第9話 困った事態
「ジャック・アークライト君、だったか……編入初日から中々、派手な事をしてくれたね」
机の上で両手を組む眼鏡をかけている老人。
髪も髭も真っ白で、顔には深い皺。着ている物は所謂魔法使いのローブ。これまた白色。傍らには木製の長杖。種族は不明。人族か? 表情には好奇心。口調も何だか楽し気だ。
昔、爺ちゃんに読んでもらった『魔法使い』そのものの恰好。すっげぇ。この時代でも、まだいるんだなぁ。
放課後『セラ先生からの呼び出し。も、もしや、二人きり!?』と若干ドギマギしていたら、指示されたのは『……学院長室へジャック君だけを来させるように、と急遽言われたんですぅ』という無慈悲な御言葉。
いやまぁ、申し訳なさそうな先生は大人なのに可愛らしかったし、これはこれで――ふ……お嬢様に踏み抜かれた右足が痛むぜ。少しは加減と優しさを。
「事情はセラ君から聞いている。右手を負傷したそうだね」
「え、あ、は、はい」
「女子を守る為に、自らを犠牲にする。うむ、男子たるもの、そうでなくてはな。今時の若者にしては中々気骨があってよろしい。また、ここは皇帝陛下の赤子を預かる帝国魔術学院。その場で旧弊著しい差別行為を咎める――称賛に値する行為だ。皆、見て見ぬ振りをしがちだからな」
「は、はぁ……」
いや、普通じゃね?
うちの田舎だと人種とか一切、気にしたことなかったし。つーか、そんなこと気にしてたら、生きていけん。正直、獣耳や尻尾に憧れたことだってある。みんな、そうじゃねーのかな??
あと、どうやらお嬢様が、最後に全部持っていたことは伝わっていないらしい。
ぶっ飛ばされたザーカシ? ……違うな。えーっと、えーっと。
駄目だ。名前が覚えだせねぇや。
まぁ女に一撃で、しかも思いっきり手加減されたのを誰かに言うのはちょっと、恥ずかしいしなぁ。……あのお嬢様はそんなか弱い奴じゃないだろうけど。
「――が、だ。私的には悪法であり、とっとと廃止すべきだとも考えるが、貴族間の決闘が未だ合法であることもまた事実」
……おんや。
何やら雲行きが怪しくなってきたぞ。
学院長が、手を叩く。
「入りたまえ」
「し、失礼しますっ!」
緊張した様子で入室してきたのは、金ぴかボタンな制服を身に着けた少年。頬に、大きな当て布が貼ってある。
こ、こいつは。
「バーカス!」
「ジーキスだっ!!!!」
あれぇ? そうだっけか??
小首を傾げていると、俺の隣にやって来て、見事なお辞儀。ほぇ~人の身体って、こんな風に曲がるのな。
「ジーキス子爵が長子、エドモンド・ジーキスであります。こ、この度は騒動を起こしまして、大変申し訳なく……また、申し出を受けていただきまして、誠にありがとうございます」
「私はこれでも多忙の身だ。用件は手短に言いたまえ」
「はっ! ……そこの貧乏貴族」
ジーキスが向き直り、憤怒の視線。
指を突き付けてくる。
「先程は、私も多少、頭に血が上っていた」
「……真剣を抜くのは、多少、じゃねーと思うぜ?」
「が――私にもジーキス子爵を何れ継ぐ者としての矜持がある! このまま、終わらせるわけにいかない。決着をつけようじゃないかっ!」
無視かよ。しかも、再決闘をしようって?
右腕を指差しつつ、思わず学院長へ尋ねる。
「あー……喧嘩両成敗じゃ駄目なんすか? 俺は利き腕がこんなになりましたし、そちらさんも頬に傷。後は、お互い騒動起こしたって、ことで停学でも退学でも処罰していただければ」
「き、貴様っ! な、何を言っているっ!!」
「当人同士が納得しているなら、事実を考慮し、私が処断するんだがね――先程も言ったように、悪法もまた法なのだよ。『貴族同士が揉め事を起こした際、決闘にて、それを決することを許可す』。そんな事をする者など、ここ最近、とんといないかったのだが」
「…………なるほど」
顔を真っ赤にしているバーカスと、呆れとニヤニヤ半々の学院長。
……俺にはよく分かんねぇけど、学院を停学乃至は退学するってのは、相当重い事態なんだろう。それをどうにか避ける為に、もう一回って。
いやまぁ、受けてもいいんだ、俺は。十中八九、負けるだろうが。
だけどなぁ……ここに来る前に、お嬢様から散々言われたことを思い出す。
『いい? 面倒事になりそうだったら、その場で答えないで、持ち帰ってきなさい。で、私に一言一句、全部報告すること。判断はそれから。分かった?』
『はぁ? その場で答えたっていいじゃねぇか。俺には俺の意思ってもんが』
『あー何だか、御父様とお話ししたくなってきたわー。初日なのに、あれこれ問題を起こして。学費もタダではないのだけれど?』
『…………お嬢様の仰せのままに』
汚い。俺の許嫁さんは、ほんとっ、汚いっ。
気が遠くなる借金の山を更に高くしなくてもいい――……そういえば、ここの学費って幾らなんだ。侯爵に尋ね……たら、死ぬ気がする。俺の心が。あと、きっとクソ親父を罠にはめたくなる。
「……おい」
どうにか、金を稼ぐ術を得ねぇとなぁ。借りたもんは返す。幾ら何でも、それくらいは守らねぇと。俺だって、最低限の道理は分かってるのだ。
放課後、働いていいのか、セラ先生に聞いてみるかな。
「貴様っ! 聞いているのかっ!!」
「アークライト君、どうかね? 申し出を受けるかね??」
「あー……」
二人の顔を眺め、頬を指でぽりぽりと掻く。
そして、こう答える。
「明日まで待ってください。一晩、考えます」
※※※
学院長室を退室し息を吐く。
バーカスはまだ話があるそうだ。頑張るねぇ。
――視線。
ちらり、と見ると、慌てた様子で角に隠れる人影。綺麗な栗色の髪が覗いている。ったく。
よーし! 逆の階段から戻るかなっ!
背を向け歩き出すと、凄い勢いで駆けてくる。床を蹴る強い音。
「む・し・す・る・なっ!!!!」
「っいてぇぇぇっ!!」
背中に激痛。
振り返り、怒鳴る。
「と、跳び膝はやめろっっ! つーか、ロードランドの御令嬢なのに、足癖が悪すぎるだろうがっ!! そんなじゃ誰も、よ――……」
「? 何よ??」
「あー」
「む。言いたいことがあるなら、言いなさいよ」
「ナンデモナイデスヨ」
「…………怪しい。で?」
一転、少し背を屈め、心配そうな表情で見つめてくる。そこには一片の嘘もなし。
少なくともこいつは俺の、ジャック・アークライトの敵じゃないのだ。背が高いのは気に喰わねぇし、本質的に味方かどうかもまだ怪しいけれども。
「……歩きつつ説明する。取り合えず、帰ろうぜ。疲れたよ、俺は」
「全~部、あんたの責任だけどね。まぁいいわ。あ、そうだ。今晩の夕食は、人参尽くしにしてもらうから、楽しみにしてなさい♪」
敵じゃねぇ。敵じゃねぇが……虐め、カッコ悪いっ! ほんと、カッコ悪いっ!!
――昼のと同じくらい、美味いといいんだけどなぁ。
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