第25話 手紙

「――つまりだ、一対一の決闘の邪魔をした、と?」


 侯爵が俺とお嬢様を見た。

 情報はもう伝わっている、か。

 …………最悪、俺がどうやって助けられたかも。

 い、いや、幾ら何でもそんな些事を侯爵自ら聞いている筈


「しかも、ジャック君をこともあろうに、所謂、御姫様抱っこをして攫ったと聞いた。エミリア?」

「……申し訳ありません。ですが、緊急事態だったのです。一刻も早く医務室へ運ぶ必要性がありましたので」

「ふむ、一理ある」


 ねぇよっ!!!!

 ジ……ザーキスに追い詰められていたあの時の俺は、魔力こそ切れかけてたものの、身体の何処にも怪我は負っていなかった。

 だけど、このお嬢様がどうしても、と言うもんだから医務室行きは承諾したのだ。間違っても、あんな……あんな恰好での移動を……うぅ、明日行くのがこぇぇ。

 学院長からも呼び出されてるし……はぁ、不安……。


「だが、決闘に横槍を入れたのは誉められた行為ではない。学院側とも話すが、私としては手打ちとしたい。ジャック君もそれで良いかね?」 

「……俺は別に構わないです。ただ」

「ただ、何かね?」

「こいつの――エミリアの処罰は御勘弁を。あくまでも、これは俺とあいつとの決闘ですし、喧嘩両成敗なら、っとぉ!」 


 思いっきり左足を踏み抜かれそうになった。何すんだよっ!

