第3章
第26話 子守り
「……撒いた、か。ふぅ」
俺は、屋敷の片隅で息を吐いた。
……ったく。あいつ等の体力は無限大かよ。
さて、どーすっかなぁ。
今後の方針を考えていると、幼女の声。
「あ~! いたぁぁぁ! ルリア、ルリア、ジャックいたよぉ!」
「リ、リリア、待ってよぉ」
短い栗色の髪をした幼女達が駆け寄って来る。二人共、同じ容姿。
うげっ。もう見つかったか。
だが、しかし! この距離なら逃げ切ることは容易い!!
あん? 大人気ない??
俺は、兎を狩るにも全力を尽くす獅子だからして。
「ひゃん」
「!」
「あ、ルリア!」
後ろを走っていた青色のリボンを付けた幼女が転んだ。目には大粒の涙。
ああ、もう仕方ねぇなぁ。
頭を掻きつつ近寄っていき――背を向け走り出す。
転んだと思ったルリアの身体は空中に浮かんでいた。罠だ。涙も水魔法で水滴を作ってやがる。
き、汚い。汚すぎる。流石はあいつの妹達だぜ。可愛い顔をして、やることがえげつない。
赤色リボンをつけた幼女がむくれる。
「む~!」
「バ、バレちゃった!」
もう少しで階段だ。ここを逃げ切れば……その時、幼女達が声を合わせて叫んだ。
「「ジャック! 待てっ!!」」
「!」
思わず、身体が急停止。しまっ。
凄い勢いで双子が背中に抱き着いてきた。器用によじ登ってくる。幼児特有のミルクの匂い。
「私達の」「か、勝ちですっ」
「うぐぐぐ……」
「さー、ジャック」「内庭へごー、ですっ」
「…………お嬢様方の仰せのままに」
ガクリ、と項垂れ歩き出す。
――はぁ、何でこんなことに。
※※※
「……はっ? 子守り、ですか?? 俺が??」
「うむ」
週末の朝、侯爵に呼ばれた俺は面食らっていた。
部屋にいたのは、侯爵と見慣れぬ幼女が二人。歳は6~7歳だろう。顔もそっくりなので双子なのかもしれない。
一人は、興味津々で俺を見つめ、もう一人は机に影に隠れながら様子をうかがっている。
……ん~この顔、どっかで。
「この子達は――名前を言ってごらん」
「リリア・ロードランドです!」「ル、ルリア・ロードランド、です」
「と、いう訳だ。先程、妻と一緒に我が侯爵領より戻ってね」
「……なるほど。でもそれなら、肉親である姉に任せた方が良いのでは?」
「ジャック君、分かってて言うのは反則ではないかね? おや、こんな所に借金の契約書が」
深々と頭を下げる。こ、これ以上、金利が上がったら死ぬ。
あと……『いっそ金利分で、買うのもありね』とか、この前呟いてた某お嬢様の計画が実行されちまうっ。人を商品みたいに買おうとしないでっ。
――エミリア・ロードランドは朝からいない。
何でも、母親と一緒に買い物(※強制)へ出かけたんだそうだ。
便箋十数枚にも及ぶ手紙を渡された時は、正直ぶるった。『私がいない間、いい子にしてることっ! 浮気は厳禁!!』ってなんだよ。
「君なら、そう言ってくれると思っていた。リリア、ルリア、今日はこのお兄さんに遊んでもらいなさい。名前は知っているね? あのジャック君だ」
「「! は~い♪」」
あの、って……不吉な予感しかしねぇ。
なお、予感は事実だった。
※※※
「ジャック、ジャック、次はこれ。これが食べたいぃ」
「ほいよ。あ~ん」
「あ~ん」
左膝に座る赤リボンの幼女、リリアの口にクッキーを運ぶ。身体を左右に動かす。美味いらしい。こーら、足を動かすな。
「…………」
「ん? ほれ」
「え、え、あ、あの」
「あ~ん」
「あ、あ~ん」
右膝に座っている青リボンの幼女、ルリアが羨ましそうにしていたのでクッキー食べさせてやる。リリアと同じく、身体を左右に。足もぶらぶら。双子って、田舎の村にはいなかったけど、こんななのな。性格は違うけど仕草は似てる。
