第23話 決闘 上
「……いや、何でこんなことになってんだよ?」
翌日、決闘場所である実技場へ向かった俺は待機場所の廊下で怯んでいた。聞こえてくるのは、放送部の連中による煽り。それに呼応する大歓声。
どうやら、俺達以外は皆、もう揃っているらしい。
先へ進みたくないんだが。どうして、学院全体参加のお祭りに変貌してんだ?
本来、立ち会うのは学院長と俺とお嬢様。
それに――……あー……えー……! 思い出した。思い出したぜぇぇぇ。バーカス! バーカスだ。
流石、俺、偉い。何処かの足癖悪い長身暴力女とは違、っっっ!!
咄嗟に跳躍。
空間を神速の蹴りが通り過ぎていく。あ、危ねぇ。
「……ちっ」
「おま、おまっ! これから、決闘なんだぞっ!? しかも、俺はお前のた」
「私の?」
「…………なんでもねーよ」
「……ふ~ん」
ニヤニヤ。ニヤニヤ。ニヤニヤ。
……無心だ。無心になるのだ、ジャック・アークライト。お前なら出来る。
こんなことなら、ネイ達にもついてきてもらえば良かったぜ。断られたけど。「ジャック、僕はそんな命知らずじゃないんだ」「うんうん。ジャックも御主人様に甘えられた方が、頑張れるでしょ?」……何時か、間違いを正さねぇと。
俺はあくまでも爺ちゃん同士の約束と、親父がしてた借金のかたで、こいつと婚約しているだけであって、それ以上、それ以下の関係じゃ――
『皆様、お待たせいたしましたっ!!! 学院編入初日に昨今珍しい決闘沙汰を起こし、今では『学院の天使』エミリア・ロードランドさんのわんことして、一部で人気急上昇中のジャック・アークライト君に入場してもらいましょう!』
わんこじゃねぇっ!!!
……確かに、何だかんだ、最近は行き帰り右手首に赤紐を結ばれるのが習慣になってきてやがるし『お手』『待てっ!』『おいで』と言われると、勝手に身体が反応することも増えてきやがったが、断じて、断じて、俺はこいつのわんこじゃねぇ。
俺はこいつの。
「何よ? そんなに頬を膨らまして」
「……べっつにぃ。んじゃ、行って来るわ」
何となくむしゃくしゃして、ぶっきらぼうに返し廊下を歩きだす。
すると、お嬢様も隣へ。
「……おい。お前は観客席へ行けよ」
「イヤ」
「い・け」
「イ・ヤ」
「「っ!!」」
顔を柄付け睨み合い。こいつってホントに綺麗な……はっ!――同時に顔を思いっ切り逸らす。
誤魔化すように告げる。
「べ、別に引率されなくても、行けるって。ほ、ほらっ。とっとと行けよ」
「ダメ。私には、まったくっ、これっぽっちも、理解出来ないけれど、あんた、最近人気があるらしいし? もしかしたら、誰かに攫われるかもしれないじゃない? だから、私と一緒に行くの。分かった? 分かったら、返事っ!」
「はぁ? 何だそれ??」
こいつの行動基準は未だに訳わかんねぇな。
ま、昔と同じ……昔? 昔って何だ??
俺とお嬢様は、侯爵の部屋で会ったのが初めて――綺麗な顔が広がる。
「……どうしたの?」
「あ、うん」
「――大丈夫よ」
とても自然に優しく抱きしめられた。
うぁ、これすげー落ち着――……ジャック。最近のお前はおかしいぞ? 野生のお前を呼び覚ませっ! 呼び覚ますの――
「大丈夫。あんなに一生懸命練習したんだから! 絶対に勝てるわ。私はあんたを――信じてないけど、あんたを教えた私を信じてるから」
「……おぃ」
「ふふ。冗談よ♪ ――ジャック」
「ん?」
「――勝って」
「―—あいよ」
※※※
出ていくと大歓声。円形の観客席には物好きな生徒達。こいつら、所謂エリートなんじゃねぇのっ??
丸い石製の舞台上には学院長とバーカス。相変わらず金ぴかボタンだ。手を振ると、目を見開いた。再度、大歓声。
思わず身体が、びくっ、と震える。大きな音はあんまし好きじゃねぇ。
くすくす、笑いつつお嬢様が、手を差し出してきた。
「はい、どーぞ」
「い、いらねぇ」
「そーですか。そんなに繋ぎたいんですか。仕方ないですねー」
「い、いらねぇって言って」
「はいはい♪」
あっさりと手を握られる。歓声と歯軋り。
駄目だ。
……この状態になったら何も通じねぇ。
こいつ、上機嫌になると歯止めが効かねぇんだよな。将来、気を付け。
思いっきり首を横に振る。
お、お、俺は今、な、何を、何をっ!!?
「? ジャック、頬が真っ赤ですよ? も、もしかして、熱がっ!?」
「ち、違っ」
「動かないでください! ……やっぱり、熱いです。学院長、病気の場合は」
「だ、大丈夫だってのっ!」
「……嘘、だって、熱いもの」
「こ、これはだな」
「――うっほんっ。アークライト君。体調に問題はないのだね??」
「問題ないです」「ジャック! 待て、ですっ!!」
「ならば、付き添いのロードランド君は下がるように」
「学院長! ですが」
食い下がろうとするお嬢様に学院長が近付き、何事かを囁く。「男が、好いた女の為に戦おうというのだ。それを見守るのが君の義務ではないかね?」「す、す、す、す…………分かりました。ですが、危ない場合は介入しますので」……背筋が震える。恐るべき誤解が発生したような気が。
それはそうと……なぁバーカス。そんな黄昏んなよ。俺達の戦いはこれからだろ?
「こほん。で、では、し、仕方ないですね。ジャック」
「あん?」
「……危なかったら、すぐに呼んでくださいね? 私が貴方に代わって!」
「やめてっ! そもそもの決闘理由まで持っていかないでっ!! もう……もう、バーカスの体力は零よっ!?」
「ジーキスだっ!!!!!!!」
「「…………」」
顔を真っ赤に染めジーキスが怒鳴った。
いやまぁ、その……何だ……二人で、頭を下げる。目の前から苦笑と歯軋り。
「ほれ、行けよ」
「…………」
名残惜しそうにお嬢様が、観客席最前列へ。あ、ネイとムギもいるわ。おーい。
学院長が俺達へ声をかける。
「では――始めるとしようか、決闘を。が、今は昔と違い、生きるか死ぬか、が許される時代ではない。今回の決闘は、私が止めるまでとする。いいかね?」
「はっ!」「あー気絶とかってことで?」
「私の匙加減だ。なお、真剣等、殺傷力の高い武器、魔法を使うのは禁止だ。ま、それも私判断だがね――両者、下がりたまえ!」
ジーキスと相対し、距離をとる。おーおー、湯気が出てらぁ。でも、こいつ強いんだよな。前の俺なら勝てねぇだろう。
でも――エミリアと視線が交錯。ん、まぁ、大船に乗ったつもりでいろよ。
学院長の大きな声。
「――始めっ!」
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