 隣を見ると……あー。頬を掻き、告げる。


「いやまぁ、その、なんだ。俺は」

「……男だから、とか言ったら殴る」

「お前が、処罰されることはねーって」

「嫌」 

「ロードランドの名に傷も」

「い・や!」

「……エミリア、頼む」

「っ! あんたは、そうやって、大事な時だけ私を除け者に」


「――うっほん」


「「!」」


 侯爵が楽しそうな笑みを浮かべながら咳払い。

 俺達は顔を見合わせ、慌てて横を向く。

 阿呆か、俺は。愛娘に手を出してるように見えたら……親父を何度、害せればいいものやら……。


「この件は学院側と話す。悪いようにはせんよ。何せ、君はエミリアの婚約者。何れは私の義理の息子になるかもしれないしね」

「……親父は多少借金を返しましたでしょうか?」

「いいや。一枚の銅貨も返してもらっていないな」

「そう、ですか……」


 はめる。帰ったら、ぜってぇぇぇ、熊用の罠にはめる。泣いても許さん。自分で隠せていると思ってやがる、あれやこれも全部売り払ってくれる。利息程度は払え……無理か。

 隣のエミリアが睨んでいる。


「……何だよ?」

「……別に」

「言えよ」

「言わない」

「い・え」

「い・わ・な・い」

「ジャック君。娘はこう言いたいのだよ。『借金返したら、帰っちゃうの? 帰る気なの? 私を置いて??』」

「おおお、御父様!? わ、私はそんな……ち、違うんだから。す、少しは……その、思ったけど……う~!」


 ぽかぽか、とお嬢様が俺を殴ってきた。くっ……背が高い分、威力がたけぇ。

 まぁ、でも。手を握り告げる。 


「今のところ予定はねーよ」

「……本当?」

「嘘はつかねーって」

「――えへ。えへへ♪」


 満面の笑み。

 ……こいつ、こういうとこが汚いんだよな。無自覚ってのは質わりぃ。少しは自覚をしてほしいもんだぜ、ったく。


「ジャック君」

「はい」

「借金の件なんだがね」

「! か、返しますっ。どうにか、こうにかして返しますっ。で、ですが、今は」「君に今すぐ返せ、などとは言わぬよ。エミリア、落ち着きなさい」 


 お嬢様が俺を守るように抱きしめ、侯爵を睨んでいる。

 頭を撫でるなー。


「何度か、君の父君にこの間、何度か連絡を取ったのだが、のらりくらり。仕方なしに兄君達へ事情を説明した」

「! 兄貴達に!?」

「とても心配していたよ。自分達に出来ることがあるなら何でもする、ともな」

「あ、兄貴……」


 小さい頃、姉貴の暴虐から俺を守ろうとしてくれた二人の兄貴。すぐに蹴散らされてたけど、俺は二人の勇姿を未だに覚えている。

 今回も俺を救って


「――だが、君の様子を記した観察日記を渡したところ」 

「待って!? 今、変な単語が」

「ジャック、五月蠅いですよ? 動かないでください。撫でにくいです」

「二人共、こう返答をくれた。『弟が幸せであるならば、我等に出来ることはありません。結婚式には必ず呼ぶように』とな。それぞれご家庭をもたれていて、離れて暮らしているようだが、一言一句同じ台詞だったようだ」

「!」


 そ、そんな……いや、つーか観察日記ってなんだよ? そこに書かれている俺はいったいどんな姿なんだ??

 しかも、結婚式って――……。


「むふ」

「な、何だよ」

「別に。あらあら、耳が真っ赤ですねぇ~。どうしたんですかぁ?」 

「う、ぐっ……お、お前なぁ」

「はいはい。想像力が豊かですね~♪ でも、私、背が低い旦那様はちょっと」


 こ、こいつ……必ずや抜く。ぜってぇ、抜く。そして、見下ろしてやるっ。

 あ、それよりも辱めた方がいいわな。くっくっくっ……公衆の面前で御姫様抱っこされる屈辱、お前にも味わせてくれるっ!!

 俺が決意を固めていると、侯爵が話を続けた。


「兄君へ連絡した後、姉君にもお伝えしようとしたのだが……あいにくと留守でね。詳細の内容を紙面にし、ポストへ入れておいた。その結果、先程、これが君宛に届いた」

「姉貴から?」


 侯爵から封筒を受け取る。……重い。

 紙の重さなんだが、重い。あの人、普段は書かないけど、一度書くと長文だからなぁ。

 エミリアが覗き込んでくる。


「開けないの?」

「あー……多分、内容はとても見せられねぇと思う。身内の恥的な意味で」

「よし、今、開けましょう」

「俺の話を聞いてたのか、お前は!? あ、おい、ちょっとっ!」


 ひょいと、手紙を取られ手は頭上へ。

 跳躍。と、届かねぇ。あと少し、もう少し……よし、届い――魔法で更に上へ。

 こいつ……こいつっ!

 いや、待て。こういう時は。


「…………」

「あれ? もう終わりですか。ほらほら、今なら取れますよ~」 

「…………」

「え、えっと。も、もしかして、怒りましたか? じ、冗談、冗談ですよ。べ、別に貴方が跳びはねるのが、わんこみたいで可愛」

「隙あり!」


 手紙を強奪。侯爵へ頭を下げ「借金は、本気で返しますんでっ!」と告げ部屋から即座に逃走。

 遅れて、後方より殺気。

 逃げ切る。今日だけは逃げ切ってみせる。何が悲しくて姉貴が延々と弟を心配する(夜、一人で寝れてるの? とか、人参は食べれるようになったの? とか)内容を二人で読まんといかんのだ。必ず、必ず、逃げ切らなければならぬ……!


 ――なお、約一時間に及んだ逃走劇は、お嬢様の「ジャック、待て! おいで!」に反応してしまい、足を止めた俺が捕縛されて終わりを告げた。ふ、不覚。 汚い。流石、俺の許嫁は汚い。安定の汚さ。

 二人で読んだ手紙の内容? 九割九分が俺への心配。お嬢様が凄く共感していた。何故に。

 残りの一分は……親父、本気で逃げた方がいいぞ。あの人は、内臓売らせて、外法で蘇生させて、もう一度内臓売らせて、のループをやりかねんし。


 まー……今、やってる仕事が終わったら一度、顔を見せに来るらしい。

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