第6話 幻のお姫様

「……まったくもうっ! もうったら、もうもうっ、!! どうして、貴方はそうなんですか? 私の執事である自覚が足りていませんっ!!! これは、再教育が必要です。今後は、手加減抜き――あ、こらっ! 動いちゃダメですっ!!!」

「うぅぅぅ…………」


 晩餐会会場に戻った俺は、永遠に続くかと思った小言が終わったから、ずーっとっ! エミリア・ロードランドに後ろから頭を抱えられている。なお、人前だからか、口調は丁寧だ。

 当然、周囲にはたくさんの貴族と帝都の有力者達がいるのだけれども……基本的には、温かい視線多数。時折、野郎が死んだ目をし、何かに耐えるかのように酒や果実水が入ったグラスをあおったり、略式とはいえ豪華な料理を無言でむさぼり喰っている。

 ガチガチに緊張した、オレンジ色のドレスを着たムギを連れ回しているネイの奴にも出会ったのだけれど『ジャック、僕にはロードランドさんの楽しみを奪うなんて無粋な真似はとても出来ないよ』と爽やかな笑みを残し、離れていった。薄情者めっ! 男の友情をないがしろにする奴なんて、後でムギにぽかぽかされてしまえっ!!

 羞恥に震えつつも、振り向きお嬢様へ訴える。


「な、なぁ……も、もう、いいだろ? の、喉が渇いたんだよ」

「なら、一緒に行きましょう」

「い、いや、一人で行け」

「一緒に行きましょう」

「…………あぃ」


 エミリアが綺麗過ぎる笑みを浮かべ、左手をこれ見よがしに見せる。

 そこには一見、何もない。

 が――少しだけ引っ張られると、俺の右手が連動して動く。

 そう……このお嬢様、赤紐に不可視の魔法をかけて俺の手首と自分の手首を結んでやがるのだ。

 恐ろしいことに、当初は魔法無しで結ぼうとしていた。何の躊躇いもなく。

 いれば、流石に止めてくれたであろう侯爵と侯爵夫人は会場内を挨拶で回っていておらず、そして俺には負い目。

 断りきれる筈もなく……懇願に次ぐ懇願の末、不可視にすることだけは妥協させた。……結果、今晩、屋敷に帰ったら、一緒に寝る羽目に陥ったんだが。

 お嬢様が意気揚々と、グラスを持っている給仕役へ近づき、果実水が注がれているグラスを俺へ渡し、自分も同じ物を取る。

 おもむろに、グラスを掲げたので合わせる。いい音が響く。


「……これは、何の乾杯だ?」

「え? 決まっているじゃないですか♪ ジャックの再教育を祝して、です☆」

「な、泣くぞ? 泣いちゃうぞ?」

「別にいいですよ。迷子の迷子のジャック・アークライトさん★」

「うぅぅぅ…………」


 ダメだ。勝ち目が、勝ち目が見出せないっ。

 この話題は不利が過ぎる。どうにかして、違う話題を……何とはなしに広い広い会場を見渡す。

 一言、煌びやか。俺が知らない世界なのは間違いない。

 それでいて、誰しも節度を保って楽しんでいるのが分かる。羽目を外し過ぎてない、というか……お嬢様が俺の後方に回り込み、頭を片手抱え解説してくれる。


「この雰囲気は少しだけ独特ですね。そもそも、皇帝陛下が堅苦しいのを嫌われる方なので。ああ、勿論、諸外国の使者とか相手の晩餐会は厳からしいですよ? 何れ、そういうしきたりも全部覚えてくださいね? なにしろ、貴方は私の執事なんですから!」

「うへぇ……」


 思わず呻く。

 いやまぁ、あの額を見ただけで涙が零れてしまう借金の額を鑑みれば、俺に選択肢はない――会場の一角が一際、華やいだ。

 視線を向けようとすると、柔らかい手で目を押さえられる。

 エミリアの声。


「……直接、見ちゃダメです。見つかると、万が一があって危険です。取り合えず、私の背中にっ!」

「? お、おお……」


 そのまま、訳も分からずお嬢様の背中に回らされる。

 視界が復活。

 お嬢様の背中から覗く形で、声のした、やや遠方を見やると――そこにいたのは、二人の美少女だった。それぞれ、光り輝く金銀髪で、とても良く似た外見をしている。明らかに他の貴族の御令嬢とは格が違う。

 エミリアが振り返り、ジト目。


「…………見ましたね? 私の許可なく」

「うぇっ!? 怒るところ、そこかよっ!」

「ジャック、貴方は私の執事であることの自覚が」


 再度、控えめな、それでいて驚きの声。

 俺達もそちらに視線をやる。

 二人の美少女に手を引かれ、俯き、それでいて、時折、顔を上げ会場を見渡す挙動不審な少女がそこにはいた。

 …………お、おやぁ? 俺は、あのお姫様を見たことがあるようなぁ?

 エミリアが口元を手で押さえた。珍しく驚愕している。

 

「……まさか、あの御方が、こういう場所に出て来られるなんて……」


 尋ねるべきか、尋ねざるべきか。

 目を閉じ、意を決し平静を装い聞いてみる。


「な、なぁ……あの三人って……」

「皇女殿下様達です。長女のメルタ様。次女のヘルガ様。そして――三女のロサナ様。三姉妹がお揃いになられるなんて……初かもしれない……」

「ひぇ」


 思わず変な声が出る。

 再度、ちらり、皇女様達を確認。


 ――挙動不審な少女と視線が交錯した。


 ぱぁぁぁ、と一瞬だけ表情を明るくし、そして、すぐさま二人のお姉さんの陰に隠れた。

 お、おぅ…………。

 気付いていないエミリアの解説が続く。


「メルタ様とヘルガ様は、こういう会場にもよく出て来られて、私達とも、気さくに話される御方なんです。けど……ロサナ様は、あまり、こういう場がお好きじゃないらしくて……私も、御姿を見たのはこれで二度目ですね」

「な、なるほど……。ま、まぁ、皇族の責任、ってやつだろ?」

「今回の晩餐会なんて、ほぼほぼ歓談目的です。税金は銅貨一枚すらも使わず、皇帝陛下のポケットから出ている会なんですよ? ……ロサナ様が一番、苦手とされている、と聞いていたんですが」


 お嬢様が何度も首を傾げる。

 …………まじぃ。これは、まじぃ。

 俺のこういう時は絶対に外れない勘が『これからさ……大嵐がくっからよ。まぁ、生き残れ★』と囁いていやがる。

 逃げたい。どうにかして。

 だがしかし。現状、俺とお嬢様の手首には不可視の紐が――突如、紐が切断され、俺の身体が抱きしめられる。


「ジャックぅぅぅ!!! はぁぁぁ、ジャックぅぅぅ!!!!」

「!?!! ああああ、姉貴っ!?!!! どどど、どうして、此処に……はっ!」


 突如、そこに現れ俺を抱きしめてきたのは、長い栗色髪が印象的で、淡い赤のドレスを身に纏っている美女――俺の実姉であり、『竜魔殺し』という物騒な異名を持つセティ・アークライトだった。

 背中に、極寒の殺気。


「…………セティさん、い・ま・す・ぐ・に、ジャックから離れてくださいますか? その人は、『私』だけの執事兼許嫁なので」

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