第7話 かくれんぼ

 姉貴が、俺を思いっきり抱きしめながら叫ぶ。


「出たわねっ、泥棒猫っ! お呼びじゃないのよっ!! 私は、今、世界で一番可愛い弟との再会中なのっ!!! しっしっ。あんたは、他の男でも見繕ってなさいっ!!!! ジャックもそう言っているわっ!!!!!」


 い、言ってねぇぇぇ! 断じて、言ってねぇぇぇ!!

 対して――エミリアはわなわなと身体を震わせ、髪の毛を魔力で逆立たせた。


「なっ!? ど、泥棒猫、わ、私が!?!! ……ふ、ふん。な、何を言うかと思えば。語るに落ちましたねっ! 何度でも言います。ジャックはわ・た・しの婚約者兼執事なんですっ! 貴女のじゃありません。さ、彼を返していただけますか? 色々な方に御挨拶しないといけないので。御義姉様?」

「私に、義妹は、いないわよっ!!!」


 魔力と魔力がぶつかり合い、空気が震え、地面が震える。い、いけねぇっ!

 どうにか、顔を動かし訴える。


「あ、姉貴っ! こ、ここで、暴れるのは、ま、まず、わぷっ」


 再び思いっきり、姉貴に抱きしめられる。


「ジャック! はぁぁぁ~ジャック!! そんな顔でお姉ちゃんを見ちゃダメっ!!! 抱きしめたくなっちゃうからっ!!!!」

「も、もう、抱きしめてる」

「なら、もう一度、抱きしめるね♪」

「~~~~~!!」

「…………うふ★」


 エミリアの呟きが聞こえ、同時に凄まじい魔力の鼓動。

 周囲の人々が騒ぎ出すのも聞こえる。

 ま、まじぃ。こ、ここで目立つのは、目立つのだけは、本気でまじぃぃぃ!!!

 お嬢様が笑いながら、言う。


「ふふ……セティさん。ここでお会いしたのも運命です。決着をつけましょうか? ジャックは、私の、なんですっ!!!」

「はんっ! 小娘が。お呼びじゃないのよっ!! 世界はお姉ちゃんを渇望しているの。あんたみたいな『御嬢様』じゃないのよっ!!!」


 姉貴が左腕で俺を抱えながら、右手を動かし、魔法を並べ始める。

 見ればエミリアもほぼ同数の風魔法を並べている。

 ちらり、とやや遠方へ視線を向けると――


「! ♪」


 二人の皇女殿下に隠れた少女と視線が合い、手を小さく振り、背中に隠れた。

 お、おおぅ……完全にバレてーら。

 そんな少女に気づいた皇女殿下達が振り向き、何やら話しかけ――此方を見た。上品に口元の手を押さえ、笑っている。

 俺の直感が『避けられぬ大嵐が来るぞ。来るぞ。来るぞぉぉぉ』。

 ……に、逃げねば。

 や、約束は守るにせよ、ここで、エミリアとあの美少女を遭遇させれば……い、命が危うい! あと、借金の桁が、桁が増えちゃうっ!!

 未だ威嚇し合っている二人を、震えながらも止める。


「あ、姉貴、エ、エミリア、こ、こんな所で、さ、騒ぐのは、駄目だって……その、思うんだけど……」

「「…………」」


 二人は俺を見て――何故か頬を染め、魔法を消した。

 俺そっちのけで頷き合う。


「うん……こういうジャックもありですね。取り合えず、そろそろジャックを離してください。ここは私が譲ります。交代制にしましょう」

「その意見には同意するわ。違うでしょう? 私がエミリア・ロードランドに譲るのよ。ジャック、嫌だったらすぐに戻ってきていいからね?」

「…………」


 俺に発言権がない……。

 姉貴が離してくれた瞬間、エミリアに手を掴まれ、傍へ。

 小言を呟かれる。


「……バカ。貴方は私の婚約者兼執事なのよ? 常に私のことを最優先にしないとダメでしょう?」

「あ、姉貴には勝てねぇって。ほ、ほら? さ、騒ぎを起こすと目立つだろ?? そしたら、侯爵家にもあらぬ悪評がだな……」


 そう言いつつ、俺よりも背の高いお嬢様に後ろに回り込む。

 姉貴も傍に寄って来た。長身なので、ほぼ完全に俺の身体が隠れる。……物悲しいが是非もなし。


「大丈夫よ、ジャック! 悪口を言う輩なんて、お姉ちゃんが、ぎったん、ぎったんにするからねっ!」

「しないでっ!? 親父や姉貴はともかく、俺や兄貴達の胃がオカシクなっちゃうっ!!!」


 エミリアが振り返り、くすくす、と笑う。


「私とセティさんだって、分かっていますよ。そんな、大事にする筈ないじゃないですか♪」

 

 俺はお嬢様へジト目を向ける。

 

「……俺の目を見て、もう一度、言ってみやがれ」

「ジャック……人には、絶対に負けられない戦いがあるんです」

「良い風に言っても駄目だからなっ!?」


 お嬢様とぎゃーぎゃー、言い合っていると周囲がさっきよりもざわつき始めた。 

 否――どよどめに近い。

 ……おんや?

 エミリアと姉貴にそれぞれ抱きしめながら、振り返る。


「え?」「……何の用よ?」

「セティ、相変わらずね」「お久しぶりです、セティさん」


 そこにいたのは――二人の皇女殿下だった。

 ただし、その背中には一人の少女が隠れている。

 エミリアが頭を下げ、姉貴はそのまま。お、おおぅ……。

 俺も慌てて頭を下げる。

 姉貴の声。


「私への用じゃない? ……ヘルガ、そう言って、私を散々騙してきたのが、貴女の姉なのだけれど?」

「え、えーっと……それはその……そうなんですけど」

「あら? ヘルガ。セティにつくの?」

「メルタ御姉様は時々、意地悪になられますから」


 俺とエミリアそっちのけで、姉貴と皇女殿下達は談笑中。

 ……どういう繋がりが?

 ああ、いや。姉貴だしなぁ。何があっても驚きはないんだが。


「――で? 誰に用なわけ? あ、もしかして、ここのエミリア・ロードランドかしら? なら、持って行っていいわよ」

「違うのよね。エミリア、顔を上げてちょうだい」

「違うんです。私達――というより、用があるのは、この子です。ね? ロサナ?」


 二人の皇女殿下が否定し、笑う。

 …………まじぃ。

 エミリアが顔を上げた。でも、俺は下げたまま。

 だ、だって、お、俺、か、顔、上げていいって、言われてないし?

 ――恥ずかしそうな、でも、嬉しそうな声がした。


「あ、あの……御顔を見せてください♪」

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