺の足をよじ登り、着席。俺は椅子じゃねーんだが。まぁ、ご機嫌だからいっか。

 今日もまた、俺は子守りを仰せつかっていた。

 お嬢様は不在。また、侯爵夫人と買い物らしい。

 ……昨日、あれ程買っててなお足りねぇって。侯爵家の財布は化け物かっ!?

 しかも『何、買ったんだー?』と尋ねたら、見る見る内に赤面。

 ブルブル、と震えた後『……今に見てなさいよ』と呟いた挙句、足を踏み抜かれそうになった。解せぬ。


「も、戻りました。…………」 


 青リボンをした幼女――ルリアが戻ってきた。手には大きな本を抱えている。

 俺に座る姉を見つめ、少し頬を膨らました。素直に愛らしい。

 リリアは姿勢を入れ替え俺に抱き着く。


「えへへ♪ ジャック、ジャック~今日も一緒に寝ていいー?」

「ん? 別に構わねーけど……お嬢様に説明してくれよ?」 

「…………わ、私も」


 近付いてきたルリアが俺の左袖を引いた。

 瞳は不安気に潤んでいる。

 手を伸ばし頭に置き、乱暴に撫で回す。


「あぅぅぅぅぅ」

「んな所で、仲間外れにはしねーよ。リリア、降りろ」

「やっ!」

「ほぉ……ふむ。なぁ、ルリア」

「?」

「リリアはこういう風に言うんだけどな……これって子供っぽいと思わないか?」

「!」

「……思います。わ、私だったら、い、言いません」

「!!」

「そうだよなぁ。ルリアはリリアよりいい子だもんなぁ。よしよし」

「……えへへ♪」

「お、降りる! すぐ降りるっ! ほ、ほらっ!」


 リリアが飛び降りた。

 すると、すぐさまルリアが、お澄まし顔を浮かべながら、左足にちょこん、と座った。優しく撫でてやると笑顔。天使だ。

 ぽかーん、としていたリリアが、叫んだ!


「あー!!!! ル、ルリア、子供っぽいっ! お、降りた方がいいよ?」 

「……私は子供ですから」

「! ジ、ジャックぅ」

「もう、意地悪言わないか?」

「う、うん!」

「ならよし」

「♪」


 すぐさま、リリアが右足に座る。足をばたばたすんなー。

 ふっ……子守りが板について来たな。自分の才能が怖いぜ。


「――何を笑ってるんですか? 幾ら笑ったところで、魅力値は下がる一方ですよ?」

「! お、おぅ……お、おかえりなさいませ、お嬢様」

「ただいま戻りました。リリア、ルリア、降りなさい。はしたないですよ? 子供じゃないんですから」

「えーだってぇ。私達は」「子供です」

「い・い・か・ら! ……御母様が呼んでましたよ?」

「「! はーい」」


 双子はその言葉を聞いた途端、風のように去って行った。

 それを確認し、お嬢様が俺に微笑みかける。本能が大警報を発令。

 ここは、東の国の諺だかに書いてあった策。『三十六計逃げるに如かず』を試す時!

 自然を装い立ち上がろうと――隣にエミリアが着席。見え、なかった、だと⁉


「…………随分と、妹達に懐かれたみたいね。まだ、会ってほんの少しなのに」

「あー……田舎じゃ、ガキのお守りは散々やってたしな」

「ふ~ん。ま、それだけじゃないだろうけど。精神年齢が近いからじゃない?」

「おまっ! そ、それは流石に」

「……ニヤニヤしてた」

「あん?」

「リリアとルリアを膝に乗せて、貴方はニヤニヤしてたっ!」

「はぁ?」


 何を言ってやがるんだ、こいつは?

 相手は幼女。しかも、半分位は天使じゃねーか。もう半分は小悪魔だけど。

 けれど、お嬢様の目は真剣そのもの。

 頬を掻く。


「いやだから、あいつ等はお前の妹で、しかも幼女だぞ? あれ位の子が笑ってたら、何となく嬉しくなるだろ?」

「…………私だってまだそんなことしてないのに」

「? 小声過ぎて聞こえねーぞ??」

「! と、とにかく! あの子達の教育にも良くないから、以後全面禁止! 分かった? 分かったら返事! はい、手!!」

「……いや、それは流石に」

「手!!」

「あー」


「――エミリア、我が儘を言うんじゃないの」


「! お、お母様……」


 双子を引き連れてやって来たのは長身の美女だった。

 多分、緊張した様子で直立不動してるお嬢様も、将来はこんな感じになるのかもな。

 名前はダリアさん。ダリア・ロードランド侯爵夫人だ。

 ……なんつーか、背筋がゾワゾワする。

 いや、悪い人じゃないのは分かる。分かるんだが。

 とりあえず、立ち上がって目礼する。


「ああ、止めてちょうだい。他人行儀だわ。楽にしてちょうだい。リリア、ルリア。ジャックちゃんにこれからも遊んでもらいなさい」

「「は~い♪」」「お、お母様!」

「ごめんなさいね。娘が我が儘ばかり言って……でも、許してちょうだい。この子、ジャックちゃんのことを独占」

「おおお、お母様っ!!!! も、もういいですからっ!」

「うふふ♪ でも、本当に」

「! なぁぁぁぁ!!!」


 気付いた時には抱きしめられていた。う、埋もれる……。

 だけど、安心するぜ……。


「あ~んなに、小っちゃくて可愛らしかった男の子が、ちゃんと男の子になって。うふふ♪ ジャックちゃん、もしもエミリアが嫌だったら、リリアかルリアのどちらかでもいいわよ?」

「お・か・あ・さ・ま!!!!!!!」


 部屋に響き渡る大絶叫。

 強引に引き離されて、抱きしめられる。

 …………いや、あのな。俺だって健全な男なわけなんですよ、これが。


「ジャックは私のなんですっ!!!! リリアとルリアだろうと、誰だろうと、あげるつもりは――……うぅぅぅぅぅ」

「女の子は素直が一番よ☆」

「「素直がいちばーん☆」」

「「…………」」


 腕の中で視線を合わせ、即座に外す。二人して林檎みてー。

 ――その後、きゃっきゃっ、と双子がはやし立て、ダリアさんがそれを煽ること暫し。

 結果、精神をごりごり削られた俺とお嬢様が二人して寝てしまったのは仕方ないことだ。そう――だから気付いた時には、人形の如く抱きしめられていたのも仕方ないことなのだ。

 ……背を伸ばす魔法とか、ねーのかな。

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