ルリアの頭を撫でる。柔らかく細い髪だ。すげーさらさら。
「ひゃぅ」「む」
「お、悪い。嫌だったか?」
「い、嫌じゃないです」
「ジャック、ジャック、私も。私も~」
「へーへー」
双子を頭を撫でる。何が嬉しいのか、きゃっきゃっ、と笑う。
よく笑うもんだ。
まーでも、あいつの妹か……。
神様、どうかこの子達が、あいつのようになりませんように。
このまま天使――いいや、ダメだ。この歳で、嘘泣きやら罠を覚えてるのは、いかんだろっ。
ここは一つ、俺が。
「ジャック、ジャック!」
「ん? 何だ、降りるか??」
「降りない! あのね、あのね――エミリア姉様とは何時、結婚するの??」
「ぶほっ!」
「ひゃっ」
「あージャック、ばっちい!」
それを見てリリアはけらけら悪い、ルリアは心配そう。
…………落ち着け。幼女の言葉に惑わされてどうするんだ、俺。
笑みを浮かべつつリリアをたしなめる。
「俺とエミリアは、結婚しないと思うぞ?」
「えーうそだー」
「本当だって」
「んー? ルリア、エミリア姉様のお手紙には、書いてあったよね??」
「えっと、えっと、結婚するとは書いてなかったかも。ただ、とっても仲良しなんだなって♪」
「……まぁ、仲が悪いわけじゃねぇかもな」
「「ふ~ん♪」」
間違いない、こいつらあいつの妹だわ。
乱暴に頭を撫で回す。再度、きゃっきゃっ、と笑う声。
ま、偶には悪くないわな。ここ最近は、ずっとあいつが一緒だったし。
クッキーが左右から差し出された。あん?
「ジャック」「あ、あーん」
「おー」
パクつく。おーこれまたうめぇ。ほんと、ここに来て舌が肥えた気がする。いやまぁ、田舎の野菜や魚も美味かったんだが、菓子類自体が乏しかったし。
双子は、俺の様子を見て楽しくなったのか、再度、クッキーを差し出してきた。
「「あーん♪」」
ほいほい。食べようとした瞬間――殺気!
慌てて双子を抱きかかえ跳躍。椅子の影に隠れると、魔力の短剣が椅子に突き刺さった。
「……ちっ」
「お、おま、今のはちょっと洒落にならねぇぞっ!?」
「はぁ!?」
「うぇぇぇ……俺がキレられる場面かよ……」
内庭の入り口付近に立っていたのは、肩で息をしているお嬢様だった。物凄く怒ってらっしゃる。何故に。
それを見た、双子は顔を見合わせ、にんまり。……い、いけねぇ。小悪魔の笑みだ。
降ろそうとすると、ぎゅっ、と抱き着いてくる。
「えへへ~♪ ジャック、もっと遊ぼ~」「ジ、ジャック兄様、ダメですか?」
「あー」
「ダメっ! リリア、ルリア! ジャックは私のなのっ。もう、決まってるいるの。分かった? 分かったら、離れる! 今すぐにっ!」
「はーい」「は、はい」
素直に双子が手を離し、地面に降りる。
おお、素直だ。これが、姉との違いか……。
近寄ってきた、エミリアがジト目。
お互い、何となく無言。
――突風が吹いた。白いスカートが巻き上がる。
「!」
「きゃっ!」
慌ててお嬢様がスカートを押さえた。……ナニモミテマセンヨ?
風を起こした、小悪魔達は既に逃走を開始している。
エミリアは顔を真っ赤にし、睨んできた。
「……何です?」
「あーその、だな」
「はっきり言えばいいじゃないですか」
「…………思っていたより少々、子供っぽ――ま、待てっ! 待てってっ!」
「死になさい♪」
――この後の記憶はなし。
起きたら自分の部屋で右隣にはエミリア。左隣には双子が寝てた。……寝顔はほんと、天使なんだがなぁ。
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