第7話 遅い昼食

 連れていかれたのはカフェテリアだった。

 昼休みはとうに終わってるらしく、学生達の姿はなく、俺達しかいない。きょろきょろしつつ、少し先を進むお嬢様の後を歩く。

 俺は別に目利きでもなんでもない。だけど、そんな俺でも置かれているテーブルや椅子、花瓶といった調度品がとんでもなく上質なのが分かる。

 こ、これを傷つけたりしたら……こ、こわっ。借金が増えるのは勘弁だぜ。

 突然、お嬢様が立ち止まった。避けきれず、背中に軽くぶつかる。

 くっ……頭一つ分は、こいつの方が高ぇか……。

 俺が口を開く前に振り返り、ジロリ、と睨まれた。

 

「……ちょっと」

「わ、わりぃ」


 医務室から出た直後、『転んだら危ないし……ん』と手を差し出されたのを断ってから、ずっとこうなのだ。

 いや、別に足は怪我してねぇし。取り合えず、階段上で足を踏み抜こうとするのは止めてくれ。足癖がほんとわりぃ。

 さっきは、ちょっとだけしおらしかったってのに……。


「ほら、座りなさいよ」

「お、おお」


 椅子を引いてくれた。おずおず、と座る。

 ――ほぇぇぇ。

 な、何だ、これ! 高い椅子って、こんなに座り心地がいいもんなのか?? すげぇぇぇ……はっ!

 気付けば隣の椅子に座っているお嬢様。肩肘をついて、顔を手に乗せニヤニヤ。


「な、何だよ」

「んーべっつにぃ」

「う、嘘だっ! 今、絶対に俺のことバカにしてただろっ!」

「バカにしてなんかいないわよ。ただ」

「ただ?」

「子供っぽいなって思っただけ。ほんと、貴方って顔に出るわね。どうせ、座り心地がいい! って思ってたんでしょう? 私より、なのに」

「っぐっ……ほ、ほら、早く、食って授業に出ようぜ」

「あら? やる気が出て来たみたいね。そんなに、私のノートが楽しみなのかしら??」

「……で、どうやって、注文すればいいんだ? 見た感じ、受け取り口も」

「ああ、こうやってよ」


 テーブルの上にある小さなボタン? 押す。

 すると――文字が空中に浮かび上がった。どうやら、これがメニューらしい。地下の大食堂と違い過ぎる。


「ほら、好きな物を注文なさい。あ、これなんていいんじゃない? 『雪人参の特製シチュー』ですって。それとも『雪人参のソテー』がいい?」 

「……おい」

「好き嫌いをすると、背が伸びないわよ? 私より大分背が低い、ジャック・アークライト君♪」


 こ、こいつ……何時か抜かす。ぜってぇ、抜かすっ。

 俺はメニューに目を通していく。

 が……ちらり、とお嬢様を見る。


「――ん? どうかした?」

「いや、その」

「? ああ、そういうこと。えーっと、これと、これと、これ、ね」

「お、おい!」


 止める間もなく、お嬢様はさっさとメニューの文字に触れた。何を選んでいいか、迷ってたのを見透かされたみたいだ。

 直後、メニューが消失。注文は終わったらしい。


「大丈夫よ。ここの料理はどれも美味しいから」

「あ、ああ」

「勿論――『雪人参の特製シチュー』と『雪人参のソテー』は頼んでおいたわ。安心してちょうだい」 

「何でだよっ!? 俺、人参嫌いだって、さっき言ったよなっ!!?」  

「そうだったかしら? ま、いいじゃない。何事も経験よ」


 そう言うと、くすくす、笑う。

 ……分からん。

 ほんと、俺の許嫁だというこの、悔しいけれど、とんでもない美少女――エミリア・ロードランドは分からん。

 足癖はわりぃし、俺より背は高いし、幼気でか弱い俺を虐めて楽しむけど……悪い奴じゃないんだろう、多分、きっと、おそらくは。

 俺は、兄貴達や姉貴と違って、自分の頭がよくねぇのは分かってるから、何れ、侯爵やこいつも愛想はつかすと思う。

 けど……少しは、お互いを知る努力はしてもいいのかもしれねぇな。


※※※


「と、珍しく真面目に思ってたんだぜ、俺は……なのに……なのによぉ……」 

「何をぶつぶつ、言ってるよ。ほら、口を開けなさい」

「…………」


 大人しく口を開けると、隣からスプーンが放り込まれる。

 だ、だって、拒否しようとしたら、さも、寂しそうに視線を落として小声で『そう、よね……ごめんなさい……』なんて言うんだぜっ!? 

 このお嬢様、ほんとやり口が――うっめぇぇぇ……!

 人参って、こんなに甘いもんだったのかっ!!

 俺が今まで食ってきたのは――この台詞、昨日も言ったような。

 

「美味しい?」

「(こくこく)」

「そ、良かった。ほらね? 人間、何事も経験してみてからよ」


 ぐうの音もでねぇ……。

 あーだけどまぁ、そろそろケジメはつけとくか。丁度、人気もねぇし。


「あー……なぁ」

「んー? ほら、もう一口、食べなさいよ。それとも、パンがいい??」

「――エミリア」

「!!!」


 ガシャン、と食器が音を立てる。お嬢様が目を見開いている。

 いや、そこまで驚かんでも。

 頭を深く下げる。

 

「ほんと悪い。いきなり迷惑をかけちまった。学校側からペナルティがあるようだったら、そいつは俺が全部引き受ける」

「べ、別に、そんなの……わ、私が自分の意思でしたことよ。貴方に謝られる筋合いなんてないし。第一、向こうが何かしでかしたんでしょ? そうじゃなくても、剣を抜いた方が裁かれるべきよ」

「さぁな。俺は、ここのことや、貴族のしきたりなんて知らねぇから、事の良し悪しは分かんねぇよ。だけど」

「だけど?」

「――女の子が泣きそうだったら、何はともあれ助けないと、って思うだろ?」

「…………あんたって、ほんと、昔と全然――」


 お嬢様が小声で何を呟き、下を向き黙り込む。身体も震えている。

 ……今回は怒鳴られてもしょうがねぇ。

 何せ、騒動を起こしたのは俺。こいつは、助けてくれた側。

 愛想をつかされて、一日で婚約破棄も――ガバッ、と顔を上げた。瞳はらんらんと輝いている。おおぅ?


「詳細は今から、じっっくり、と聞くわ。食事の続きよ。口を開けなさい♪」

「い、いや、経緯を話すのは構わねぇけど、だ、大丈夫だって。一人で食」

「…………ジャック、ダメ?」


 くどかろうが、何度でも言う。言ってやるっ!

 俺の許嫁――エミリア・ロードランドはマジできたねぇっ!!

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