第24話 決闘 下

 学院長の声と同時に、俺は駆けだした。

 とっとと終わらせねぇと負け確定。

 何せ、向こうは模擬剣を持っていて遠距離魔術も使えるのだ。剣術が駄目で、遠距離魔術も駄目な、俺は近距離戦だけ。

 ……いや、これ結構なハンデじゃね? 

 ま、約束したし負けねぇが。

 俺の行動に、ジーキスは驚くことなく剣を構えた。あれ? てっきり、魔術を乱射してくるもんだと。


「こいっ! この駄犬がっ!! 麗しきエミリア・ロードランド侯爵令嬢に何をしたっ!!! いや……答えずともよい。この私、誇り高きエドモンド・ジーキスが、お前をこの剣で打ち倒し、姫の目を覚まさせ」

「食っちゃべってるところ悪いが」


 思いっきり金ぴかボタン貴族の右足を蹴り上げる。ぶち当たる瞬間だけ魔力で。派手な音。

 ジーキスが顔を歪める。


「っ!!! き、貴様ぁぁぁ」

「おっと」


 降り下ろされた模擬剣を左腕で受け、右手で顔面をぶん殴るっ!

 頬にめり込む拳の感触。うへぇ。


「ひでぶっ!」


 変な声を出し、ジーキスが吹っ飛び、地面に落下。

 ……やべ。魔力、こめ過ぎたわ。

 遅れて――実況(眼鏡をかけた地味な少女)の大絶叫。ひぅ。


『ダウン!!!!!!! あれだけ、事前に延々と大口を叩いてた、ジーキス生徒、呆気なく喰らってしまいましたぁぁ!!!!!!! もしや、もしや、いや……そんなまさか、まさか、これで終わってしまうのかっ!!!?』


 大声に身体が少し震える。いやだから、大きな音……。

 観客席の最前列で、ネイとムギ、クラスの連中も歓声をあげている。普通、俺みたいな異分子は排他されがちだと思うんだが、本当に優秀な奴等って性格も出来てんのな。……ありがたいけどよ。

 

 ――お嬢様と視線が交錯。


 両手を、ぎゅっ、と握りしめ、俺を見る瞳は潤んでいる。とても心配そうだ。

 大丈夫だって。何があっても勝つからよ。

 審判役の学院長が口を開いた。


「――ふむ。どうやら、随分と修練を重ねたようだ。この勝負、ジャック・アークライトの勝」

「…………お、お待ちを……まだ、まだ、私は負けて、おりませんっ」


 むくり、とジーキスが起き上がった。

 相当、強く殴ったつもりだったんだがなぁ。

 学院長が俺を見てきた。頷く。


「ふむ……ならば、続行だ」


 観客席から歓声。「いいぞ、金ぴかボタン!!」「やれ、やっちまえっ! 俺達の天使を奪った憎き駄犬に天誅をっ!」「根性みせやがれっ! あんなチビに負けるなっ!」……冤罪が混じってね? あと、チビって言った奴は後で殴る。これからだっつーのっ!

 模擬剣を構えたジーキスと相対。頬は赤く腫れている。


「あー……もう、降参してくれてもいいんだぜ?」

「黙れっ! ……最早、後には退けぬっ。ここで、貴様に負ければ、私は学院から……そうなれば、私の輝かしい人生に汚点が残ってしまうではないかっ!! 私は、貴様如きにつまづいている暇などないのだっ!!!」

「……いや、もとはと言えば、お前がムギに難癖つけたからじゃね? 遅かれ早かれ、転んでた思うんだが」

「うるさいっ!! 第一、貴様如きが、天使にも勝る美貌のエミリア・ロードランド侯爵令嬢の傍にいるなど……許されぬっ。あの御方には、私のような美男子こそが」

「ぶふっ」


 思わず、噴き出す。

 じ、自分で自分を美男子って……だ、ダメだ……は、腹が、腹がいてぇ……い、いけねぇ、涙が。

 お嬢様へ目配せ。良かったな。天使にも勝る美貌だってよ。

 ……は? 

 そんな可愛い女の子が御主人様で良かったですね?? 

 何時からお前が俺の御主人様になったんだよ。俺とお前はあくまでも――……何でもねぇ。何でもねぇったら、何でもねぇ!

 いや、だから、ご、誤解すんなっ!  


『おっとぉ! アークライト生徒とロードランドさんが、目だけで会話をしている模様ですっ!! …………ちっ。いちゃつきたいなら、他所でやれっ、他所でっ! 二人だけの世界っていうやつですか? そーですか。ジーキス生徒はどうして、この隙をつかないのでしょうかねぇ!』


 強い私怨を感じる。実況の公平性とは。

 唖然としていたジーキスが憤怒の表情で炎魔術を展開。数十の火球が生み出された。うぇぇぇ。

 学院長を見る。ありっすか?


「ありだ」


 ……そうすっか。

 勝ち誇った少年が叫ぶ。


「貴様が、以前よりも鍛錬したのは認めよう。しかし――遠距離から魔術で削れば、何程のものやあらんっ!」

「…………さっき、剣で云々言ってた人がいたんだが、それは」 

「だ、黙れぇぇぇ!!!」


 次々と、火球が迫ってくる。

 駆けまわり、躱す、躱す、躱す。

 はんっ! こんな速度、何処ぞのお嬢様の、足技に比べれば欠伸が出るぜ!

 ジーキスは焦りの色を濃くしていく。


「な、何故だっ! ど、どうして当たらぬっ!! 姫を惑わす駄犬は私に誅されて然るべきな筈っ!!!」

「昔話の、読み過ぎだ、よっと!」


 火球の群れを遂に突破。

 間合いを詰め、右手に魔力を集める。


「っ!」

「と、見せかけて、どーん」


 左足で思いっきり模擬剣ごと蹴り飛ばす! 

 うしっ、手応えあり!!


「がはっ!」


 ジーキスが呻きながら、倒れた。

 ……終わりかな? ふぅ。

 お嬢様を見る。今にも泣きそうだ。

 肩を竦める。

 泣くなよ。勝ったろうが。……ギリギリだったのは言うな。

 さて、これで――寒気。


「もういい……お前は死ねっ!!!」


 いつの間にか立ち上がったジーキスの手には折れた模擬剣。その剣身は炎。

 いけね、魔法剣だ。防御――魔力がもう。回避先には火球の群れ。

 これマジでヤバ――瞬間、感じたのは突風。

 その後、圧倒的な魔力の波動。火球が消失。

 ジーキスが空中高く吹き飛ばされ、落下。鈍い音。

 ……はっ?

 状況についていけないでいると、思いっきり抱きしめられる。


「ジ、ジ、ジャック! 怪我は、怪我はないっ!!? もうっ! 危なかったら、すぐに私を呼びなさいって言ったでしょっ!!!」

  

 普段の姿をかなぐり捨てて、涙目のエミリアがあたふた。

 ――ああ、うん。助けてもらったから、何も言えねぇ。言えねぇんだが。

 遅れて、観客席から黄色い大歓声と、怨嗟の呻き。


『な、あ、そ、そういうのを人前でするのは……良くない……と……うぅぅぅぅ……』


 実況者は、ついに心が折れちまったらしい。何か、その……すまん。

 というわけで離せ。

 ……はっ? 

 このまま、医務室に行く?? 

 いや、怪我は別に「ジャック、お願い」……。

 

 ――その後、俺とエミリアは学院長の制止も聞かず、医務室へ。

 どういう風にだって?

 なぁ、おい……俺は疲れてるんだ。これ以上は勘弁してくれ……頼む。後生だっ!

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