第8話 教室にて
「…………」
午後の授業もどうにかこうにか終わり、帰りの終礼の時間を待っている俺は、左肘を机につき、顔を載せて、ぼぉ~と窓の外を眺めていた。そうでもしないと、心がもちそうにないからだ。
――昼飯を終え、教室に戻った俺とお嬢様に注がれたのは好奇の視線だった。
で、何も言わずに、そのまま席へつけばいいものを、あのお嬢様ときたら、笑みを浮かべつつ、男性教員へこうのたもうたのだ。
『先生、アークライト君は利き腕を怪我してしまったので当分の間、隣席の私が面倒をみようと思います。――よろしいですね? では、他の先生方にも伝達をお願いいたします』
ざわつく教室。呆然とする俺。さっさと、机同士をくっつけるお嬢様。
何故に、わざわざ、堂々と、人前で、んな事を、宣言したっ!!?
言わなくてもいいだろうがっ!! あと、机もくっつける必要は「こっちの方が、便利よ。ダメ? 貴方がダメ、と言うなら……止めるわ……」わざとらしく、少し寂しそうに…………こいつ。こいつっ、こいつっっ!
その後、ずっと、授業中は手取り足取りの解説を受けた。
当然、このやり取りはみんな見ていたわけで……うぅ、田舎に帰りてぇ……。
い、いや、落ち着け、落ち着くんだ。ジャック。
俺が腕を怪我してるのは見りゃ分かる話。お嬢様が言ったこともそこまで不可解なわけじゃねぇ。何より、みんなそこまで気にしてる筈が――楽しそうな声。
「いやぁ……君には色々と驚かされるね。今頃、学院内を駆け巡ってると思うよ。学内新聞の一面は確実だね。『学院の天使、男の子の世話をする!?』みたいな感じで。本当に、どうやってロードランドさんとあそこまで仲良くなったんだい? 今日、初めて会ったんじゃ??」
「…………ネイ、嫌みなら今度にしろ。俺はとっっても傷心なんだ。放っておいてくれ」
近付いて来た長身の少年へ言い捨てる。
すると、笑いながら片目を瞑り、続けてきた。
「いいじゃないか。みんな、羨ましがってるのさ」
「なら……代わってくれるか?」
「はは、それはちょっと無理かな。ジャック」
「あん?」
「――大食堂の件、聞いたよ。ありがとう」
「? どうして、お前が――あ~なんだ、そういうことかよ。あの子はお前の彼女だったのか」
少しはにかみ、ネイが頷く。
軽く手を振る。
「気にすんな。偶々の成り行きだ」
「でも、本当にありがとう。後で紹介するよ」
「あー……うん。別に大したことはしてねぇし、いいよ」
「ふふ、君ってさ」
「何だよ」
「凄く分かりやすいよね」
「はぁ? んなことねぇだろ」
何を言ってやがるのか。こいつも人を見る目がねぇなぁ。
……しかも、彼女持ちかよ。けっ。モテる男、死すべしっ!
手持無沙汰になり、机に置いてあるノートを見る。
綺麗な字で授業内容がまとめられていた。それだけではなく、ご丁寧に『エミリア先生のここが大事☆』等というコメントと共に、解き方や暗記の仕方、魔術の組み方が記載されている。
悔しいがとてもとても分かりやすい。あいつ、本当に頭もいいのな。
だけど……ノートの右端に、やたら可愛く描かれているこの犬は何なんだ?? しかも、一頁毎に表情ちげぇし。あ、最終頁で首輪が付いた。
分からん。あのお嬢様の考えることは、ほんと、分からん。
隣の席を見やる。誰もいない。
今は、クラスメートに囲まれてお喋り中。愛想もいいんだよなぁ。俺以外には。
ふと、こちらを見た――視線が交錯。
すると、少しだけ口角を上げた。
あ、まじぃ。何がまじぃのかは分からねぇけど、まじぃ。慌てて、視線を逸らし立ち上がる。
ネイが声をかけてきた。
「ジャック? そろそろ、先生が来るよ?」
「あー小便だ、小便」
答えつつ出入口へ。じー、っと視線を感じるが無視。
廊下に出て、一息。当然、さっきのは嘘だ。
……幾ら何でも、初日から散々過ぎる。俺、生まれてきてから、そこまで悪いことはしてきてねぇと思うが。
とりあえず……あの糞親父は今度帰ったら闇討ちする。ぜってぇ、する。決定。
くっくっくっ……追い込んで大猪用の罠にはめてくれる! なに、多少怪我してもあの人なら問題ない。いや、むしろ大熊用の方いいか? 廊下を駆ける音。
「ア、アークライト君!」
「?」
振り向くと、そこにいたのは息を切らしたセラ先生。
つかつか、と近付いてきた。はて?
「先生?」
「も、もうっ! 初日から、心配させないでくださいっ!! 私、ちょっと外に出ていたんですぅ。そしたら、ワタリのメモが机の上にあって……け、け、怪我は大丈夫なんですかっ!?」
「あ、大丈夫です。全治一ヶ月くらいで……」
「一ヶ月っ!? そ、そんな……大怪我じゃないですかっ! ど、ど、どうしましょう」
俺以上に動揺し、あわあわしている先生。本気で心配してくれたらしい。
この人、いい人なんだな。普通、自分の生徒だからってこうはならない。
頬を掻き、告げる。
「ま、何とかなりますよ。……隣の奴も、その、手助けしてくれるみたいなんで。御心配おかけしました」
「ロードランドさんが! そうですかぁ、良かったぁ。私にも出来ることがあったらぁ、遠慮せず言ってくださいねぇ。私は、皆さんの担任なんですからぁ!」
ずいっと近付いてくる先生。
おお……思春期の俺の目には極めて毒である存在が、近い、近いぞぉぉ。いやでも、絶景には間違いがないわな。眼福、眼福。
――はっ!!
背中に走る悪寒。出入口の隙間から見せる絶対零度の冷たさを宿した瞳。ひぃ。
目を背け、取り繕う。
「せ、先生、教室に戻りましょう」
「あ、そうですねぇ。あ~そうでしたぁ。ジャック君、放課後、少しお時間をもらえますかぁ? 事情を聴きたいのでぇ」
「了解です」
「ありがとぅ。では、は~い♪」
「? えーっと……その手は??」
「転んだりしたら危ないですぅ。利き腕じゃないと、受け身も遅れますしぃ?」
何か、この展開、既視感が……戸惑っていると出入り口が開く。
無言、大股で近付いて来たお嬢様は俺の首根っこを掴む。
持ち方! 持ち方がおかしいっ!
「……セラ先生、アークライト君の世話は私が」
「あ、は~い」
先生!? ここは助けてくださっても「何か言いたいことが?」……ないです。
――この後、隣の席から延々と足を狙われた。
や、止めてっ! あ、歩けなくなっちゃっう!!
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