第8話 第三皇女殿下

 俺はおそるおそる顔を上げる。

 二人の皇女殿下の袖を握りしめ、淡く細いキラキラした長い金髪をした少女が俺を見つめていた。魔力が漏れ、無数の白光が待っている。


「あ、やっぱり♪」

「…………ひ、人違い、だと思い、ます」


 俺はやんわりと否定。同時に、目配せ。

 頼む。お願いだっ! これで……これで、気付いてくれっ!!

 すると少女は、少し考え――手を合わせ、何度も頷いた。


「あ、はい! わ、分かりました! メルタ御姉様、ヘルガ御姉様。え、えっと……ひ、人違いだったみたいです。私の執事さんじゃありません!」


 くっ……俺はその場にしゃがみ込みそうになるのを、どうにか堪える。

 だ、だが、こ、ここで倒れるわけにはいかねぇ。

 皇女殿下達がいなくなった後……俺の、真の、真の戦いが始まるのだから……。

 既に、エミリアと姉貴の瞳からは光が喪われつつある。二人の瞳は『どういうこと、かしら?』。……まだ、生きたい、です。

 目の前の少女――ロサナ・カルテニウス第三皇女殿下は『私、が、頑張りましたっ!』という表情をしている。

 その姿、尻尾をぶんぶん振っているわんこの如し。

 にしても、偉い貴族様とは思っていたけど……よもや、よもや、皇女殿下だったとは。皇帝陛下の娘さんって……。

 金髪長身で『メルタ』と呼ばれた皇女殿下が小首を傾げる。

 悪戯っ子の気配が……俺には分かる。

 この人は、姉貴と同種族だっ!!! 


「あら、そうなの? 随分と仲良しに見えたのだけれど……。普段、こういう場には出てこないのに、わざわざ私達と一緒に出て来るくらいには」

「あ! メ、メルタ御姉様! そ、それは、い、言っちゃダメですっ!」

「え~。そうなのぉ~?」


 ロサナ様がメルタ様に食って掛かり、ぽかぽか。

 不敬なんだろうが……なんか、微笑ましい。

 ……両隣のエミリア及び姉貴とは視線を合わすな。絶対に合わすな。合わしたら死ぬぞ? いいな、ジャック・アークライト!

 『ヘルガ』と呼ばれた銀髪の皇女殿下が、メルタ様をたしなめる。


「メルタ御姉様、ダメですよ。折角、ロサナが隠そうとしているのですから」

「! か、隠し事なんか、して、いません」

「そうね。ロサナは良い子だものね。――セティさん、そちらの男の子、よろしければ御紹介いただけませんか?」

「………………私の弟よ」


 姉貴が、苦虫を噛み潰した表情でヘルガ様へ返答。

 そして、すぐさま俺を抱きしめる。


「むぎゅ」

「言っておくけど、ジャックはあげないわよっ! この子は私のなんだからっ!! 奪うつもりなら――私を倒してからにしなさいっ!!! 姉が弟を独占する権利を持つことは、有史以来の伝統なんだからねっ!!!!」

「そんな伝統は知らないけれど、落ち着いてくれない?」

「私達は盗るつもりはありませんよ。落ち着いてください」


 メルタ様とヘルガ様が、第一種警戒態勢の姉貴の叫びを否定。

 少しだけ腕の力が弱まり――直後、エミリアに抱きしめられる。

 そのまま、お嬢様は優雅な微笑み。


「――……メルタ様、ヘルガ様、そして――ロサナ様。何か誤解があるようです。ジャック・アークライトは、私、エミリア・ロードランドの婚約者兼執事の身です。以後、お見知りおきください」

「あら」「そうなの?」「あ……や、やっぱり、執事さんなんだ……」


 三人の皇女殿下がそれぞれ得心。

 ――俺の右隣から、地獄の底から聞こえてくるような、姉貴の唸り声。


「…………こむすめぇぇぇぇぇ…………」

「ひっ!」


 思わず、情けない声が漏れる。

 エミリアは俺に視線。『あらあら。ジャックは弱虫ね★』。ぐぬぬぬ……。

 どうにか腕から脱出しようともがく。


「は、離せって」

「ダメです。此処は危険です。……やっぱり、貴方をこういう場所に連れて来るのは、早過ぎ、ちっ!」


 姉貴の手刀をエミリアは間一髪で回避。拍子で俺は解放。

 た、助か――すぐさま後方より腕が伸びてきて捕獲される。お、おおぅ?

 目の前ではお嬢様と姉貴が相対。

 エミリアが髪をかきあげる。


「まったく……貴女は仮にも私の義姉になる方なんですよ? 少しは礼儀作法を学ばれては如何ですか?」


 珍しく姉貴は反論せず、沈黙。

 ぽつり、と零す。


「………………ジャックのことを、毎日、日記で書いているくせに」

「!?!!! どどどど、どうして、そのことを――……はっ!」


 姉貴の一言に、お嬢様は激しく動揺。

 直後、自らが罠にかかったことに気づき、瞳を大きく見開く。

 姉貴が嗜虐の表情。


「あら? あらあらぁ~随分と可愛らしいことをしているのねぇ、エミリア・ロードランド侯爵令嬢様ぁ? どうせ、日記の中で『今日、ジャックが私を見て笑ってくれた。とっても嬉しい。…き』とか、書いておられるのよねぇ? 『…き』って、何度も書いては消して、書いては消したりしてぇ? それで、その日記帳の、その部分にキスしてみて、机に突っ伏したりぃ?」

「っ!? そそそそそんなこと、して、い、いませんっ! い、言いたくなったら、その……ち、ち、直接、言えますしっ!!! だ、誰かさんと違って、私は、ジャックと『何時も一緒』ですしっ!!」

「がはっ!」


 混乱中のエミリアの一撃が偶々、姉貴の弱点を貫く。少し涙目になり、俺を睨む。

 ……いや、そんな目をされてもですね、弟は手紙、いっぱい書いているのですよ?

 俺を後ろから捕獲中のメルタ様とヘルガ様が、くすくす、と笑い囁いてくる。


「(ふふふ……愛されているわね、少年♪)」

「(貴方のこと、噂には聞いていました♪)」

「(……姉貴が、御迷惑をおかけしてます)」


 一応、弟として謝っておく。

 ぎゃーぎゃー、言い合っているお嬢様と姉貴見ていると、前にロサナ様が回り込んできた。

 ぱぁぁ、と表情を明るくし、一生懸命、話しかけてくる。


「あのあの……や、約束、何時にしますか? 明日? 明後日ですか?? で、出来れば、あ、明日がいいなぁ、って♪」 

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